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王都の決闘士 【完結】  作者: ただのぎょー


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53/111

竜への挑戦

 あの夜会の後、ヴィンスとブリジッタは一躍、注目を集めることとなった。

 だが、あれは社交シーズンの終わりの夜会。ローズウォール家はじめ、貴族たちは大半が領地に戻ることとなり、直接彼らに影響が現れることはなかった。

 無論それにはローズウォール家とスカンディアーニ家が睨みを利かせているということもあろう。

 そしてもう1つは闘技場に降り立った有毒種の地竜の存在である。


 調教師組合が強大な魔獣や竜種を連れてきたことはある。

 だがここまで歳へた巨大な竜を連れてきたことはなかった。


 冬の間。闘技場には竜の咆哮と奴隷たちの断末魔が毎日響き、王都の話題はそれ一色に染まったのだ。


 ヴィンスたちは冬の間、ラツィオから川を下った地、オスティアの港の郊外に天幕を移して訓練を続けた。正直、竜の気配が近くにあるのは気分が良いものではないのだ。

 冬の間、闘技場の職員や近くに住む者たちには体調を崩したものも多かったという。あるいはこうして一時的に避難する者も。




 ――大同盟暦(G.A.)118年


 春めいてきたがまだ肌寒さの残る頃。ラツィオに戻ってきた彼らの天幕に、インノチェンテが現れたのである。


 最初に気づいたのは、いつものように外で訓練をしていたヴィンス、そしてブリジッタ。

 だがヴィンスは最初、それがインノチェンテとは思わなかった。


「インノチェンテ卿……か?」


 痩せた、いややつれたな。ヴィンスはそう感じた。竜を使役しているのに魔力の消耗が激しいのか。

 以前も着ているのを見たことのある華美な服を身に纏っている。だが首回りに隙間が空いているし、腰のベルトの穴が1つではなく動いただろう。不自然な皺が服に寄っている。

 頬や眼窩は落ち窪み、だが目はぎらぎらと光る。以前感じた軽薄さは失われている。

 ぎろりと視線が動く。

 ブリジッタが小さく悲鳴を上げた。ヴィンスが彼女を庇うように前に出る。


「何か用かね」


「ヴィンスか。……ダミアーノはいるか」


「ちょっと待ってろ」


 ヴィンスはブリジッタに天幕から2人を連れてくるよう指示した。

 インノチェンテの変わりように驚いていて気づくのが遅れたが、彼は幾人かの男を伴っていた。そしてその1人は苦虫を噛み潰したような表情のラファエーレであった。


「よう、インノチェンテか。……窶れたな」


 ブリジッタがダミアーノとエンツォを連れてきて、ダミアーノが声をかける。

 インノチェンテが頷きながら手袋に手をかけた。

 白い手袋がヴィンスの胸元へと投げつけられる。

 ヴィンスの胸に手袋が当たり落ちた。


「無限の複合獣所属、インノチェンテは黄金の野牛のヴィンスに決闘を求める」


「へぇ?」


 なるほど、後ろに控えるのは決闘の成立の見届け人であろうか。

 ヴィンスが鮫のように歯を見せて笑う。インノチェンテは続けた。


「そして同時に竜への挑戦(ドラゴンチャレンジ)を宣言する」


 ダミアーノが顔を赤くし、掴みかからんばかりに前に出る。


「てめえ!」


「決闘で私が勝利した場合、ブリジッタ嬢の移籍を求める」


「ふざけるなよ!」


 ヴィンスはそれを手で留めて言う。


「つまりインノチェンテはブリジッタの移籍を賭けて決闘を挑み、代闘士にあのドラゴンを出すってことか?ただ、俺はその竜への挑戦という言葉を知らないんだ」


「私から説明しましょう」


 ラファエーレが前に出る。彼の説明によるとこうである。


 人類、亜人、龍は118年前の大同盟グレートアライアンスにおいて友好と協力を約した。

 だが竜は捕食者であり、その知能のばらつきが大きい。龍と呼ばれるほどの存在にまで至るとその知識・知恵は人類を上回るが、獣のように育つ存在でもある。

 よって、竜が人や亜人を殺しても罪に問われない。

 適正な食事としてであれば。

 一方で人は竜に襲われた場合、それに抗する権利は当然与えられている。


 さらに人を食用以外、快楽のために殺した竜や、必要以上に多くの死者を出した竜種には国から討伐の命が発せられる。

 実はこれは闘技場においても同様である。この場合、100人以上の死者を出した竜は討伐されねばならない。調教師に使役されていてもだ。


 この時、軍を以って討伐する前に決闘士との戦いを行うことができた。

 それが竜への挑戦である。

 挑戦を名乗り出るのは決闘士側に権利があるが、誰と戦うかの決定権は竜の所有者である調教師組合側にある。


「なるほど。了解した。俺がその決闘を受けるメリットは?」


 ラファエーレが答える。


竜殺し(ドラゴンスレイ)の名誉、そして討伐した竜の素材の半分です」


「話にならんな」


 ヴィンスはため息をつく。


「なんだと?」


 インノチェンテの答えにヴィンスは考える。

 つまり、去年の夜会でインノチェンテは圧力をかけてブリジッタを奪うことが困難になったと考えた訳だ。

 よって、正々堂々とした決闘の末の移籍であったという手段しか取れなくなったのだろう。


「それは竜への挑戦で得られる物だろう。決闘を受けるメリットだよ。

 俺からの要求だ。俺が勝利した場合、ブリジッタ及び黄金の野牛にインノチェンテ及び無限の複合獣が未来永劫、有形無形の圧力をかけず移籍等を求めない。これを人類守護神と王の名において約せ」


「いいだろう」


 だがブリジッタが待ったをかけた。


「待ちなさい!闘技場でやるってことはドラゴンはインノチェンテ、あなたが使役しているのよね!」


「ええ」


「ならあたしも出るわ!」

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i521206
― 新着の感想 ―
[良い点] 『これを人類守護神と王の名において約せ』 素敵な文言! 好き! ところでこの場合の王って誰なんですか!?
[気になる点] インノチェンテの誓約内容はまだ口約束みたいだけど、ヴィンスの要求を飲んだのは黄金獣幹部の意に反する行いだよね〜 失敗したらどのみち潰されるなら、山羊頭さんにせめてもの嫌がらせをするとい…
[一言] ブリジッタとの共闘…! わくわくですが、ルール的にはどういう扱いですか?使役者のインノチェンテが一緒だから、2対2で良いということでしょうか。
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