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王都の決闘士 【完結】  作者: ただのぎょー


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悪食竜戦・前

「じゃあ行ってくるぜ」


「行ってくるわ」


 時間である。

 円形闘技場アンフィシアター地下の控室にて。ヴィンスとブリジッタが立ち上がった。


「ああ、生きて帰ってこい」


 ダミアーノの言葉にヴィンスが笑う。


「そうじゃねえだろ?」


「……ぶちのめしてこい」


「そうだな、竜など叩き潰してこい」


「おう」


「ええ」


 ダミアーノとエンツォの激励を受け、2人は控室を出た。


「ヴィンス」


「ん?」


 地下から砂地へと昇る昇降機エレベーターの円盤の上、ブリジッタがヴィンスに声をかけた。

 人目のない縦穴の中で振り返るヴィンスの肩に手をかけ、伸び上がったブリジッタが唇を重ねる。


「……何だよ」


「景気づけ」


 ヴィンスは苦笑する。


「そうか。そりゃあ大切だな」


「景気づけする?揉んどく?」


 ブリジッタが胸を持ち上げるような仕草を見せる。


「紳士はそう言うことしないんだよ。だいたい触っても硬いだけじゃねえか」


 ヴィンスはブリジッタの胸を拳で叩いた。

 カンカンと金属音が響く。胸には鋼の胸当てが輝いている。

 全身を鎧で覆っている訳ではない。手甲、脚甲、肘など関節部分、それと胸当てを身に着けていた。


 〈拡声〉の術式で声を大きくしたアナウンサーの声が頭上に開けた空から聞こえる。


「昨年の順位戦終了後、巨大なる竜を引き連れラツィオの砂地アリーナに降り立った!直接闘技場でその腕を振るうのは実に5年ぶり!

 無限の複合獣所属、インノチェンテ・竜調教師ドラゴンテイマー!」


 拍手の音。


「そして使役するのは齢100を数える地竜!

 昨年からの半年で数多の人間を、戦士たちを、獣を、魔獣を殺しその全てを喰らってきた!

 灰鱗の毒竜、悪食竜!グラトニアゴ!」


 観客が声を上げ、そしてそれを掻き消すように竜が咆哮した。

 昇降機がぐらぐらと揺れる。

 ブリジッタが思わずヴィンスの腕を掴んだ。


「悪食竜、ちゃんと名前あったんだな」


 呑気なヴィンスの言葉にブリジッタは思わず吹き出した。


 2人が砂地の上に立つ。

 正面には巨大な竜の威容。

 竜の足元のあたり、毒と血によるものか砂が赤黒く染みになっている。


「そして今入場しましたのが本日竜へと挑みます2人!

 おおっと2人とも巨大な戦斧バトルアックスを手にしているぞ!

 まずは昨シーズンC級全勝優勝!

黄金の野牛(ゴールデンバイソン)所属、近接格闘士・強化術士ヴィンス!」


 客席は満員。壁際だけは敢えて人の立ち入りが禁じられ、八方に結界を張る魔術師の姿。

 貴賓席には王の姿、そしてもちろんローズウォール家の者達も。


 ヴィンスはまず王に、ついでローズウォール家の貴賓席側に紳士の礼を取り、そして片手を上げて歓声に答えた。

 アナウンサーが再び大きく息を吸う。


「そしてもう1人、この闘技場に立つのは1年半振りのC級決闘士!

 ラツィオでも唯一の重力支配者の登場だ!

 同じく黄金の野牛所属、斧闘士アックスファイター重力支配者グラヴィティルーラー、ブリジッタ!」


 再び歓声が起こる。ブリジッタも同様に淑女の礼を取り、そして大きく手を振って歓声に答えた。

 インノチェンテの目がぎらぎらと彼女を見つめているのが分かる。


 ヴィンスとブリジッタ、インノチェンテは闘技場の中央で審判を挟み対峙する。

 審判の隣に王家から派遣された見届け人もいる。

 これが竜への挑戦であること、そして決闘でもあるからだ。

 細々と決闘に関する諸項目が改めて語られ、3人が頷くと役人は後ろに下がった。


「武器なんざ扱えるのか?」


「さてね?ことここに及んで交わす言葉もあるまい」


「ふん、竜を討伐できるとでも?」


「あんたの思い通りになんてならないんだから!」


 ヴィンスは拳を突き出した。


「ただ、全て暴力をもって押し切るのみだ」


 3人は開始位置へと別れる。竜が巨大すぎるため、普段より後方である。

 審判が双方を見て手を掲げ、観衆が鎮まるのを待つ。


「始め!」


 そして振り下ろされる手と共に審判の声が響いた。


「〈筋力強化〉、〈加速〉……」


 ヴィンスの唇が、左手が動き強化術式を重ね始める。


「うおりゃああぁぁぁぁあ!」


 その横でブリジッタが叫び声を上げた。自分の身体ほどもある戦斧の金属の長柄の尻側を握り、ハンマー投げのように回転を始める。

 顔の前で、瞳から漏れ出た魔力が蒼い燐光の帯を引く。

 そして手を離すとインノチェンテに向けて斧がすっ飛んでいった。


 調教師狙いは闘獣において褒められた行為ではない。

 だが当たり前の話だがそれは攻撃をしないという意味ではない。

 安全地帯にでもいるかのように無警戒で、獣に指示だけ出すような行為も好まれないのだ。

 故にこうして牽制するのは悪くない。


 もっとも、開幕に巨大な斧がすっ飛んでくるとはインノチェンテも観客も思っていなかっただろうが。


 空気を唸らせ切り裂き、巨大な刃がインノチェンテに迫る。


「ちぃっ!……〈矢避け(アボイドアロー)!〉」


 悪食竜を使役するため竜爪の短杖に魔力を込めていたインノチェンテは急ぎ防御の魔術を発動させた。

 驚嘆すべき攻撃であり、必殺の一撃でもあるが、見た目の派手さに反して対処は簡単だ。射撃物を逸らす術式を発動させる。

 インノチェンテの胴を真っ二つにする軌道で飛来した斧の軌道が変わり、背後の壁に衝突する。

 それが近くを通り過ぎる音と風だけで肝が冷えたが、ブリジッタは武器を手放した。結果を見れば一手損だろう。インノチェンテはそう判断し、改めて竜に指示を出した。


 だがその判断は否である。

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― 新着の感想 ―
[一言] >「悪食竜、ちゃんと名前あったんだな」 ↑これは地味に共感しました!(笑) 最後の一文が、まだ初手が終わりでない事を示していますが……はてさて、どうなる事やら?
[一言] 大丈夫?おっぱい揉む?
[一言] >それが近くを通り過ぎる音と風だけで肝が冷えたが、ブリジッタは武器を手放した。結果を見れば一手損だろう。インノチェンテはそう判断し、改めて竜に指示を出した。 >だがその判断は否である。 これ…
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