手紙
謝罪と取材のためにロドリーゴが黄金の野牛前へと向かうと、そこには多くの記者たちが人だかりを作っていた。
人だかりの先頭ではヴィンスが慣れぬ取材に困惑している様子だ。
出遅れたかと思っていると、背後から声をかけられる。
「よう、ロドリーゴ」
「エンツォか。やあ大した人気だな」
彼の両手には穀物、柑橘類、絞められた鳥と大量の食材、市場帰りだろう。
「裏手に回れ、後で少し天幕を上げる」
そう呟くと、そのまま取材陣を追い散らしつつ戻っていった。
1時間ほど後、天幕の中。
ロドリーゴとザイラが頭を下げる。
「すまなかった」
「たいへん申し訳ありませんでした」
ヴィンスは彼に渡された王都新聞の記事を読み終えると、隣で覗き込んでいたブリジッタに渡して2人を見つめる。
帽子を外したロドリーゴの少し薄い頭頂部と、ザイラの栗色の髪を見ても別に何か思うこともない。ヴィンスは口を開いた。
「頭を上げてくれ。別に俺は何か失ったわけでもない。
ザイラさんといったか、彼女の行為で損害を受けたのはロドリーゴなんだろ?ロドリーゴ自身はそれでいいのか?」
「初戦終わったタイミングで俺が記事あげてればもうすこしファンや記者が自然に増えていったはずなんだ。だから迷惑はかけていると思うが、まあ気にしてないならいい。
記者がネタを抜かれるのは日常茶飯事なんだよ。新人の脇が甘い程度で処罰なんてしてもこっちが得るものがねえや」
ヴィンスは腕組みして考える。
「王都新聞の方は?今日はそのピーノってのはいたか?」
「いや、いなかったな。しばらくは表に出てこないか別のとこに回るだろう。ザイラから身を隠すんじゃないか?」
ザイラは肩を拳を握り締め、肩を震わせている。
「ふむ、まあ記者としては当然と言うのかもしれないが、ちょっと悪辣に感じるがな」
「そうよ!サイテーだわ!見かけたらボコボコにしてあげるからね!」
ブリジッタが口を挟む。
「おい、やめろよ」
とブリジッタから新聞を取り上げたダミアーノ。
「いいか、ヴィンスもだ。記者に暴力振るうと敵を増やすだけだ。王都新聞やその男を不快に思うのは仕方ないが、手は出すんじゃねえぞ」
「はーい」
ブリジッタは唇をとがらせた。
「ああ、『闘技場外』のことだからな。全て暴力で押し通すって訳にはいかないのはわかっている」
「ならいい」
「まあ、いつか鼻をあかしてやりたいけどね」
話を終えてロドリーゴたちは帰り、ヴィンスはその日の鍛錬を終えて夜、自分の部屋に寝転んで思う。
注目が集まるのは仕方ないが、決闘を分かっていない奴らにまで群がられるのはあまり好みではないなと。
そもそもヴィンス自身も今日気づいたのだが、大勢の人に群がられるのが苦手、あるいは慣れていないのだ。観客のように遠くから見られている分には構わないのだが、自分に複数人が同時に来る、つまり今朝の記者たちのような状況を記憶にある限りほとんど経験したことがない。
それは主に学校に行っていないためだ。彼が魔力暴発を起こしたこともあり、幼少時の教育は学校ではなく家庭教師によって行われたこと、そしてアルマと5年近く隠遁生活のような修行をしていたからである。
「そうだな。……権力に頼るか」
別に記者たちを完全に排除したいという訳でもないのだ。
先日のラファエーレ、運営委員の貴族の彼なら決闘士を守るという面目である程度の秩序を持たせることができるだろう。
あとはピーノという男の件。
ヴィンスは枕元の荷物の下から箱を取り出す。開けると中には数通の手紙。
布団の上へと座り、それを広げるとヴィンスの榛色の瞳は優しい色を浮かべた。
それらは初戦の勝利の後にヴィンス宛に届いたもの。
郵便屋からではなく、朝起きたらヴィンスの枕元に置かれていたものだ。
『良き勝利でした。引き続き健闘を祈ります。 Ⅶ・A』
『すごいたたかいでした。ファンになりました!これからもかちつづけてくださいね!
すてきでした、かっこよかったです!おうえんしてます!
しんあいなるVへ。 W&Y』
簡素な便箋に記された、あまりにも端的な励ましの文。
そして美しく飾られた便箋にわざと子供らしく書かれたファンレター。
ヴィンスは羽根ペンと便箋を取った。
1枚は運営委員会へ、闘技場の受付に渡せば良いだろうか。もう1枚は王都のローズウォール家タウンハウスへ。
数日すると記者は明らかに減っていった。闘技場の運営委員会から通達があり、一度に取材に行ける人数が制限させられたと聞いた。
そしてある夜、枕元に便箋が落ちているのを見かけた。急いで中を見ると、たった1行の走り書き。
『闘技場を見上げなさい Ⅶ・A』
ヴィンスは天幕を抜け出すと、夜空を見上げる。陽は既に落ち、天には紅く輝く第3の月。
〈視力強化〉の術式を使うと、闘技場の縁、4階席の上に不自然な影が見えた。
ヴィンスは闘技場に向かって走る。階段を駆け上がり、客席から跳躍して屋上へ。
そこにはフードを被った小柄な人影が佇んでいた。
ヴィンスに背を向け、夜の街並みを見下ろしている。
人影はゆっくりと振り返り、フードを落とす。
月光を照り返す銀糸の髪、月光より紅き緋色の瞳。夜闇に溶け込む褐色の肌の女。
彼女の薄い唇が動く。
「久しぶりですね、我が弟子ヴィンス」




