ローズウォール家へ(挿絵有り)
決闘士ブリジッタ(イラスト:海村様)
秋になるとスティバーレ王国の領地持ち貴族たちは基本的に自領へと戻る。
収穫・税に関わる仕事が待っているためである。領地が広大な大貴族であるほど、その仕事の大半は代官や家令に任せねば取り纏めることは不可能であるが、最終的な責任は領主のものだ。
よほどの無能な貴族か王都での急用でもなければ、闘技場の順位戦最終戦が終わる頃を目処に領地の屋敷へと戻るのである。
収穫、税の管理、収穫祭、夏の間に起きた裁判等の処理、冬至や新年の祝い、種蒔き……。また開墾や治水などを行うのも主にこの時期だ。領主がいて、畑に作物が植えられていない時期である。
魔導伯にして王国北東部の魔族領域に近い域を収めるローズウォール伯。
魔族の出没に関わる事案もあるために王都に来ない年も多く、また来ていたとしても自領が王都から遠いために夏の終わり頃にはラツィオを出発してしまう彼らが今年は長く王都に滞在している。それも高額な転移術師による移動を予約してまで。というのが貴族の間での話題になっていた。
ラツィオの円形闘技場の最終戦が終わった直後。
彼が新人の決闘士にしてC級順位戦全勝優勝のヴィンスの後援者になるというニュースが流れたのである。
打撃系格闘士・強化術士ヴィンス。
決闘士養成所上がりではなく、どこからともなく流れてきた少年は、調教師組合無限の複合獣との確執により潰れかけていた黄金の野牛組合に所属する。
誰も知らぬ新人は初戦にて新人戦優勝候補であったセノフォンテを撃破。その勢いのままC級最強と名高い道化師バルダッサーレにも勝利。
この勝利により彼は注目されることとなった。
実はこの段階で決闘士ヴィンスに後援者としての話は秘密裏にいくつか来ていたという。だが断られていたのは既に先約があったのだ。
ローズウォール伯爵家からの後援者の誘い、ただしC級全勝優勝を条件にしたものでありヴィンスはそれを果たして見せたのだ。
こういった話がヴィンスへのインタヴューという形で決闘士新聞に掲載された。
取材を行った名物記者ロドリーゴはこう文を締めた。
『それにしてもローズウォール伯の慧眼には畏れ入る。魔導伯たる大魔術師ユリシーズ卿が行使する殲滅魔術の威力には、いかなA級決闘士とて及ぶまい。
だが、最近では稀になってしまった強化術士のヴィンス氏であれば、たとえ従軍したとしても、伯が大魔術を行使するまで御身を守護するのには最適と言えよう。
遠き辺境の地を守護なさっていても、強者は強者を知るのである』
そして黄金の野牛組合のヴィンスの元にローズウォール家からの招待状が届く。後援者が決闘士をお披露目するパーティーのものだ。
ヴィンスはそれに目を通した。
「服装規定は?」
「書いてないな」
手紙から視線を外さずダミアーノの問いに答える。
「そういう場合は決闘士の衣装で行くのが常識なんだが……お前半裸なんだよな」
「まあ問題ないだろ」
パーティーは1週間程先の予定となっているが呼び出しはすぐ。
恐らく、その場で服を仕立てさせるつもりであろうとヴィンスは予想した。
「しばらく向こうに滞在させられそうだ。何かあったら手紙を出す。向こうの執事に伝えておくから、こちらで何かあったら手紙か直接来るかしてくれ」
「いいなー、美味しいもの食べられるの?」
ブリジッタの声に思わず彼女の濃紺の瞳を見つめる。
「な、なによ」
「いや、きっとブリジッタも美味しいものが食べられるさ」
「どういうこと?」
「ちょっとした予言だよ。行ってくる」
緊張で味が分からないかもしれないけどな。ヴィンスはそう思いながら天幕を後にした。
馬車に揺られてローズウォール家の王都のタウンハウスへ。
来客に対応したのは執事のノルベルト。
ヴィンスが生まれる前からローズウォール家のタウンハウスで執事を行なっている、古参の使用人だ。
ヴィンスが最後に会ったのは6年前。
少し白髪が増えただろうか。薄らと涙ぐんでいる彼に案内されて、応接室へと移動する。
変わらない、5年前とほとんど内装も変わっていないだろう。変わっているのは自分の目の高さだ。ドアノブの位置が、壁際の暖炉の、棚の高さが全て変わっているような気持ちになる。
ノルベルトが応接室の扉を開けた。
中にはユリシーズとトゥーリアの両親、ウィルフレッドとイヴェットの弟妹がソファーに座り、そしてトゥーリアの背後にはアルマが控えていた。
ヴィンスは胸に手を当て、紳士の礼の姿勢を取った。
「はじめまして、ローズウォール家の皆様」
「うむ、かけたまえ」
紅茶が給仕されたところでユリシーズが下級の使用人たちを退出させる。家族たちとノルベルトとアルマのみが部屋に残り、扉が閉じられ、ユリシーズの魔力が部屋を覆った。〈遮音〉か何かの術式だろう。
「にいさま!」
「ヴィにいさま!」
そう彼が思うや否や弟妹がヴィンスに抱きついてきた。
「おかえりなさい!」
「おかえりなさい!」
「ただいま、ウィル、イヴ」
屈み込んでわしわしと頭を撫でる。よく似た髪質の、さらさらとした光沢ある金髪がヴィンスの掌の下で流れる。
顔を上げる。
「あー……」
ユリシーズは厳しい顔を崩していない。トゥーリアはにこにこと微笑んでいる。
「お母様と呼んでくれないのかしら?」
ヴィンスは少しはにかんだように笑った。
「ただいま戻りました。お父様、お母様」
「うむ」
「おかえりなさい、ヴィンセント」




