流星
ξ˚⊿˚)ξ <注意、こちらは本日2話目です。
また明日9/15は代わりに更新お休みします。
重力加速を逆に。
天に向けて高速で落下したブリジッタは数秒のうちに高度100mを、200mを超えていく。
闘技場も街の灯りも王城の尖塔も眼下に収める。
眩い光に照らされる闘技場の中にあっては気づけない星々が、月が頭上には広がっていた。
第1の月は上弦、空高くに。第2の月は姿が見えず、欠けぬ第3の月は西の空に。
術式を切る。ふわりと内臓が浮き上がるような感触。宙に向かって減速して高度の頂点へ。
闘技場に戻ってこいとばかりに全身が下に向かって引かれる。
ブリジッタは空中で頭を下に反転する。
技の理論は極めて単純だ。高いところから落ちる力を使って攻撃するだけ。
だが空気抵抗というものがある。
落下速度は一定より速くならないのだ。高い塔の上から硬貨を落としても、地面に大穴があいたりはしない。
「〈木星重力〉!」
ブリジッタが加速した。重力加速度を2.5倍にする術式。
瞳と髪から魔力による蒼と金の燐光をたなびかせて天より落ちる。
人を倒すための技ではない。
人間相手にこんな技では当たるまい。
人を殺すための技ではない。
竜を倒すための技でもない。
人を殺すにも竜を倒すにも過剰な威力だ。
そう、竜を殺すための技。
風が強すぎて細められた瞳に、痛みにのたうつ悪食竜の姿が映る。
さすがヴィンス。ブリジッタは思う。なんだかんだ言って、彼1人でも竜を討伐することは可能だったのだろう。
ブリジッタは斧を構えた。
だからあたしの役割は……。
「流星……」
ヴィンスにはできない手段で観客の度肝を抜くこと。
力強く、衝撃的に、華麗に!
「落としっ!」
ブリジッタが、彼女の斧が。
悪食竜の首に着弾する。
岩の硬さの鱗が何枚も弾け飛び、深く、深く肉に斧刃が埋め込まれるように突き刺さった。
知覚外からの衝撃。竜の首がくの字に折れ曲がる。
斧はその首を半ば以上まで、人間で言えば延髄と頸動脈にあたる部分を断ち割った。
ブリジッタは着弾した瞬間、重力を再び反転させて減速、それでもなお地面に叩きつけられた。
竜はふらりと数歩たたらを踏み、どう、と地面に横倒しに倒れる。
その首からは鮮血を撒き散らし、ただそれはブリジッタの重力操作の影響でシャボン玉のように宙に浮いていた。
闘技場は衝撃的な結末に静まり返っている。
ヴィンスが呟いた。
「……無事か、ブリジッタ」
「無事じゃないわ」
「そうか、でも勝ちだ。素晴らしい一撃だった」
「えへへ」
ヴィンスが立ち上がる。
右腕はまだ失われたまま、全身が毒に塗れているが。
視線を左右に。
ブリジッタは地面に仰向けになっている。
彼女は痛みに顔を顰めながらも笑みを浮かべて左手を上げた。
彼女の全身の毛細血管、特に手のそれは急激な加減速による衝撃で千切れている。左手は大きく腫れ上がり、紫色に染まっていた。
さらに着地の衝撃で何本か骨が折れているのだろう。
ちょうど竜が地面に倒れた振動で気を取り戻したらしいインノチェンテと視線が合う。
インノチェンテは周囲を、倒れた竜と立っているヴィンスを見て悄然と肩を落とした。
観客はいつの間にか総立ちとなり、固唾を呑んでこちらを見つめていた。
砂地が毒に汚染され、距離を取っていた審判が駆け寄ってくる。
ヴィンスは左手を天に突き上げた。
「竜への挑戦勝者!挑戦者ヴィンス!挑戦者ブリジッタ!」
審判の声に闘技場は割れんばかりの歓声と拍手、足を踏み鳴らす音に包まれた。
一般向けの観客席。
竜の喉元で炎が起こり、ブリジッタが跳躍した時。
フードを目深に被った女ががたりと立ち上がった。その動きに触発されたか周囲の観客たちも立ち上がり、闘技場の闘いをどよめきながら見つめる。
だがその中、最初に立ち上がった女は歓声を送るでもなく呆然と呟いた。
「ヴィンスが火霊系術式を……」
アルマである。
ヴィンスがアルマの元で修行を積んでいた5年間でも、去年のC級順位戦の決闘でも、夜に遊びのような手合わせをした時も。
彼が肉体操作系、治癒系、呪文操作系、移動系、防護系以外の系統の術式を使用するのや学んでいるのを見たことはない。
「しかも遠隔起動?」
彼は魔力放出を行えないのではなかったのか。
ブリジッタが落下して竜の首を断ち、ヴィンスが勝利の拳を突き上げて観客の興奮が最高潮になった時も、彼女の受けた衝撃は収まらなかった。
「なんということ……」
彼女の身体の芯に火が灯ったようだった。
「ヴィンス……」
吐息に熱が混じる。
熱に浮かされたように客席から離れる。
彼はアルマの弟子だ。
去年、彼が彼女のもとを離れ、闘技場の実戦と組合での訓練でどれだけ強くなろうとも。
それはアルマが戦いを教えた弟子ヴィンスの延長線上にある。ヴィンスに土をつけられたことは3度ばかりあるが、それは修行の中でのこと。
彼女が全力を、その本来の武装まで持ち出したとすれば、彼の牙が自分に届くはずは無いと思っていた。
だがそれは昨日までのことになってしまった。
「ああ、ヴィンス」
もはや彼は自分の知っていた弟子ではない。
彼は殻を破ったのだ。
「あなたと殺し合いたい……」




