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王都の決闘士 【完結】  作者: ただのぎょー


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42/111

敗者は去る

 ヴィンスにとって、この初手の飛び込みに付き合う勝ち筋とは何か。

 彼は詠唱と同時に、左手で1つ簡易な術式を多く使えること。

 もう1つは致命傷程度(・・・・・)なら後で治せるつもりでいることである。

 戦闘系治癒術士の極致、『脳以外への損傷を全て許容する』というのはあくまでも理想論だが、それに近い領域にヴィンスは存在するのだ。


 ヴィンスが左手で描いた魔法文字ルーンは〈鋭さ(シャープネス)〉。

 普段は右手での貫手の威力を増すために使用しているが、今回は左手に使用。


 右手は最初からティツィアーノにくれてやるつもりだった。


 ティツィアーノが右手を切り落とすために一手使う間にヴィンスは右脚を軸に身を廻す。

 彼が闘技場で戦う中で、初めて左半身を前にだした。


 左手は開手、五指を猛禽類の鉤爪のようにしてティツィアーノの胸へと突き立てる。


 2人の動きが止まった。


 ティツィアーノは自分の胸にヴィンスの指が埋まっているのを見る。筋肉が貫かれ、肋骨に指がかけられているのを感じる。


 ティツィアーノがどんな攻撃的動作を取るよりも速く、ヴィンスの指は肋骨の内側、両の肺に孔を開けるだろう。


 正面を見る。榛色の瞳がティツィアーノを真っ直ぐ見つめていた。


 ティツィアーノの手からゆっくりと剣が滑り落ちた。

 ヴィンスは指を胸からゆっくりと引き抜き、そのまま指先が血に染まった左手を見せつけるように天に掲げた。


「勝者ヴィンス!」


「決まった!まさに瞬殺!新人決闘士ヴィンス、怒涛の10連勝でC級順位戦優勝だ!」


 審判とアナウンサーの声が大きく響いた。

 歓声があがる。


 ヴィンスは左手で右手を拾い上げると、昇降機へと向かう。

 ティツィアーノは天を仰ぐ。決闘前と同じ、雲一つない晴天が広がっていた。




 ティツィアーノが組合長に引退を告げ、受付で手続きを取って闘技場から外に出ると、そこにはエンツォの姿があった。


「よう、行くのかティツィアーノ」


 B級の最終戦が行われている時間帯。闘技場の周辺には他の人の気配も無い。ただ、闘技場の内からの熱気が伝わってくる。


「エンツォか。ああ、このラツィオにはもう俺の居場所はねえ」


「訓練士やるとかは?」


 エンツォは訓練士の象徴たる腰の木剣に触れながら言った。


「は、うちの組合長にも言われたよ。だがまあ、もう闘技には関わらん」


「都落ちすんのかと思ったぜ」


 都落ち、とはラツィオで成績を残せなかった決闘士が地方の闘技場で再起を図ろうとすることだ。

 ティツィアーノの荷物には彼の愛用の両手剣が括り付けられている。それを見ての言葉だった。ティツィアーノもエンツォの視線を見て言う。


「これか?まあ旅の供だな。護身用にはちぃとばかしデカいが、扱い慣れてる方がいいだろう」


「どうすんだ?」


「分からん。もう両親も妻もいないしな。身体はまだ動くし、どこかで労働者でもするか魔術で何か稼ぐか」


「そうか」


「エンツォ。明日にでも黄金の野牛組合に顔出そうと思っていたんだ」


「ああ」


「……済まん。謝って済むものでもないが、それでも言わせてくれ。済まなかった」


 ティツィアーノはエンツォに深々と頭を下げた。

 エンツォはため息をつく。


「何への謝罪だ。それによるな」


「オスティアの港で半グレだった俺をダミアーノの兄貴が決闘士に誘ってくれたのによ。たかが1回酷く負けただけで、ダミアーノやお前たちの言うことも聞かずに身を持ち崩した」


 かつてダミアーノは港湾にいた腕っぷしだけ持て余す粗暴な若者たちをかき集めて決闘士や剣闘士に仕立て上げたのだ。

 多くの組合にオスティアの若者たちを紹介し、エンツォのように後進を育てているものも、それなりに稼いで引退したものも、死んだものもいる。

 そしてその最後の現役がティツィアーノだった。


「頭を上げろ」


 ティツィアーノが頭を上げると、すかさず顎に拳が入った。

 目が眩むような重い一撃。崩れそうになるティツィアーノをエンツォが抱き止める。


「バカめ。それっぽち言うために15年もかけやがって」


「ああ、すまん……本当に」


「未練はねぇか」


「無い。ヴィンス、良い決闘士だった」


「そうか」


「あの時のように瞬殺されたが、あの時の後悔を消し去ってくれた」


 ふん、とエンツォが笑い、ティツィアーノの懐に何かを捩じ込んで離れる。

 ティツィアーノが取り出すと、重たいその小袋には金貨が詰まっていた。


「こ、これは?」


「あの日以来、ダミアーノがてめぇの負けに賭け続けた分の一部だとよ」


「は、はは。そりゃあさぞ儲かっただろうな」


「んな訳あるか。

 残りはほとんどお前の奥方に送金してるんだよ。ダミアーノの取り分なんざ手数料に毛が生えた程度だ」


 どさり、とティツィアーノが呆然として膝をつく。


「ダミアーノは?礼を……」


「負け犬と話すと不ヅキがうつるから来ねえって」


「そうか、……彼に、あとエンツォ。お前に感謝を」


「川を下れ。オスティアへ行け」


「は?」


「港のそばの赤い屋根の倉庫。その側の食堂。お前の奥方が切り盛りしている」


「待て、あいつは……あいつに俺が会っていいのか!?」


「彼女は、お前が決闘から完全に足を洗って、酒をやめ、俺に謝罪したら。

 そしたら居場所を教えてやってくれと言ってたんだよ」


 その場で崩れ落ち、号泣するティツィアーノを残してエンツォは踵を返す。


「じゃあな、古き友よ。2度と会うことはないだろう」

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i521206
― 新着の感想 ―
[一言] はあ、これなのよ…… こういう夢破れた者と、その救いが描かれるの素晴らしい…… 絶対に負けない主人公の影だからこそ物語が厚くなる
[良い点] うっく……、ダメ……。 こういうのには弱いのです。 ( ノД`)
[一言] おろろーん。:゜(;´∩`;)゜:。
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