仕立屋
両脇に弟妹たちがへばりついたままヴィンスはソファーに座る。
それが沈み込む感触に、天鵞絨の手触りに懐かしさと驚きを感じる。
かつていつも座っていたものなのに。
「良くぞ、全勝でこの1年を乗り越えた。わたしも何度か試合を見にいったが良く鍛えたものだ」
「すごかったです!」
「かっこよかった!」
父の言葉にウィルフレッドとイヴェットがヴィンスを見上げて言う。
ヴィンスは2人の頭を撫でると、トゥーリアの背後に控えるアルマをチラリと見てユリシーズに頷いた。
「幼い頃の教育の、師アルマの、そして修行のため彼女と別荘を貸してくれたおかげです」
ユリシーズは頷く。
「うむ、1週間後にお前をローズウォール家が後援するお披露目の名目でパーティーを行う。今年の社交シーズン最後の大きな催しになるだろう」
「はい、ありがとうございます」
「いや、どのみち王都での社交が疎かになっていたのでな。当家にとっても良い機会だ。ウィルやイヴェットにも社交を教えねば」
ヴィンスも想像していた展開ではある。だが、思ったよりもさらに大事であるようだ。
「夜会ですか」
「昼は王宮の庭園を借りてのガーデンパーティー、夜は王室歌劇場を貸し切っての夜会だ」
タウンハウスは領地の屋敷とは異なり、大規模なパーティーができるようなものではない。
だがこの時期に最も権威ある劇場を貸し切るとは。
そこにトゥーリアが身を乗りだしてくる。
「ねえねえ。ところで……ブリジッタさんとはどういう関係なの?」
ほら来たぞ……。名前まで知られてるじゃないか。ヴィンスはそう内心舌打ちし、アルマを睨んだがどこ吹く風だ。
色恋沙汰は女の子の方が気になるものなのか、イヴェットがきらきらとした翠の瞳をヴィンスに向けている。
ヴィンスは溜息をついた。
「ただの同僚ですよ。期待されているようなことは何も」
「ふふ、でも怪我を治してあげたりしたのでしょう?」
「……まあ、それは事実です」
「わたし、お話してみたいわぁ」
ヴィンスは再度溜息をつく。
そんなことを言い出す気はしていた。
ちらりとユリシーズを見ると、あきらめろとでも言うように首を横に振った。
「ではこれだけは約束してください。彼女は平民です。それも貧しい出で礼儀作法なんてまるで無い。呼び出したとして無礼を理由に決して罰を与えないこと。
魔術使えるくらいなので頭は良いですから一度言ったことは覚えてくれますが、新入りのメイド未満くらいと話していると思って当たってください」
「ふふふ」
トゥーリアが口元を扇で隠して笑う。
「それだけ気を配ってあげる存在なのね」
んぐ、と閉口した。
「さて、時間がない。ノルベルト、仕立屋は?」
「は、待機いただいております」
ユリシーズが手を叩く。
「皆、急ぎ動くこと。ウィルフレッドとイヴェットもヴィンセント……ヴィンスと遊びたいのは分かるが、先にやることを終わらせなさい」
「はい、お父様。ヴィ兄様、後でフェンシング教えてください!」
「はい、お父様。ヴィ兄様、後でワルツの練習しましょうね!」
ヴィンスがノルベルトに案内されて隣室へと行くと、仕立屋がそこには待機していた。首に巻尺を引っ掛けた猫背の男。
「ああ、こいつは不味いですね……」
不味い……?ヴィンスは首を傾げる。
「これはヴィンス殿。初めまして。ラツィオのC級優勝おめでとうございます。あっしは仕立屋のフェリーチェ。
ちょっと急ぎましょ。無駄口叩く暇は無くなったようだ。脱いで下さい」
仕立屋は慇懃に頭を下げたかと思うと、返事も待たずに近づいてくる。
仕立て屋には王侯貴族すら逆らわないものだ。ヴィンスは裸になりながら尋ねた。
「何が不味い?」
ヴィンスの全身に手早く巻尺を当てて数字を読み上げる。控えていた少年がその数字を手元に書き込んでいく。
男は目線も上げずにこたえた。
「いやね、あっしも高級既製服に手を加える程度の仕事って聞いてたんですがね。こりゃ無理だ。あんた筋肉が豊かすぎる」
「今から仕立てるってのかい?」
「ええ、首がパツパツで腹がダボダボの服なんて出した日にゃあっしも首吊らなきゃなんねぇ。こりゃあローズウォール伯からたんまり特急料金頂かないと割に合いませんね」
ノルベルトが黙礼し、その旨をユリシーズに伝えに行った。
「あっしも仕立屋やって長いですし、決闘士の皆様の一張羅を仕立てさせて頂いてますが、ここまで脂肪が少なくて筋肉豊かな方は久しぶりですわ」
このフェリーチェという男、決闘士の体躯に似合う服を用意することで有名な男であった。だがその彼がそう言うのはなぜか。
1つに、今の決闘士が攻撃魔術優勢で、強化術士、肉体をここまで鍛えている者が少ないこと。
次にヴィンスは体脂肪が少ないのだ。
決闘士、剣闘士は実のところそれなりに脂肪を蓄えているものが多い。
体重による階級制のある拳闘などであれば脂肪を絞るのが最適解となるが、それが無ければある程度は脂肪があった方が深手を負いづらくなるためだ。
ヴィンスの場合、治癒術式に長けていてその必要がないことと、訓練が過負荷すぎてそもそも脂肪がつかないのであった。




