祝勝会
新人戦に優勝し、控室に戻ったヴィンスを黄金の野牛の面々が口々に称賛する。
「やったな、ヴィンス!」
「おめでとう!」
「たいしたもんだぜ!」
ヴィンスが賞金の入った袋をダミアーノに渡すと、彼は袋に頬擦りせんばかりに喜んだ。
エンツォと拳を合わせ、ブリジッタと両手を合わせて鳴らす。
「やってやったぜ。だがまあこれでやっと半分だ」
ヴィンスは言う。新人戦優勝は名誉ではあるが、これで昇格が決まる訳ではない。これからは歴戦のC級決闘士たちと戦わねばならないのだ。
実際、闘技場の運営委員会は観客の期待する試合を組んでいく。よって新人戦優勝者は後半戦で思ったほど勝てなくなりがちでもあった。
「ヴィンスは俺の注意すべきを初めから分かってて忠告しがいがねぇな」
エンツォは笑いながら肩をすくめた。
「ま、それはそれとして今日くらいは美味い飯食おうぜ。賞金で俺の奢りだ、いいだろ組合長」
「もちろんだぜ!良い店紹介してやるよ!」
「やったー!」
「酒だけが美味い店じゃなくて飯の美味いとこにしてくれよ」
「ジェラート!ジェラートあるところがいい!」
季節はすでに夏。王都の中でも闘技場は特に暑い。この後のA級決闘士たちの試合が終わる前にさっさと退散して店を探そうという話になった。
「ジェラートなんて女子供の店に行けるか!」
「ダミアーノ、俺とブリジッタでジェラート買いに行くから先に飯屋行って飲んでなよ」
「……俺の分も買ってこい」
「文句言いながら食うのかよ」
笑いながら闘技場を後にする。
蛸のマリネの冷製パスタにウサギ肉の猟師風蒸し煮。ワインに燻チーズ、オリーブの実。
簡易のコース料理ではあったが、ここまでまともな料理を食べるのも久しぶりだ。ヴィンスは相好を崩す。
ブリジッタは目を丸くしている。順番に出てくる皿が最初分からず、前菜だけ出た時寂しそうな顔をしたのにみなが笑ったが、今は肉を頬張りご満悦だ。
ダミアーノは飯より酒。上等な酒が次から次へと真鍮の酒杯に注がれ、腹へと消えていく。
エンツォも美味い飯と酒に舌鼓を打ちながら思う。ヴィンスの食い方は品が良すぎると。普段の粥を食っている時ですらたまに思うが、フォークとナイフの使い方が教育を受けたものなのは明らかだ。
アルマの弟子だったというが、どうやってアルマと知り合ったのか、ヴィンスやアルマがその前に何をしていたのか。彼はアルマに語るのを禁じられていると秘密にしているが……それなり以上に豊かな家の出身なのは間違いない。
まあそのうち教えてくれる日もあるだろう。その時ふと聞こえた店の扉の開く音にエンツォは顔を上げ、鋭い舌打ちを2回した。
警戒を示す符牒である。ダミアーノとブリジッタがぴくりと動き、他の客には分からぬ程度に周囲を見渡し、ヴィンスもその空気が変わったのに気づき食器を置いた。
店の入り口には貴族然とした男。無限の複合獣の幹部、インノチェンテだ。彼はにたりと笑みを浮かべるとヴィンスたちの机へと近づいてくる。
「やあ、ヴィンス殿。新人戦の優勝、おめでとうございます」
「ふむ……、ありがとう」
ヴィンスがこたえ、ダミアーノは酒杯を机に乱暴に置いて吐き捨てる。
「わざわざこんな店にまでやってきて何の用だってんだ」
インノチェンテはにたりと笑みを浮かべた。
「いえね、次の決闘のお相手なのでご挨拶をと」
「はぁ?……まさかてめえ!」
「うちのバルダッサーレが次戦お相手いたします。よろしくお願いしますね」
それだけを告げて立ち去っていった。
「バルダッサーレ?」
ヴィンスが呟く。
ダミアーノとエンツォが青い顔をし、ブリジッタの手はカタカタと震えている。
「ふむ」
ヴィンスは再び食器を手にして残りを食べ始めた。
結局その後の祝勝会は盛り上がらず、彼らは食事処から組合のテントに戻ってきた。
ブリジッタは気分が悪いと早々に横になってしまい、ヴィンスはダミアーノとエンツォから話を聞く。
C級最強の決闘士は誰か。普通であればこの問いに対する答えは無いはずである。なぜなら最強含め数名は、翌年にはB級に昇格してしまうのだから。
だがある程度、闘技場観戦に詳しい観客ならこの問いにこう答えるだろう。
「C級最強は道化師バルダッサーレである」
本来はC級決闘士にはつけられない2つ名が付けられていることからもその特異性が分かるが、バルダッサーレという決闘士がなぜ最強なのか。
彼の順位戦における勝率は毎季7割弱程度。だがその3割の敗北はほぼ全て不戦敗だからに他ならない。
無限の複合獣所属の決闘士である彼は闘獣士でもある。
闘獣士とは組合の用意した獣や魔獣との戦いを見世物とする闘士であり、そちらとの戦いを優先しているが故、魔獣との戦いの準備や訓練、疲労を抜くために順位戦を休まざるを得ないと言うのが彼の言い分だが、それを信じているものは少ない。
無限の複合獣の組合にとって不利益となる決闘士を潰すため、彼をわざとC級にとどめ置いているというのは公然の秘密というもの。
そう、去年ブリジッタに怪我を負わせたのもバルダッサーレであった。




