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王都の決闘士 【完結】  作者: ただのぎょー


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C級順位戦・最終戦

 雲1つない快晴だ。秋の高い空、乾いた空気。


 ティツィアーノは唇を舐める。


 先に闘技場の砂地(アリーナ)の上に佇んでいる少年は、榛色の瞳で昇降機から降りるティツィアーノを見つめていた。


「ここまで9戦全勝!既に来季のB級昇格を確定!黄金の野牛所属、打撃系格闘士・強化術士、ヴィンス!」


 アナウンサーの声が彼にはどこか遠く聞こえた。


「ここまで7勝と2敗、勝ってB級返り咲きなるか!それとも引退となるか!獅子王剣所属、剣士・強化術士、ティツィアーノ!」


 色褪せた金髪を無造作に束ねた少年は腰巻きと手足の甲だけを身に付け、裸身を晒している。


 美しい。ティツィアーノは純粋にそう思った。

 顔立ちもさることながら、日焼け1つ、染み1つない肌。第6節で大怪我を負っている筈なのに、その痕は全く残っていない。

 なるほど、やはり死神とは、運命の糸を断ち切るものとは。かくも美しいものか。


 ティツィアーノは闘技場の砂地の中央近く、開始線まで歩みを進め、先端を折った愛用の両手剣(ツヴァイハンダー)を頭上、山高に構えた。


 開始早々に突進して振り下ろす。


 ただそれだけだ。その初撃以外に勝ち筋は存在しない。

 なぜならヴィンスはティツィアーノよりも遙かに高位の強化術士。今の流行りではない戦法(スタイル)だが、長期戦になればなるほど強化が重複し強くなる戦法だ。


 さらに治癒術士。

 基本的な〈治癒(ヒーリング)〉くらいなら、大半の決闘士が使う。だが彼のバルダッサーレ道化師(アルレッキーノ)戦で見せた魔術の再生力たるや。


 極論、ヴィンスという術者は開幕〈加速〉をかけつつ後退して時間を稼ぎ、十分な強化を重ねてから前に出るのが最も強いのだ。


 だが彼はそれをしない。

 バルダッサーレ戦、彼にとっての最善手は初撃を打たれても、後退して一度鞭の射程圏内から離脱する事だったはずだ。


 そうすればあの治癒魔術、将来の強敵相手にとっておけた(・・・・・・)だろう。あそこで見せたことで来季以降、上の階級ではヴィンスへの対策が厳しくなるだろう。


 でも、彼は引かなかった。

 新人なら強敵相手に引き撃ちしても誰も文句は言うまいのにだ。

 それはヴィンスという少年が決闘士の魂を有しているから。

 彼がラツィオに来るより前の師が教えたのか、今の黄金の野牛の訓練士エンツォが教えたのか……。


 エンツォ。ティツィアーノの訓練所の同期だ。

 昔は仲が良かったが、アルマの件以降、交流を断ってしまった。


 ……今度謝りにいかねぇとなぁ、と思う。


 ヴィンスが苦笑を見せた。

 ティツィアーノの構えが初撃に賭けてるのを看破したのだ。


――しょうがねぇおっさんだ。付き合ってやるよ。


 ティツィアーノはそんな声を聞いた気がした。


 ヴィンスは構える、いつものように。右肩を相手に向けた半身。

 だが、普段より僅かに腰が低い。僅かに前傾している。

 突進の構え。意識が前方に傾いている。


 餓鬼(ガキ)に気を使って貰っちゃってよぉ……。


 ティツィアーノは自嘲する。


 視界の端、名物記者であるロドリーゴが記者席の一番前で身を乗りだして見ている。


「そうだな。あんたにゃ戦いが一瞬で終わるのが分かるよな」


 ティツィアーノは〈跳躍(ジャンプ)〉術式を使おうと思っていた。7mの距離を1歩で詰めてヴィンスに斬りかかるために。

 だが彼が前に出てくるなら話は別だ。〈筋力増強(マイト)〉で良い。



 あの日を思い出す。

 アルマ、後の北斗七星(セプテントリオン)にやられた日。


 後悔していることがある。


 負けたことではない。


 酒に溺れたこと。いや、確かにそれも後悔してるが、決闘の内容ではない。


 彼女に全力を見せることなく敗れたことだ。


 この少年はアルマではない。だが、間違いなく最強への道を駆け上がる少年だ。

 後悔を撃ち込む先としては申し分ない。



 審判が両者に目をやる。

 互いに気息が充実しているのを見て、何も言わず手を上げた。

 静まっていく観客たち。静寂が闘技場を満たす。


「始め!」


「「〈筋力強化〉!」」


 審判の声が発せられると同時に2人の声が揃う。

 そして同時に前へ跳ぶ。


 強化術式を重ねて圧倒的な速度差がある状態ならともかく、ヴィンスは素手。一方のティツィアーノは先を折ったとは言え両手剣。

 その間合いの広さの差は本来なら絶対的であり、覆せるようなものではない。


 ティツィアーノによる脳天狙いの上段斬り(オーバーハウ)


 ヴィンスが狙うのは突き返し(リポスト)。上段斬りを右の籠手で受け流しつつ前進し、貫手で胴を貫く意図だ。


 ティツィアーノはそれを読んでいる。というよりも、ヴィンスをそう動かすための動きであった。

 脇を絞って剣の軌道を僅かに変える。ヴィンスが頭上に斜めに掲げ、受け流すつもりの手首を垂直に叩く。

 腕と刃が十字を描いた。


 両者の筋肉が隆起する。鍔迫り合いか。


 否。ティツィアーノの目的はそうではない。ぐっと剣で押し込んで刃を滑らせた。

 狙いは切り落とし(アブスナイデン)。身体に剣を押し付けて切る動きだ。


 鋼同士がすれて耳障りな音を立てる。

 手押し(ハンダドラッケン)、手首を斬る攻撃。

 手首の周囲を剣がなぞるように動き、魔術で強化された膂力は籠手ごとヴィンスの右手首を斬り落とした。


 鮮血を撒き散らしながらヴィンスの手首から先が宙を舞う。

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i521206
― 新着の感想 ―
[良い点] 凄い。おっさんがおっさんの闘いを砂かぶりで見てる…!紛うことなく、おっさんの話だ!ヽ(´▽`)/ それに苦笑しつつ、付き合ってくれる若者…!完璧だ! [気になる点] 死神…3月の獅子様のお…
[一言] 僕の王の力があああああああああああ!!!!!
[一言] 引退試合に花を添えて、でしょうか。
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