治療
翌日、2人は闘技場の決闘士や剣闘士たちの購買となっている雑貨屋に行き、清潔な布や消毒のためのアルコールなどを大量に買い求める。
テントの中、今は使ってない仕切りの内側を清掃して清潔な布を敷く。
昼から公衆浴場に行って汚れを落とし、戻ってきては全身にアルコールをすり込むようにして消毒して2人は白い布の上で向かい合った。
「じゃあ説明するな」
「うん、お願いします」
ヴィンスは決闘の時のような半裸。手甲、脚甲は着けずに新品の腰巻きのみを身に纏う。
ブリジッタは上半身はタンクトップ、下半身は下穿き1枚のみ。
側面を紐で止める形状の、布面積の小さい白いパンツと健康的に少し日焼けした脚が伸びる。
腰との境目のあたりには普段穿いているホットパンツの位置を示す白い肌。
ヴィンスはくらくらと目眩すら感じるが、それを押し殺して言葉を紡ぐ。
「俺の〈突き〉はオリジナルの術式で」
「待って」
「何だ」
「また秘密を明かすのをやめて!」
「そうは言ってもここから説明しないことにはなんともならない、諦めろ。
〈突き〉は貫手を突き出す技だが、この掛け声と同時に事前に待機させておいた任意の複数術式を発動するもので、それぞれの発動箇所を身体の部位ごとに分けることができる。
具体的には人差し指に接触型の〈解呪〉、中指に〈鋭さ〉、薬指にはその場に適した術式を使うことが多い」
ブリジッタはくらくらと目眩すら感じた。呪文操作系の〈二重魔法〉系統のオリジナルアレンジ術式じゃないと。
発表するだけで最低でも家が建つ。有用なら巨万の富を得られるだろう。
「で、今回は〈鎮痛〉、〈鋭さ〉、〈血止め〉でいく。骨まで達したら〈鋭さ〉を止めて骨を握り潰し、〈再生〉に変える。いいか?」
「色々突っ込みたいけど、絶対に藪蛇になるから突っ込まないわ」
「ただ、俺の術式は本当に触ってるところにしか効果がないから、いくら〈鎮痛〉使っても痛いし、神経に触るから不随意の動きが大きく出るはずだ。
頑張って耐えてくれ。悪いけど俺も押さえ込ませて貰う」
ブリジッタは頷き、布の上に仰向けに寝転がる。ヴィンスは彼女の膝を脚の下に抱え込むように座った。
「お願い」
そう言うとブリジッタはタオルを口の中に入れて噛み締める。
ヴィンスは右手を彼女の引き締まった腹の上に置き、左手で彼女の腰を撫でる。
肌理細やかで、弾力のある肌。そこを押し込みながら患部を探る。
緊張からか息苦しさからかブリジッタの息が荒い。
ヴィンスもまた緊張している。アルマの弟子だった5年弱の間で、斬り飛ばされた手脚を数百本は生やしてきたが、他人に使うのは初めてだからだ。
「行くぞ……〈突き〉」
ヴィンスの指がぶすりとブリジッタの腰へと沈む。
血が噴き出し、びくり、とブリジッタの身体が震えた。ヴィンスの腰の下でブリジッタの脚が跳ね上がろうとする。
骨盤と大腿骨の境の関節に中指が刺さる。
〈筋力増加〉をかけて傷口に親指をねじ込み、筋肉の腱が癒着している部分を探り当てた。
「一気に行くぞ」
ぐしゃり、と骨を握りつぶす。
ブリジッタの全身が跳ね上がった。ぶわりと全身から汗が珠のように吹き出し、くぐもった悲鳴と共に、布を噛みしめた口の端からは泡が溢れる。腹を押さえ込んでいるヴィンスの右腕を爪を立てるように握り締めた。
「っぐ……〈再生〉」
ヴィンスの左掌の中で、骨が、神経が、肉が再び形を取るのが分かる。
再生していく神経が彼の指に擦れるたびにブリジッタの身体が痙攣する。
速く再生してやってくれ。そして正しく治ってくれ。ヴィンスは思う。
ほんの1分程度だっただろう。
ヴィンスの掌に触れるものの形がこれ以上、再構成されなくなった。
ヴィンスの右腕を握り締めていたブリジッタの両手から力が抜けて落ちる。右腕には彼女の手の形をした痣がくっきりと残った。
ヴィンスはゆっくりとブリジッタの腰から手を抜いていく。まるで水面に手を入れている時のように、彼の指に沿って肉が閉じていく。
血に塗れた肌を布で拭うと、傷口はもう見えない。
顔へと手を伸ばし、噛ませた布を口から取り除く。
涎がしたたりブリジッタの顔を汚した。
布の逆の部分で顔の汗と唾液を拭いながらヴィンスは告げる。
「終わったぞ」
全力疾走の後のように息を荒げ、胸を上下させるブリジッタが息を整えるには暫しの時間が必要だった。
「……治ったの?」
「それは分からん、動かしてみてくれ」
ヴィンスがブリジッタの右脚を腰の下から引き抜くと、彼女は待ちきれないというように、だがおそるおそる脚を上げる。そして痛みがないことに歓喜の表情を浮かべると、胸に膝がつくほどに開脚してみせた。
「脚が……脚が上がる!」
「そうだな。良かった」
「ありがっ……ありが……あ……っ」
ブリジッタの目から涙がこぼれる。嗚咽は言葉にならない。
ブリジッタは腕を伸ばしてヴィンスに抱きついた。
ヴィンスも緊張を解く。大きく息をつく。
「おい、お前らそこにいるのか?飯は?」
使ってないはずの部屋からする物音にエンツォが天幕のしきりをめくる。
そこには汗だくで全身を上気させたブリジッタが横たわり、その上にのしかかるような体勢のヴィンス。
半裸の彼らは股間のあたりを真っ赤に血に染めて……。
「なんだ、その。随分と激しいな」
「違う!」




