ブンヤ(挿絵有り)
決闘士新聞記者ロドリーゴ(イラスト:くまぽ様)
朝、決闘士新聞の編集室にて。
「おい、こいつを見ろ!」
記者の1人が手にしてきたのは王都新聞のスポーツ面だった。紙面のトップには、『新人決闘士ヴィンス、道化師を撃破!』の文字、そして『決闘士ヴィンス特集』と続く。
記者たちが集まる。
「王都新聞のやつらに先を越されてるじゃねえか!」
「文章誰だ。ピーノか」
「いや、まてこの内容……」
「ロドリーゴ!」
皆がロドリーゴに振り返る。ロドリーゴは新聞を受け取るとしかめ面で紙面を眺めて言った。
「特集の方は俺の原稿が元になってるな」
編集長のヤコポは「原稿が流出したのか!」と憤る。
ロドリーゴはちらりと目を上げ、部屋を見渡した。
新人のザイラが倒れそうなほど青褪めているのが目に入った。彼女の唇が『うそ、なんで』と声なく動いているのを読み取る。
彼は鞄から新しい原稿を取り出し、机の上に置いた。
「その王都新聞が元にした原稿は第5節までのものだ。もし俺の原稿をうちで出す気があるなら最新のはこれ、同じにはならん。まぁ、後追いにはなるがな」
「内部調査だ。この原稿を流出させた者を暴かねば!」
ヤコポが息巻く。
「そうかい、じゃあヤコポよ、お前が思考を抜かれた可能性からやれ」
「はぁ?」
ロドリーゴはハンチング帽を脱ぐとくるりと回した。
内部には守護の魔法円の一種が刻印されている。この形は情報伝達系、〈精神感応〉の類を阻害する魔術道具だ。
「当たり前だろう?お前は俺の原稿読んで、術式の防御しないで出歩いてるじゃねえか」
ほとんどの記者が気まずげに目を逸らした。
魔術師以外にも使用できる思考盗みを防ぐ帽子型の魔道具。比較的廉価なものであり、記者などの情報を扱うものは多くが保有している。
だが安価な理由は着用者の魔力を消費して発動するからだ。
魔術師でないものが一日着用していると魔力枯渇でだるくなったり頭痛を起こす。
ゆえにそれを一日中被っているような記者はほとんどいない。それも王侯貴族や政治絡みではないスポーツや闘技場の記者などでは特に。
誰も何も言わないのを確認し、ロドリーゴはハンチング帽を被り直した。
「じゃあ出る」
「どこへ?」
「取材だよ、決まってるだろ?」
朝日の差し込む廊下をロドリーゴは歩く。
この件はヴィンスたちに詫びないといけねぇなと思いながら。
「ロドリーゴさん!」
背後から駆け寄る足音と高い声。ロドリーゴはゆっくりと振り返る。
「何だ、ザイラ」
「ごめんなさい!わたしのせいなんです!」
ザイラは頭を下げ、涙を溢しながら話し始める。
闘技場でピーノと会ったこと、食事をしながら記事の書き方を教わっていたこと、肉体関係をもったこと、そして彼にロドリーゴの原稿の写しを見せてしまったことを告白した。
「ふむ、それで?お前はそれでどうする気だ」
「なんでも、どんな処罰でも受け入れます!」
「そうか、じゃあこの件を糧に記者を続けろ。それだけだ」
ロドリーゴはそう言って立ち去ろうとする。
ザイラは慌てて前へ回り込んだ。
「そんな!ロドリーゴさんの文を奪われてわたしに何も咎がないなんて!それにピーノはどうするんです!」
ロドリーゴは面倒くさそうに頭を掻いた。
「記者が他の記者からスクープをスッパ抜こうとしてるなんざ当たり前の話だ。お前は勉強したんじゃねえか。
ピーノって野郎から文章の書き方習ったんだろう?お前の文章悪くはなかったよ。んで、それは善意じゃないってことを教えてくれたんだろ。
は、良い奴じゃねぇか」
「わ、わたしはそうかもしれませんがロドリーゴさんは怒ってないんですか?」
ふん、と鼻で笑った。
「はらわた煮えくりかえってるに決まってるじゃねぇか。
だがな、別に俺の文章を写されたんじゃなくても同じなんだよ。誰かが俺より前にヴィンスを大々的に評価した文章を発表した段階で、俺の文の価値はなくなるんだ」
「そんな……」
「別にヤコポの野郎を非難する気もねえよ。調教師組合ってのが、弱小新聞社が立ち向かうにはデカすぎる相手なのは間違いねぇ」
ぽた、ぽたとザイラが落とす涙の音だけが廊下に響いた。
ロドリーゴは仕方なく話を続ける。
「いいか、他の新聞や雑誌社の者たちと友や恋人になっていけないなんてことはねぇよ。俺だって他の新聞社に友人くらいいるさ。まあ、俺の同世代の奴らはもうあまり現場には出ねえからお前は見たことないかもしれねぇけどな」
「はい……」
「だがそれでも超えちゃいけない線はあるし、警戒もせねばならん」
ザイラは廊下に跪いた。
「わたしが、……わたしが償うにはどうすれば良いでしょうか」
「考えてみろよ……。簡単なことだ」
ザイラはしばし黙考し、顔を上げた。涙に濡れた顔が朝日に光る。
「記者を続けて、素晴らしい記事を書くこと……」
「そうだ、他にはねえよ」
「ロドリーゴさん、お願いします……。記者を続けろというならもう1度、1から勉強させて下さい……」
ロドリーゴはその横を通り過ぎながら言う。
「とっとと行くぞ、新入り!」
「は、はいっ!」




