ブリジッタ、緊張する。
「ねえねえ、ヴィンスさんのことどう思ってるのかしら」
目鼻立ちのすらっとした、そして新雪のような純白の肌をした女性がブリジッタに尋ねた。
なぜか魔法文字にびっしりと覆われた禍々しい印象の黒い帯を身に纏っている。
先ほど自己紹介されたがローズウォール伯夫人のトゥーリアである。
「どう思ってるのかしら?」
思わず目を逸らすと、その先にいた愛らしい少女が、翠の瞳をきらきらとさせて尋ねた。
こちらはローズウォール伯令嬢のイヴェット。
ちなみにウィルフレッドはここにはいない。今はヴィンスとフェンシングをしている。
「えー……と、ですね」
なぜあたしはこんな人たちに囲まれて座っているのか……。ブリジッタは気が遠くなるのを感じる。
目を落とすと、自分の胸が、足が見える。それはひらひらとした若草色のワンピースに包まれていた。
古着ではなく、手触りが良く、裾に刺繍の施された衣服。
「同じ組合の後輩なんですけど、今年の春に組合に来た時から戦法も魔術も完成されていて……」
正面の机に置かれた茶器は薄い純白の磁器。そこに釉薬で描かれた青の紋様は鮮やか。
手にするだけで震えが来る逸品だった。
「んもう、そうじゃなくて個人的な感情よ。どうなの?」
「どうなのですか?」
ちょうど先程ヴィンスが座っていたソファーに腰掛けるブリジッタは必死に震えを押し殺している。
既にソファーに腰掛けた時に、よもやこんなに沈むものだと思っておらず悲鳴をあげるという粗相をした後だ。
何回粗相をしたら首が跳ねられるのか不安でならない。
「は、はい。個人的な感情……!」
ブリジッタは僅かに頬を赤らめる。
それを見てトゥーリアは満足げに頷いた。
興奮のあまり魔力が漏れて、茶器がカタカタと震え宙に舞いそうになり、背後に控えているアルマは慌ててそれを〈念動〉で押さえつけたのであった。
「ええ、好きとか嫌いとかあるでしょう?大丈夫よ。素直にお答えなさって?」
トゥーリアは現在33歳である。
16の時にユリシーズと結ばれ、18でヴィンスを産んだ。
そして彼女はその魔力制御ができない体質、悪名高き「スカンディアーニの呪われ子」という2つ名により社交の場にほとんど出たことがないのである。
故に、同年代の令嬢たちとこのような恋の話などで盛り上がった経験が無かったのだ。
浮かれておりますね。とアルマは思う。だが彼女にとっては主人が楽しそうなのは何よりであるのだ。
「えー……、と。す、好きっていうか!それは同じ組合の仲間だし、彼は良い人なのは間違いないんですが!お、恩もありますし」
ブリジッタはもじもじと膝を擦り合わせる。今もこの履き慣れない膝丈までのワンピースのスカート部分が気になっているのだ。
いつもパンツ姿で動き回り、大半が男たちという決闘士の中で育った彼女にとって、足なんて自然に肩幅程度に開いて座るものであり、スカートを穿いてそう座ると下着が見えるという知見を得たばかりだ。
先ほど夫人の背後に控える褐色の肌をしたメイドが眉をしかめ、身振りで教えてくれた。
これも粗相だっただろうか。他にも気づかぬ粗相をしているだろうか。ブリジッタの不安は膨らむ。
「うふふ、脚を治してもらったのよね?」
それまで知っているのかと貴族の情報収集に内心で警戒する。
「はい」
……それはそれとして太ももの筋肉攣りそう!
ちなみに足の位置を開いたままで動かさず、膝だけをぴっちりとつけているからである。
その時、扉がノックされ、応接室にヴィンスが入ってきた。
「ヴィンスっ!」
振り向いたブリジッタの表情がぱあっと明るくなる。萎れていた花が久しぶりの雨に精気を取り戻したかのように見えた。
「お、おお。ブリジッタももう招かれていたのか」
ヴィンスは後ろにいたウィルフレッドをこっそり小突き、僅かに母を睨んだ。ウィルフレッドに足止めさせてブリジッタと先に話しておきたかったのが理解できたからだ。
ブリジッタの顔色が明るくなったのは、急に連れられてきた味方のいないこの空間に、知っている者が来てくれたためだ。
だがトゥーリアとイヴェットはそれを恋心によるものだと確信し、とても満足して微笑みあった。
「奥様、お嬢様。ブリジッタは何か粗相を致しませんでしたでしょうか」
「大丈夫よ。かわいいお嬢さんね」
「はい。わたし、こんなお姉さんが欲しかったです!」
ふう、とヴィンスはため息をついてから笑った。
「ブリジッタ、今日は軽やかな服装だな。女性らしい装いも良く似合っている」
「そそ、そう?」
トゥーリアとイヴェットは再び微笑み合った。
こうしてヴィンスとブリジッタのローズウォール家での生活が始まった。
ヴィンスの礼服の仮縫いが何度も行われ、ブリジッタのためにもドレスの別の仕立屋が呼ばれる。
彼女も筋肉質ではあるが、ヴィンスほどにそこまで筋肉が多いという訳ではない。高級既製服に手を加えると言うことで手が打たれたようだ。
マナーの講師が2人につきっきりのように所作を指導し……そうしてパーティーの日を迎える。




