伝言
「お久しぶりです、師アルマ」
ヴィンスが頭を下げる。アルマはこくりと頷いた。
「さて、早速ですが旦那様からお預かりした言葉をお伝えします。
『王都新聞の件はこちらで調査・対応するので試合と練習に邁進すべし。またB級への昇格が確定した段階でローズウォール家から決闘士ヴィンスへと後援者となる旨を伝える正式な書類を送るので受けられたし。この際、ウィルフレッドとイヴェットが闘技場でヴィンスのファンとなったことにするのでそのように振る舞われたし』
以上です」
ヴィンスもファンレターから推測していたが、やはり弟妹たちが後援者となるようであった。
「ありがとうございます。ローズウォール家の皆様にも宜しくお伝え下さい」
アルマは頷く。
「何戦か旦那様たちが試合を見に来ていますよ。
わたしも見ましたが、今のところ順調のようですね」
「おかげさまで。アルマも決闘士だったんだな……ですね」
「ええ、ダミアーノは何か言ってましたか?」
「俺が……僕がアルマの事を話さないから教えてやらんと」
アルマはくすりと笑った。
「口調を荒っぽくしているのですね、かっこいいですよ」
ヴィンスの顔に血がのぼる。
アルマはくるりと身を翻して闘技場を見下ろした。高さも20mはある巨大なすり鉢の縁に立ち、爪先を虚空に浮かせて今にも落ちそうなほどだ。
「昔ね、こう見えてこの闘技場の頂点に立ったことがあるんですよ」
「それ以上でしょう、S級決闘士、北斗七星アルマ。調べたらすぐ分かりましたよ」
闘技場の順位戦はあくまでもA級、B級、C級の3階級であり、S級決闘士という階級は本来存在しない。
これはA級順位戦に優勝した覇者を意味する言葉ではない。その覇者の中でもさらに優れた覇者の中の覇者を意味する名誉称号の階級である。
例えば2季連続全勝優勝、5季連続優勝、通算10季優勝。
よってS級決闘士はラツィオの闘技場100年の歴史の中でも5人しかいない存在だ。
その中の唯一のエルフにして唯一の女決闘士は今、ヴィンスの前で優しく笑っている。
「師のあまりにも偉大なことに身の震える思いです。……ぶっちゃけ当時、メイドに勝てないと悔し涙を流していた俺を慰めてやりたいです」
「それでもヴィンス、わたしに何度か土をつけたでしょう。これを知ってたら勝ちに行けなかったと思いますよ」
「3勝1万敗。とは言ってもアルマが全力を出したことなんて無いのでは?」
「確かに武器はちゃんとしたものは使ってないですけど、最後は本気にさせられてましたよ?
ヴィンスは自信を持って良いのです。そもそもわたしはあなたに1勝も上げるつもりはなかったのだから。さて……」
アルマの雰囲気が剣呑になる。突如空気が重くなった。
「答えなさい、弟子ヴィンス。なぜ〈自動再生〉を使いました?」
やはり彼女がわざわざ接触してきたのはそれか。ヴィンスは内心、舌打ちしたい気分だった。
「なぜ……とは?バルダッサーレは強い決闘士でした」
「とぼけるのはやめなさい、確かにあの男はB級でも上位に入る程度の力はあったでしょう。ですが、私の攻撃を捌いてきた我が弟子があの程度どうにもならないはずがない。
あの試合を見て観衆は〈自動回復〉と勘違いするかもしれませんが、実力者たちはヴィンスという決闘士が恐るべき牙を有していると気付きます。
これはあなたに不要な騒動と、あなたの正体や弱点の露見を招く可能性がある」
ヴィンスも理解はしている。高位の治癒術士は希少かつ極めて需要が高いのだ。
他の組合や、決闘士以外からの引き抜きなども発生するかもしれない。だが。
「……色々な、理由があります。でもたとえ正体が露見しようと意志を貫きたいと思いました」
いつの間にかアルマの両手には剣が握られている。そして彼女の頭上には5振りの剣が鈍色の花弁のように浮いた。
北斗七星、彼女の2つ名を示す七刀流だ。
「意志、決闘士の誓い。
相手から退かぬ意志を貫くために〈自動再生〉が必要というのは、理にかなっているようではありますが、やはり過剰。
ああ、なるほど。……女ですね?」
ヴィンスの肩がびくりと揺れる。
アルマがしたり顔で頷いた。
「ははぁ、なるほどなるほど。上位の治癒術士であることを彼女に見せましたか。まあまあヴィンセント坊っちゃまも大きくなられて」
「ちがっ……」
「娼婦に入れ込んでいるということもないでしょうし、同じ組合の娘ですかね、これは奥様に報告することが増えましたか」
「やめて、お願いだからやめて」
「ふふふ、意志を通したくば?」
「ここで!?」
ヴィンスが悲鳴を上げる。
「抗いなさい」
その言葉に反射的にヴィンスは拳を構えさせられた。アルマは笑みを浮かべたまま駆け寄る。
特に殺気も感じない遊びのような雰囲気。
だがその手にあるものは、宙に浮くのは全て人殺しの道具。
一方のヴィンスは籠手もしていない。〈鋼の手〉の術式を使用、右手の肘から先を硬化。
アルマの双剣を右手で捌くも、宙に浮いた鉄剣が順に射出される。ヴィンスの腕の届く範囲を避けて足を狙うように飛翔。
ヴィンスは後退、その先にまた剣。さらに後退した分詰めてくるアルマ。
「くっ……」
「ふふ」
笑みを浮かべながらさらに苛烈にアルマが迫る。




