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王都の決闘士 【完結】  作者: ただのぎょー


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21/111

決着後

 拳を撃ち下ろせる体勢で構えていたヴィンスは、審判の声を聞いて構えを解く。


「〈血液増加インクリースブラッド〉、〈治癒〉」


 ヴィンスの全身の傷から1度血が余って溢れ、その後に傷が塞がる。


 番狂わせにどよめく客席。彼は一度大きく息を吐くと、右拳を天高く掲げた。

 拍手と歓声が勝者を称える。


 決闘士は剣闘士や奴隷闘士たちとは異なり、希少な実戦レベルの魔法使いであり、魔術が使えるということは知識階級でもある。

 敗者にとどめが刺されたり、その尊厳を奪うような行為は行われない。だがそれでも地に倒れ伏す敗者にかけられる声はないのだ。

 セノフォンテは担架に乗せられて無言で運ばれる。


 ヴィンスは貴賓席に向けて紳士の礼(ボウアンドスクライプ)を取る。そうして彼は昇降機の上に乗って砂地の下、選手たちの控え室へと退出するのだ。




 円形闘技場アンフィシアターは観客席の1階、貴賓席の1つにて。

 壮年の貴族が座り、鋭い視線を砂地アリーナへと投げかけている。歳は40代半ば、だがその体躯は堂々としたものだ。巨躯に鍛錬を欠かさぬ筋肉。

 ユリシーズ・ローズウォール魔導伯である。


 その脇にはよく似た風貌の10歳前後の兄妹。

 外行きのドレス、昼のものなのでそこまで華美ではないが、明らかに上質なものとわかるそれを着た女の子が席から立ち上がりぴょんぴょんと跳ねる。


「すごい!強い!とっても強い!」


 先程まで一方的な魔術での攻勢を受けていたヴィンスを見て、顔を青褪めさせていた少女が、満面の笑みを浮かべて隣に立つ少年に抱きついた。

 彼女と良く似た金髪の少年も興奮した様子で彼女と抱き合う。


「お父様、ヴィンセント兄様に会いたいわ!」


「イヴェット、それはいかん」


「でも、後援者パトロンとして名乗りを上げれば良いのですよね?」


 少年が言う。


「そうだ、ウィルフレッド。だがこの程度で後援者として名乗り出る訳にはいかんな」


 貴族が決闘士の後援者として名乗り出るのはよくあることだ。だが流石にC級初戦となれば目を惹きすぎる。

 彼とローズウォール家との繋がりを知られる訳にはいかないのだから。


「あいつめ、綺麗な礼して行きおって……」


 普通はC級の新人があのような綺麗な礼をする訳がないのである。

 ウィルフレッドと呼ばれた少年は少し考えて言った。


「どうなれば名乗り出て良いですか?」


「彼、ヴィンス決闘士がC級で優勝すれば伯爵家が後援者に名乗り出ても何も不自然では無いだろう」


「でもでもお父様?もしも先に他のお家にヴィ兄様取られちゃったら嫌よ?」


 イヴェットは父の袖を引っ張る。

 ユリシーズは自分を見上げ、じっと見つめてくる彼女の頭を、引かれているのとは逆の手で撫でた。


「2人で手紙を書いてやりなさい。それだけで分かるさ」




 一方、別の貴賓室にて。オッキーニ子爵もまた今の決闘を目にしていた。その表情には驚愕が張り付いている。

 15であそこまで極まった能力の決闘士がいるのかと。


「ヴィンスという男、何者だ?」


 顔立ちや所作は貴族のようだが、流石にあそこまでの者がいたら耳に入らぬ筈もない。異国からの流れ者とかであろうかなどと考える。


「いや、決闘士の過去を探るのは無粋であったか」


 何より、彼の息子の鼻っ柱を折ってくれたとすら考えている。勿論、それを生かすも殺すもセノフォンテ次第だが。

 それにしても、恐るべき技の冴えであった。腕には鳥肌が立っている。


「それにしても付与魔術エンチャントで強化された金属盾を素手で破るだと……」


 彼は立ち上がり、貴賓席を後にした。戻って鍛え直さねばならぬ、自分も、家門の者たちも。




 番狂わせに騒めく観客。怨嗟の声を出して呻くのはセノフォンテに大金を賭けた者たちか。

 そして動揺は記者席でも同じだった。ヴィンスという無名の新人に取材した者は誰もいなかったからだ。……ロドリーゴを除いて。

 ロドリーゴは記者席で1人ほくそ笑んだ。


「こいつは先が楽しみだ……」




 闘技場の砂地アリーナの下、控室へと戻ったヴィンスを黄金の野牛の面々が迎える。


「おめでとう!」


 ブリジッタが両手を前に出したのでヴィンスはそれに手を打ちつけた。

 ぱぁん、と乾いた音が響く。


「決闘、ここから見てたのか」


 ヴィンスの問いにエンツォが出入りしたのとは別の扉を指差す。


「向こうが客席の下に繋がっていて、そこから覗けるようになってるんだよ。

 初戦勝利おめでとう、ヴィンス」


「ああ、二人ともありがとう」


 ダミアーノは、とヴィンスが部屋を見渡すと、椅子の上でがくがくと震えていた。


「どうしたんだあれ」


 ブリジッタもエンツォも笑って答えない。


「どうした、ダミアーノ」


 ヴィンスが向かいの椅子に座ると、ダミアーノは弾かれたように顔を上げた。


「お、おお。ヴィンスか。勝ったのか」


「そりゃあ勝ったさ。組合長ギルドマスターとしてなんかねえのか」


「お、おお。勝った、勝ったんだよ!」


 ダミアーノは手に握りしめていた掛け札を机の上に叩きつけた。


「ああ、なるほど。儲けたか」


「お、お前から預かった大同盟記念金貨、それを崩して勝敗賭け(バウトベッティング)に王国金貨を5枚賭けた。

 な、7倍になりやがった……」


 オッズは7:1.1、互いの実力が分からない新人戦では極めて高い配当となった。


「はは、アルマに返す分を考えてもぼろ儲けだな」


 ヴィンスは手を出す。少し戸惑ってダミアーノはその手を強く握った。


「初戦勝利おめでとう、決闘士ヴィンス」


「ありがとう」




 客席2階、一般席にて。

 鉄板と見られていたセノフォンテの敗北による番狂わせによって舞う掛け札。

 フードを深く被った小柄な人影が立ち上がった。女性である。

 闘技場は男女ともに楽しむ娯楽とはいえ、それでも女1人で観戦する者は珍しい。そしてまだ昼にもならないうちに立ち上がる者も。

 フードから覗く口元は笑みに弧を描いている。


「ふふ、ヴィンスのお陰で儲かってしまいました」


 彼女の懐には金貨1枚分の掛け札。


「これでトゥーリアにお菓子(ドルチェ)でも買って帰りましょうか。そして今日の勝ちについて語って差し上げねば。ふふ、ご兄妹には申し訳ないですけど」


 ユリシーズはウィルフレッドとイヴェットを連れて観戦している。だが、当然この時間で帰るわけにはいかない。

 故にアルマはひっそり一般席に紛れて見ているのである。

 ウィルフレッドたちは帰ったら母に今日の結果を楽しそうに報告するだろう。

 だがトゥーリアの一番喜ぶ顔を渡す気はない。

 彼女は鼻歌を歌いながら、掛け札の換金所へと向かった。

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i521206
― 新着の感想 ―
[良い点] 金貨6枚が賭けに出されてもなお、高配当! 元々のオッズより、かなり配当率下がったと思いますが、それでも大儲け。 …買ったのダミアーノとアルマだけでは? [一言] オッキーニ子爵が自身と家門…
[一言] 新馬戦で高配当当てた時の優越感!
[良い点] めっちゃ愛されてる! なんだかほのぼの! [一言] 『ヴィ兄様』 この呼び方好き!
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