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王都の決闘士 【完結】  作者: ただのぎょー


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夜会

「緊張は?」

「すっごくしてるわ」


 王室歌劇場のホールへと繋がる通路にて。

 ヴィンスの問いかけにブリジッタが答える。


「大丈夫だよ」

「……何が」

「決闘とは違って命かかってない」


 ヴィンスの腕に手をかけたブリジッタは一度下を向いて大きくため息をつくと、背筋を伸ばして前を見た。


「そう、そうなのよね……ありがと」


 両開きの扉の前に立つ2人の男たちが呼びかける。ヴィンスは頷いた。

 男たちは頭を下げると、一糸乱れぬ動きで扉を開けた。煌びやかな光が差し込む。


「ヴィンス卿、ブリジッタ卿ご入場!」


 彼らは光へと向かってゆっくりと歩き始めた。




 無限の複合獣(インフィニットキメラ)の幹部、インノチェンテは準男爵の地位にあり、彼もまたこのパーティーに招かれていた。


 今季苦渋を舐めさせられた、決闘士ヴィンスにローズウォール家という有力な後援者がつくというのは憤懣やる方ない。だが、この夜会は今年、大同盟暦(G.A.)117年において王国中の貴族が集まる最後の機会と言えた。

 この後、地方の貴族たちは領地へと戻ってしまう。これから半年、来年の春までこの規模の夜会は存在しないのだ。

 社交を疎かにする訳にはいかなかった。特に今回のそれはローズウォール家の継嗣、ウィルフレッドのお披露目的な側面も強い。

 無限の複合獣は南方の新大陸からスティバーレ王国南方から中央にかけての影響力が強い。北方のかの家とはまだ関係が築けていないが、魔獣の仕入れ先として、あるいは調教済み魔獣の販売先として今後近づきたいのである。


「ヴィンス卿、ブリジッタ卿ご入場!」


「……は?」


 名前を呼ばれて入場する主賓たちの中にありえない声を聞いた。

 皆の視線の先には煌びやかに下襟の輝く黒の礼服を着たヴィンス。

 そして彼がエスコートする女性は目の覚めるような瑠璃色に金銀の刺繍が精緻に施された、マーメイドラインのドレスを身に纏った女。

 ウイッグで髪を伸ばし、化粧もしているが、あの前髪に一条だけ金の髪が混じる女。見間違いようもない。ブリジッタだ。


「なん……だと……」


 会場の皆の視線が集まる。

 ヴィンスに見惚れる女、ブリジッタに見惚れる男。

 パートナーから注意されている者すらいる。


 会場を縦断するように歩みを進め、主催者の元に辿り着いた彼らはローズウォール伯爵夫妻、その子女、ウィルフレッドとイヴェットに如才なく挨拶をする。

 そのなか、若き伯爵家の継嗣、ウィルフレッドがブリジッタの手を取って、親しげに言葉を交わした。


「118年シーズンの活躍、期待しています」


 ……やめろ。


 そのまま横へ、ヴィンスとブリジッタは今日この場で最も尊き地位を戴く者の前に立った。


 ……やめてくれ。


 ファウスティーノ・スカンディアーニ公爵。

 雄蕊おしべある菖蒲の花(フルール・ド・リス)を家紋に持つ、王に次ぐ権力と歴史ある家。

 60代半ばの雪のような白髪の小柄な老人であるが、その背はまだ真っすぐに伸ばされている。

 主催者よりは目立つまいという配慮か落ち着いた茶色ブラウンの衣装に身を包んでいるが、その布は、仕立は、装飾品は最高のものである。そして何より歴史ある家門の当主たる、貴種としての存在感が違った。


 ……その小娘は俺のなんだ。


 トゥーリアの父にしてウィルフレッドとイヴェットの祖父である。そして会場の来賓たちの誰もが知らぬ事であるが、ヴィンスの祖父でもあった。

 彼の前でヴィンスとブリジッタが付け焼き刃には見えぬ美しい所作で膝を折った。


 インノチェンテの視界が昏く揺れる。

 これで、ブリジッタを自らの手に取り戻す手段がまず失われたと言って良い。

 全ての貴族が、ブリジッタの価値も知らずに認識し、そしてこの国の王に次ぐ権力者が彼女を認識した。

 もし今後、圧力を以ってブリジッタを奪おうとするなどしたら無限の複合獣は菖蒲と薔薇を敵に回すということだ。




 ヴィンスとブリジッタが会場の中央へと向かう。


 歌劇場の楽団が音楽を奏でる。誰もが知るような有名な円舞曲ワルツ前奏プレリュード。 

 招待客たちは微笑ましさを感じた。当然、彼らがこうしたパーティーに参加するのは初めてであり、円舞曲を踊ったこともないであろうから。

 むしろ、ローズウォール家が彼らを踊らせることを意外に思うほどであった。


 並んで歩く2人の手が離れ、ヴィンスの足が止まりブリジッタが前へ数歩。

 くるりと裾を翻して振り返る。

 ヴィンスはその場でブリジッタに向かって礼。ブリジッタが礼を返すと前に歩んで片手を横に上げ、もう片方の手をブリジッタの腰に当てがった。


 この時、初めてブリジッタは着飾ったヴィンスを正面から直視した。

 礼服の黒は光を吸い、一方で胸元の下襟と蝶ネクタイは光を艶やかに反射してそのかんばせに注目を集める効果があるのだ。

 本当に美しく整った顔をしている。ブリジッタは思った。

 榛色ヘーゼルの瞳は無数のシャンデリアの光の当たり方によって茶色にも翠にも見えた。


 ダンスの練習の時には必死すぎて動かなかった心が激しく胸を叩くのを感じた。

 ヴィンスが声を出さずに唇だけ動かしてタイミングを知らせ、2人は動き出す。


 客たちは感嘆し、そしてトゥーリアは内心で歓声を上げた。


 ブリジッタの潤んだ瞳、紅潮した頬。

 曲は平易で本来ならここまでの夜会で奏じられるほどの曲ではなく、巧みな足捌きではない。だが決闘士として鍛えられ、体幹がブレないので見栄えがする。

 また、それにも関わらず重力を感じさせないほどの軽やかな動き。マーメイドラインの太腿の中ほどから広がったドレスはふわりと海をゆったりと動く魚の鰭のように翻る。


 一曲が終わり、2人が礼を取った時、ホールは歓声と拍手に包まれた。

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― 新着の感想 ―
[一言] おや?王都の決闘士読んでたはずだが……あってた。
[良い点] なるほど!その為もあってブリジッタの参加。 [一言] おっさん臭が鳴りをひそめると、匂い立つ異世界恋愛の香り。
[良い点] 『菖蒲と薔薇を敵に回す』 これ系の言い回し大好きです!
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