勝者の栄冠
ヴィンスが昇降機を降りると、係官と兵士が声をかける。
「ヴィンス殿、全勝優勝おめでとうございます」
「おめでとうございます!」
「ああ、ありがとう」
「さっそく医務室へ」
係官の視線はヴィンスの左手、指を絡めて吊り下げるように持たれている右手へと向けられる。
術式によるものか右手からも右腕からも血は止まっているが。
「いや……大丈夫、こっちで繋げておくさ」
そう言って控室へと戻る。
ドアを開け……ようとして手が塞がっていることに気づき、右手を小脇に抱えようとがさがさしていると、気配に気づいたのか内から扉が開かれる。
黒髪がひょいと覗くと、満面の笑みを浮かべたブリジッタが声をかけた。
「全勝優勝おめでとう!ヴィン……きゃぁ!」
祝福の言葉は途中で悲鳴に変わる。斬り落とされた右手が目の前にあったためだ。
「なんだよ、医務室にゃいかなかったのか」
「調教師組合の手の者がいるかもなんだろ?自分で繋ぐさ」
ヴィンスはダミアーノにそう答えると右手を振って見せる。
「落として砂がついちゃったからな。余裕のある時は洗っておきたい」
ブリジッタが水差しを持ち、ヴィンスの右手にじゃばじゃばと水をかける。ヴィンスは右手を振って雑に水気を落とすと、〈再生〉術式でそれを繋ぐ。
「見事なもんだ。感染症とかは問題ないのか?」
「病気は術式で防げるが、再生の時に砂が肉に入ると出せないんだ」
ヴィンスは右手を何度か開閉し、指が動くのを確認するとブリジッタとハイタッチ。音を鳴らす。
「そういやエンツォは?」
「ティツィアーノのとこだ。あいつら知り合いだからな。式までには戻るさ」
「そうか」
「ヴィンスよ……あー、ありがとうな」
ヴィンスは首をかしげた。
「あいつの捨て身に付き合ってくれて」
「ふん、良い決闘だったか?」
「抜群に」
「ならいいさ」
今日はまだ帰れない。このあとのB級、A級の最終戦の後に表彰式があるからだ。
ブリジッタが売店で買い込んできた挟みパン、炭酸割り白ワイン、メレンゲ菓子、果物。
勝利に乾杯すると、食事を摘まみながら試合を見る。
「酒が薄い」
ダミアーノが文句を言う。
「文句言わないの、ヴィンスこれから謁見なんだから酔っ払いにするわけにいかないでしょ」
ヴィンスが試合をしていた午前中はまだいなかったが、今は貴賓席の中央、一際目立つ位置に張り出た王族専用席に人影が見える。
スティバーレ王国国王、ミケーレⅢ世陛下と王妃陛下、そして殿下たちであろう。
日が傾いた頃。A級の最終戦が終了する。大規模魔術の撃ち合いによる派手な決闘。術式の衝撃と観客の興奮で円形闘技場が揺れるほどの試合だった。
「どう思う?」
戻ってきたエンツォが尋ねる。
「詠唱が長いな。隙が大きいように感じる」
「お、勝てるって?」
ヴィンスはしばし黙考した。
「おそらく、彼等は互いの戦法や得手が分かっているから術式の速射ではなく一撃の威力と範囲を高めているのだろうけどね。正直、このやり方してくれれば勝てるよ。
1発目・2発目を耐えつつ強化術式重ねて近づいて殴ればいいんだろう?」
「あれ耐えられる自信あるの……」
ブリジッタが唖然とする。
「見栄え重視なのと相手の術式にぶつけて相殺する前提で攻撃範囲が広すぎるんだよ。もうちょっと火力集中させるとかしないと、俺みたいな治癒術式使える強化術師とかいう一番タフな組み合わせは抜けない」
「ふぇー……」
だがまあ、ヴィンスは口に出さず思う。
アルマの言った通り、バルダッサーレ戦で〈再生〉を戦闘中に使えるところまで見せちゃったから。来季以降の対戦相手はそのつもりで対策してくるよな。
「さて、じゃあ表彰式行ってくるよ」
「うん、行ってらっしゃい!格好良くね!」
ヴィンスは廊下を歩きつつ思う。
対戦相手が自分を警戒し、対策してくるというのは本来は良くないことだ。
自分の目的はA級決闘士となり爵位を得ることである。それは目的に対する阻害要因でしかない。
だが。それに喜びを感じる自分がいる。
あるいは今日、ティツィアーノ戦で相手の挑発に応えてリスクある戦いに臨んだ自分がいる。
ヴィンスはそれに驚きを感じていた。
そう、意味のあるなしではない。楽しいのだ、戦いが。相手の全力に対してこちらが全力で当たることが。
昇降機を上がり、夕陽の橙色の光を、観客からの称賛を浴びる。
闘技場の中央に歩む。無数の観客の視線が注がれる。貴賓席の1つにはローズウォール家の皆もいる。母トゥーリアやアルマの姿も見えた。
今日は王国の社交シーズンの最後の一大イベントなのだ。
ヴィンスは陛下に向けて跪拝した。
かつてローズウォール家嫡男として、陛下に拝謁する機会は得られなかった。今、まずは自力でここまで辿り着いた。
だがまだ自分の戦いを陛下の御覧に供せてはいない。
来季、陛下に、全てのラツィオ市民に。ヴィンスという決闘士を知らしめよう。そう決意する。
乙女が月桂樹の冠をヴィンスの頭上に被せる。
ヴィンスは立ち上がり、右手を天に突き上げた。
ξ˚⊿˚)ξ <これにて前半、C級決闘士編終了ですの!
今後はシーズンオフの話、B級決闘士編、クライマックスと進む予定です。
で、先述の通り書き溜めの為に休載させていただきます。8月末には連載再開予定です。
……どの程度書き溜めできるか謎ですが。
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ではまたヽξ˚⊿˚)ξノ




