開幕前日式典
「俺1人だったらそうするというだけだ。ブリジッタがいるならそれなりの戦い方もできるだろう」
ヴィンスは黙考する。自分ならどう戦うか、アルマなら、父なら、闘技場で見ていた他の決闘士なら。
ふとヴィンスは苦笑した。エンツォが尋ねる。
「何がおかしい?」
「我が師、アルマであれば竜など楽勝だと思っただけだ」
ブリジッタが首を傾げる。
「えっと……そんなに強いの?」
「確かに強いが、それよりも単純に相性の問題だな。この闘技場という空間に囚われた竜では、宙に舞う彼女を、7振りの剣を叩き落とせまい」
「あいつは竜鱗を貫けるか?」
「眼を狙えるだろ」
「ああ……」
エンツォとダミアーノはため息をついた。
アルマは〈念動〉の達人だ。地にあって建物の屋根より高くにある竜の眼球を貫ける。なんならそのまま頭蓋骨の内側を剣で抉ることまでするだろう。
これがもし竜が飛んでいるなら、全力で羽搏くのであれば、剣も嵐が如き風に吹き飛ばされる。だが闘技場でそれは出来ない。
「逆にじゃあ俺が闘技場でアルマに簡単に負けるかというとそうでもないとは思うんだがな。結局俺の技は対人戦用の技ということであって、竜殺しの技ではない。
だがまあ、1つ言えるのは……」
ヴィンスはブリジッタを正面から見据えた。
「竜にとどめを刺すのはお前だ、ブリジッタ」
「え……」
「古来より決まっている。大木を切り倒すのも、象に勝てる武器も斧だ」
古代、戦象は戦場において最強であった。
槍衾を並べられてもものともせず、それごと押しつぶしていったという。
だが方向転換が苦手であることなどから対策が取られていく。
「なにそれ」
「カエサルさ」
西洋において戦象が使われなくなったのは、もちろん移送に不便であるなどの理由も大きい。
だがタプススの戦い。
紀元前の、今やこの世界から失われた地における戦争において、カエサルが麾下の軍団に戦象をほぼ完封させたのだ。
斧で足の関節、体重を支える部分にして皮膚の弱いところを狙わせることによって。
それから彼らは短い期間ではあったが作戦を練り、2人で組んでの戦いの訓練などに時間を費やすことになる。
闘技場に竜の動きを偵察に行き、王の名の書かれた書面にサインをしに赴き、後援者たるローズウォール家には急使を送り、記者達の取材に答え……。
こうして直ぐに大同盟暦118年の社交シーズンを、闘技場の決闘士順位戦の開幕を迎えることになる。
順位戦が始まる前日。
その日は例年通り、人気ある決闘士たちによるパレード、王の開幕宣言などの式典が行われていく。
パレードに登場する決闘士たちは決闘に出場する際の武器や防具を装備してのものだ。
それは決闘士たちの花道でもある一方で、決闘士に新品の武具を与えたり、防具の上に見栄えのするマントなどを羽織らせて飾るのは後援者たちの見栄でもあった。
例年であれば正直言って盛り上がらない式典である。
一般人にとって別にパレードに興味はないのだ。
新聞記者や決闘士たち玄人目には、パレードに出る決闘士が冬のシーズンオフにどう過ごしたか、鍛えてきたか、装備が新調され変化していないかを見極めるための大事な機会でもあるのだが。
しかし今年、王都中の住民が今日の式典を心待ちにしていた。
そしてそこに社交シーズンに王都にやってきた貴族やその使用人たちも加わった。
その熱狂は当然、今日の開幕式典の最後を飾るのが竜への挑戦だからである。
無限の複合獣、インノチェンテが使役する悪食竜。灰色の毒竜、地竜。
昨年の秋から半年で100人を超える犯罪者や奴隷を殺し、熊を、獅子を、狼の群れを、さらにはヘルハウンドやマンティコアと言った魔獣を、闘獣士たちを殺してきた。
そしてそれら全てを貪り食った。
ラツィオの闘技場に無限の複合獣ありと、砂地に夥しい血を流すことで思い起こさせたのだ。
対するは黄金の野牛に所属する若き決闘士ヴィンスとブリジッタ。
まだ10代後半の、決闘士となって2年目と3年目の新人だ。
ヴィンスは前年、新人でのC級全勝優勝を遂げたとは言え、まだB級になりたてである。
ブリジッタに至っては一昨年、季後半に負傷し昨シーズンは出場すらしていない。
竜への挑戦を行うには役者不足ではないか。
民衆からはそういった声も多かった。
だが、決闘士新聞からブリジッタとインノチェンテの因縁がリークされたこと。
そして貴族達から昨年秋の夜会の話が流れてくるにつれ、その評価が変わってくる。
王都の歌劇団が2人の話を演目として良いかと求めて断られたという話も流れた。
だが路上では大道芸人たちがその新聞の話に尾鰭を山ほどつけて口上として語ったり、旅芸人が辻で短い演目として演じて喝采を浴びているのである。
なるほど、まだ若いが美男美女と言って良い2人だ。人気が出るのも当然と言えた。
絵姿すら出回り、それに気づいたブリジッタが顔を赤くして逃げてさらに人気が出たという話もあった。
今日はラツィオの闘技場は満席である。
安全のため、最前列の入場が制限されているのもあるが、後方は立ち見も出るほどの盛況だ。
――そして日が傾き、今や挑戦の時を迎えた。




