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王都の決闘士 【完結】  作者: ただのぎょー


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34/111

山羊頭

 2人は血を洗い流してから、食事へと向かう。

 いつもの(ポリッジ)。だが今日はオレンジもついていて食事の質が向上しているのを感じる。


「ダミアーノ、エンツォ」


 ヴィンスの言葉に2人は振り返る。


「ブリジッタの怪我を治療した。ちゃんとリハビリしてみないと分からんが、来季の復帰が可能だろう」


「なんだと、てめぇ。俺の言ったのを忘れたか」


「ダミアーノが言ったのは金をだすなだ。治すなとは言ってない」


 ちぃ、と舌打ち。

 エンツォが尋ねる。


「さっき血塗れだったのはそれか」


「そうだ」


「しかし、昨日の試合もそうだが〈再生〉使えるのか。治癒術士のが儲かるんじゃないのか?」


「あー、色々術式なんかに問題あってな。治癒術士にはなれん」


 ほう?とエンツォは面白そうに笑みを浮かべた。


「クソ痛いんだ」


「ええ、クソ痛かったわ。死ぬかと思った」


 ブリジッタが頷く。

 ダミアーノもエンツォもヴィンスがワケありだと分かっている。アルマとの関係、隠した力、おそらくはその出自。

 だが彼らはそれを尋ねない。それが彼らのスタンスなのだ。

 ダミアーノは代わりにこう言った。


「金は来季のブリジッタの収入から、治癒術士の相場に利子付けて払わせるでいいか」


「さすがに利子までは取らん。相場通りでいい」


「……分かった。まあ……なんだな、ブリジッタ。良かったな」


「うん!」


 ブリジッタは満面の笑みで頷く。


 その時ダミアーノの手が跳ねた。

 鈍重そうな身体にはにつかわぬ挙動。卓上のチーズ切りナイフの刃を摘むと手首の捻り1つで投擲。


 ナイフは銀の閃光を描き、天幕の入り口付近へ。

 エンツォが口笛を吹いた。


「相変わらず大したもんだ」


 立ち上がったエンツォがナイフを拾う。その切っ先には一匹の小さな蛇が縫い付けられていた。




 同日夜。

 ラツィオの闘技場より北へ、王城へと向かう道を進むと高級住宅地が広がっている。その屋敷の一室には荒れた様子の主人の姿があった。


「クソ……クソっ、バルダッサーレめ新人の小僧に無様に負けやがって!」


 高級な蒸留酒ブランデーを浴びるように飲むのはインノチェンテ、無限の複合獣の幹部である。


「運営委員会もなんだクソ!こう言う時の為に金渡してるんだろうが!」


 ラファエーレはこう言ったのだ。『この程度で罪に問うのは無理だ。もしそうすると、A級決闘士を全員捕まえる必要がある』と。

 実際、ヴィンスの行為が過剰攻撃と言えばその通りではあろうし、素手での人体破壊ということで衝撃的ではあった。

 だが、実際のところ大規模魔術をぶつけ合うような上位決闘士はもっと酷い怪我、あるいは死を与えてしまうことが多いのだ。


「インノチェンテ、どう落とし前をつける気だい?」


 突如、部屋に酒焼けした女の声が部屋に響いた。

 インノチェンテの顔が青ざめる。


「と、頭目!」


 部屋の中央に立っていたのは厚化粧の50絡みの女、髪を2本に高く結いあげ、夜会服(イブニングドレス)を身に纏う。最高級の絹、ぎらぎらと下品に感じるほどに身を飾る宝石。

 彼女はふくよかと言うには過ぎた腹を揺らしてインノチェンテに近づく。


 インノチェンテは慌てて椅子から立ち上がり、彼女の前に膝をつき平伏する。

 女はインノチェンテの背に腰掛けた。


「ぐうっ……」


「なぁ、インノチェンテ。わたしは誰だぃ」


無限の複合獣(インフィニットキメラ)……、3頭目(トライアド)が1……、山羊頭ゴートヘッドヒメナ様で御座います……」


 背にかかる重さに耐え、息も絶え絶えに言う。


 複合獣キメラとはどのような生命体であるか。複数の獣が融合したような姿の魔獣は全て複合獣であり、新大陸には数多くの複合獣が見られるという。

 だが伝統的な人類の文化における複合獣とは、獅子の頭部、胴には山羊の頭、尻尾には蛇頭という3つの獣からなる魔獣である。

 無限の複合獣はその複合獣キメラの名に相応しく、3頭目(トライアド)による合議制からなっている組織だった。


 今ここに出現したのがその1人、山羊頭ヒメナである。


「ねぇ、インノチェンテ。わたしは何が嫌いなんだっけねえ」


「嘘を……つかれることに御座います」


 獅子頭ライオンヘッドは魔獣狩りを、蛇頭スネークヘッドは魔獣育成を、山羊頭は運送業を管轄する頭目だ。

 インノチェンテ自身は蛇頭の頭目の部下である。だが、山羊頭ヒメナに目をつけられているのであった。


「あなた、今年中に彼女を連れてきてくれるって言ってたけど。……ねぇ、本当かしら?」


 そう、ブリジッタ。希少な重力支配者。運送業で有用すぎるほどに有用な力。彼女を5年前に手放したためである。

 インノチェンテは後悔している。あの時ダミアーノに彼女を売ったことを、あの時殺しておけば彼女が才能を発揮することはなかったと。

 インノチェンテは自分が彼女の力を見抜けなかったことは後悔しない。それが彼の気質であり、限界でもあった。


「はっ、ただちに、ただちに……」


「でもあなたの子飼いで1番強いの負けちゃったのよねえ?

 偵察だか殺しだか知らないけど、ちょくちょく蛇も送り込んでるけど成果が上がらないみたいだし」


 事実であった。


「あれねぇ、蛇頭から文句言われたのよね。わたしの願いのせいで、可愛い子達が消費されてるって……」


「はい……」


「てめえのせいだろうが!」


 ヒメナの拳が振り下ろされた。

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i521206
― 新着の感想 ―
[一言] わかりやすい悪が出た。
[一言] 運送業の山羊頭。トップがババ…マダムだけど、この感じでは何か物理的に強いのでしょうか?(人間椅子キツいとかじゃない方の)
[一言] >女はインノチェンテの背に腰掛けた。 ご褒美……な……のかな?( ˘ω˘ )
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