ガーデンパーティー
パーティー当日。
昼は王家の所有である庭園を借りてのガーデンパーティーである。
この時期は決闘士に絡んだパーティーが幾つも催される。
無論、その中で最も格式が高いのはA級の優勝者。つまり闘技場の季の覇者を讃えるものだ。
他にも上位の決闘士であれば引退のパーティー。後援者の貴族が自らの支援する決闘士を慰労するもの。そして今日のパーテイーのように新たな後援者が決闘士をお披露目するものなどとある。
ヴィンスは新人だ。いかな全勝優勝とは言えしょせんはC級でのこと。それこそお披露目のパーティーの格としては本来最も下だ。
社交界が注目するようなものではない。
だがローズウォール家が主催となると話は全く変わる。
当主、ユリシーズ・ローズウォール。
20年前の北方戦役の英雄、ブリテン渡りの大魔術師、最新の伯爵家、成り上がり外様貴族、魔導伯、北方辺境の守護者、植物系最高位魔術師、広域殲滅魔術の使い手、薔薇の王。
そしてその妻トゥーリア・ローズウォール。
公爵家スカンディアーニの末娘、スカンディアーニの呪われ子、王国最大の魔力容量保有者、ゼロ・コントロール、王国最強最悪の魔女、捻る者。
王国で最も高名な夫妻でありながら、滅多に社交界に顔を出さず、決闘士の後援者として名乗りを上げるのも初めてであれば、ローズウォール家が主催となって行ったパーティーも彼らの結婚の時を除けば初であった。
故に大いに、今年最も社交界の注目を集めていたと言える。
パーティーには王国中の貴族が参加しているのでは無いかという程の盛況ぶり。
ラツィオの闘技場運営委員会のラファエーレも、今日のガーデンパーティーに妻のヨランダとともに参加していた。
快晴の秋空の下、春夏に行うそれよりも落ち着いた優しい色の花々と少し褪せたような緑の中を、色鮮やかな装束に身を包んだ貴人たちが笑いさざめく。
実のところ、ラファエーレもまた第6節の後、ヴィンスに後援者として名乗りを上げていた。
彼の敬愛する偉大なる決闘士、北斗七星アルマの弟子と知ったためだ。
だがヴィンスは彼の手ではなくローズウォール家の手を取った。
「ううむ、残念であった」
ラファエーレの呟きに、彼の腕に手をのせたヨランダが首をゆるりと傾げる。
「何がです?」
「いや、彼さ」
庭の中央では腰巻きのみを身につけた半裸のヴィンスがその逞しい肉体を晒している。
彼は裸身を晒して戦っているとは思えぬほど色白である。それは魔力容量の極めて高い治癒術士に稀にある現象で、日焼けをも魔力が癒してしまうからであった。
それが彼に大理石で作られた古代の戦士の彫像が如き印象を与えるのであった。
「ヴィンス卿の後援者になれなかった事ですか?」
「ああ」
決闘士のお披露目である。決闘士としての衣装でお披露目をするのが慣わしだ。
彼は決闘において服を身に纏わない。魔術道具も使わない。強化術士として、自らの肉体を誇示するための演出であろう。
それはまるで拳闘士や最下級の剣闘士のようですらあるが、晒される裸身を間近で見るのは貴族の令嬢たちには少し刺激が強いようであった。
顔を赤らめる者、くらりとよろける者。
「でも仕方ないのではなくて?」
「父のアルベルジェッティ侯爵としてであればともかく、家督を継がない私ではな」
「どちらにせよ、ここまでのパーティーは準備できないでしょう」
この会場、そして夜会。最高の場所をこの時期に押さえられるというだけの力がある。
そして恐らく、夏前からこれを動いていたのではなかろうか。動いている使用人の数・質も高い。
中央ではローズウォール家の継嗣、ウィルフレッドがヴィンスを讃えている。その隣には彼によく似た少女、長女のイヴェット。
ヴィンスはそれに如才なく答える。
礼をする所作も平民とは思えぬほど美しい。
貴族が決闘士の後援者となった時、通常はこうした昼のパーティーのみが行われるのが慣わしだ。
だがこのあとの夜会まで行われるという。
つまりそこまでしても粗相しないとみていると言うことだ。
「巧い一手だ……」
ヨランダは視線をそちらに送りつつ、話の続きを強請るように袖を引いた。
「子供たちが闘技場でヴィンス卿のファンになったという名目のため、ユリシーズ殿では無くウィルフレッド君が前に立っている。
本来なら当主が行うところであるが、家格を考えれば妥当なところだろう」
「ええ」
「そう見せて、ウィルフレッド君を社交界に印象づけているのと、関係が長く続くということも示唆している訳だ」
お仕着せのメイドたちが人の間を縫うように歩きながら酒杯を配る。
ラファエーレは硝子の杯を2つ受け取り、1つをヨランダへと渡す。
「ですわね。でももう一手意味がありますわ」
「おや、そうかい?」
「子供たち、つまりイヴェット嬢を出していることですわ。
イヴェット嬢がヴィンス卿と結ばれるつもりは無いと見ますが、これでヴィンス卿への縁談は難しくなるでしょう。ローズウォール家の不興を買いかねない」
「なるほど、確かにその通りか」
頷くラファエーレの胸元でカサリと音がした。
「あら、あなた。それは?」
妻が首を傾げる。
いつの間にか彼の胸元、ポケットチーフがあるべき場所に紙片が挟まっていた。訝しげにそれを広げた彼の目が大きく見開かれる。
『ラファエーレ・アルベルジェッティ、ラツィオ闘技場運営委員殿へ
我が弟子ヴィンスに関して、報道を制限してくれたこと。ここに感謝の意を示す。
彼を贔屓しろとは言わん。
気にはかけてやってくれ。 Ⅶ・A
P.S.
数年以内に一度顔を出す』
ラファエーレは思わず口元を抑えた。
ヨランダは思う。夫がここまで歓喜の表情を浮かべたのは、私が子供を産んだとき以来だわと。




