ブリジッタ
ブリジッタは首を横に振って笑った。
「魔法使いじゃ無くて、単系統特化型魔術師ってやつになるのかな?だから向こうもあたしが魔術使えないと思ってたの。
ちょっと待ってて。みせたげる」
ブリジッタは立ち上がると、ひょこひょことテントの裏手に行く。
ヴィンスが主に使うのは肉体操作系の強化魔術だが、それ以外にも治癒系統や、移動系、防護系など多くの系統の術を扱うことができる。ユリシーズの広域殲滅魔術は植物系だし、有名どころでは地水火風それぞれの精霊系。
数多くの系統が存在するが、その中でも気付かれないような珍しい系統なのだろう。
そして単系統はその分その系統に関しては特化して強力になりやすいという。
なるほど、髪の一部だけ金というのがそれを象徴する可能性があるとダミアーノは見てとり、見事その才能を開花させたということか。
「やるじゃないか、ダミアーノ……」
ヴィンスが冴えない風体の組合長を思っている間に、ブリジッタはごそごそと資材を漁り、戻ってくる。
巨大な戦斧を担いで。
それはあまりにも巨大な斧だった。
身の丈より長い金属の長柄に斧の刃がついている様は槍斧のようでもあった。だが、その刃はまるで騎士盾のように、彼女の上半身がすっぽり隠せてしまうほどの大きさである。
ブリジッタはそれを軽々と肩に担いで持ってくると、右手一本で縦に構え、ぐるりと回して再び肩に担いだ。
彼女はふふん、と自慢げに笑い、ヴィンスは驚愕を表情にのせる。
「重力支配者か……!」
「へえ、一目で分かるんだ?」
ブリジッタの濃紺の瞳は魔力光を帯び、瑠璃色に輝く。
前髪の金も輝いて見えた。
「分かるさ。俺だって〈筋力強化〉すれば持てないことはないが、もっと全身に力が入った動きになるし、重心の位置だって変わる。
移動系の〈軽量化〉が付与された魔術道具は重さ半分までしかできないはずだ。
でも、ブリジッタの持ち方から考えて、その斧は今ほとんど重量ないだろう」
「正解」
重力に関する術式は極めて高難度かつ消費が大きい。実戦レベルで使える術者なんて1国に1人いるかどうか。
なるほど、これは無限の複合獣が取り返そうと躍起になるわけである。
ブリジッタは斧を回して脇に挟むと、淑女の礼を取った。
「改めて名乗りを。C級決闘士、斧闘士、重力支配者、ブリジッタ。
ヴィンス、黄金の野牛を救ってくれてありがとう」
ヴィンスも立ち上がり、返礼する。
「まだ救ってはいない。これからだ」
「ふふ、期待してる。
さ、食事にしよ。お腹すいちゃった」
ヴィンスたちがテントへと戻ると、ダミアーノとエンツォは先に食事をしていた。薄切りのハムとルッコラ、水牛のチーズの挟みパン。
冷めても良いように粥にはしなかったのだろう。
「話したのか」
ダミアーノが呟く。
ブリジッタが頷き、ヴィンスが答える。
「ああ、聞かせてもらった」
「バカな真似をしたと思うだろう。
権力あるとこに睨まれて組合は潰れる寸前、救ったつもりの小娘も怪我を負わされ……」
「ダミアーノ」
ヴィンスがダミアーノの言葉を遮った。
胸に手を当てて腰を折る。
「貴方の気高き行いに敬意を。俺は良き組合に入ったと思う」
そうして決闘までの2週間、ヴィンスたちは通常の訓練をこなしつつ、バルダッサーレ対策に時間を費やす。
「なんだこりゃ」
「あ、ロドリーゴじゃん」
ある日、ロドリーゴが取材に来た時に呆れたように言った。
彼の視線の先では、地面に突き立った槍の上に片足で立ち、魔導書を読み進めるヴィンスの姿があった。
「えーと、修行?」
側に立っているブリジッタが言う。防御魔法を足裏などの一点に集中させる訓練、体幹とバランス感覚を鍛えつつ魔術の勉強をしているという話をした。
「ああ、バルダッサーレの幻術対策なのか?」
「そうそう、くらくらするやつ」
バルダッサーレの使う術式の中には平衡感覚を失わせるものがある。幻術で景色を歪めさせるものと併用されると、何もないところで転倒するおそれも高いものだ。
ロドリーゴはにやりと笑うと、胸ポケットからメモ帳を取り出して今の話を書きつける。
「なるほどな、んでお前は何をしてるんだ?ブリジッタ」
「お手伝い」
ブリジッタは足元に積まれていた小石を拾い上げると、ヴィンスに投げつける。軽い動作に見えるが真っ直ぐヴィンスの顔面に向かっていった石は、直前でその軌道を変えて落ちて腹のあたりへ。
ヴィンスは片足で跳び上がってそれを避け、逆の足で槍の穂先に立つ。
魔導書を閉じて左手に持ったヴィンスが顔を前に向ける。
「やあ、ロドリーゴ」
「おう、器用なもんだな。足裏は〈魔術鎧〉か?」
「いや、今は〈鋼の皮膚〉を試している」
話している間にもブリジッタからは石が投げつけられる。ヴィンスはそれを時に屈み、首をすくめ、跳び避け、右拳で打ち払う。
「しかし落下したりとか、事故はおきないのか?」
立ってるのは槍の上、穂先の鋭さもあれば、高さも2mはある。
「そりゃあるけど、治癒魔術使えるからな」
ブリジッタがにやりと笑ってロドリーゴの後ろに回る。
「ヴィンス!」
彼女はタンクトップを引き上げて胸を曝け出す。
乳房がぷるんと揺れた。
集中を乱したヴィンスの足を槍が貫き、彼はバランスを崩して槍から転げ落ちる。
「痛え!っ……おい!おまっ!くそ!〈治癒〉!」
ロドリーゴは自分の額を叩き、帽子を深く被り直す。
あはははとブリジッタの笑い声が夏の空に抜けていった。




