その夜
ラファエーレは告げる。
「ヴィンスさん、あなたこちらの処罰を受け入れた方が良い。さもないと無限の複合獣はあなたを潰しにかかりますよ?」
横で黙って見守っていたダミアーノが笑った。
「面白いことを言う。なあ、黄金の野牛は既に無限の複合獣からの圧力をこの数年受けているんだぞ?」
「ラファエーレ」
そのヴィンスの呼びかけに、ラファエーレが、剣を突きつけていた兵士たちが震えた。
「俺は闘技場内でのトラブルについては、全て暴力で押し切ると決めている」
その言葉に込められた覇気に、あるいはその言葉に、ラファエーレは偉大なる女決闘士を幻視した。
「あ、……アルマ北斗七星?」
「知らん、俺はただのヴィンスだ」
ダミアーノが言う。
「闘気を抑えてやんな、ヴィンス。
ラファエーレはアルマの熱狂的なファンでな。ガキの頃、ウチに出入りしてはアルマの練習眺めてたのよ。だからまあこいつは運営委員会の中じゃあこっちよりだ」
「ダミアーノ!アルマ様の行方が知れたのですか?彼との関係は!」
ダミアーノは顎でヴィンスに問いかけ、ヴィンスは頷く。
「ラファエーレ、兵士を下げな。そうしたら話してやる」
そのようになった。ヴィンスがアルマの弟子であり、彼女からの紹介で黄金の野牛組合に所属したという話がダミアーノから語られる。
「……なるほど。アルマ様は北方にいたのですね」
ヴィンスは彼女が今、王都のローズウォール家タウンハウスにいると確信しているが、それは口にしない。
「しかしヴィンス卿、あなたの戦法とアルマ様のそれとはだいぶ違うように感じられますが?」
これは黄金の野牛の面々も気になっているところであった。視線が集まる。
「師は念動士で俺は強化術士だ。そもそも適性が違う。
師は俺に術式や戦い方についてほとんど何も教えちゃいない。だが……」
「だが?」
「万の敗北を俺に刻みつけ、何が至らないかを教えてくれた。それと決闘士としてのあり方を教えてくれたよ」
ラファエーレは感涙に咽んだ。
「おお……いや、失礼いたしましたヴィンス卿。何か問題ありましたらこのラファエーレ・アルベルジェッティにお伝えください」
先程まで査問に来ていたのに今は卿である。滅多にそう呼ばれることはないが、一応C級決闘士も騎士階級に準じるものとして扱われるのであった。
「ああ」
こうしてラファエーレは帰り、ヴィンスたちも居酒屋で勝利を祝ってから組合のテントに戻る。
その夜、ブリジッタがヴィンスに声をかけた。
「ねえ、ヴィンス。ちょっと夜風にでも当たらない?」
「ん、ああ」
「ダミアーノ!ちょっとヴィンスと散歩行ってくる!」
ブリジッタは奥へと声をかけると天幕から出た。
闘技場はもう今日の決闘は終わり、街路灯の〈光〉に照らされ、夜闇の中に威容を放ち聳え立つ。
「どこへ?」
「どうしよっか」
ぐるりと闘技場を半周して正面側へ。
途中、店仕舞い中の屋台の飲み物売りから、余りの果実水を安くせしめてそぞろ歩く。
闘技場の正面、向かいは丘となっている。ブリジッタはそちらを指差し、ヴィンスも頷いた。
そこはパラティーノと呼ばれ、このラツィオが遥か昔、西暦の時代にローマと呼ばれていた頃、さらに遡り、紀元前にこの地に最初に人が住んだ場所とされている。
今はこの丘は公園となり、古代の遺構が僅かに残るのみだ。
2人は人の気配のないパラティーノの丘を登りながら話す。
「ねえ、ヴィンス。あたしの仇をうってくれたの?」
ブリジッタが尋ねる。
「結果的にそうなっただけだがな」
「でも、あたしがやられたのと同じ、腰を貫いてくれたじゃない」
ブリジッタは右拳をしゅっと前に突き出した。
「そうだな」
「……ありがと」
「ああ」
夏の夜だ。
ヴィンスは麻のシャツ姿、ブリジッタはタンクトップにショートパンツ姿で足には軽いサンダル。
踏み固められた土の散歩道を進み、芝生へと足を進めて丘の上に。
「でも、あの戦いは心臓止まりそうだったわ」
「ちゃんと勝って無傷で帰ってきただろ」
「そう言う問題じゃないでしょ」
ヴィンスの腹に拳を入れる。
丘の少し先には数千年前の遺構の一部が今も残る。
まだ宵の遅い時間ではない。眼下には街路灯の明かり、家々から漏れる光。北には王城が聳え立つのが見える。
南の空には黄色い1の月が半月に、西の空には青白い2の月。3の月は今は見えない。
「ねえ、ヴィンス。あたし、怒ってるのよ?」
ブリジッタがヴィンスの腕を取った。彼女の濃紺の瞳が青白く輝く。ヴィンスの髪の毛がふわりと浮き上がり、次いで踵が浮いた。
ブリジッタは腕一本でヴィンスを振り回すと、地面に叩きつけた。
ヴィンスの視界には満天の星空、天の河が広がる。
「ぐぇっ……重力支配者か」
彼女はヴィンスの腰の上に跨り、マウントポジションを取った。
そのまま手を伸ばして胸ぐらを掴む。
「なんで魔導書を置きっぱなしにしたのよ!
なんであんな勝ち方をした!ヴィンス、あんたならもっとスマートに勝てただろう!あんな……あんな力を見せつけて勝つ必要なかったじゃないかよぅ……」
彼女の怒声が途中から勢いを失った。




