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王都の決闘士 【完結】  作者: ただのぎょー


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19/111

デビュー戦・前

 円形闘技場(アンフィシアター)の地下、控室を出ると石造りの廊下が続く。

 等間隔に明かりはあるものの冷たく、薄暗く、綺麗に掃除されていても消しきれぬ血臭、死の臭い漂う廊下。


 そこを独り歩きつつ、ヴィンスは呟く。


「気の良い者たちだ」


 寂れ、権力者に睨まれた組合だが悪くない。

 大体この5年間、ほとんどアルマとしか話してなかったのだ。大人数の組合に入ったら人酔いしてしまったかもしれない。


 籠手を見る。……良し。


 薄暗い廊下を進み、突き当たりは床が迫り上がる形の昇降機(エレベーター)。その前には槍を持ち武装した兵士と係官が立つ。


「黄金の野牛のヴィンスだな。ここで待て」


 係官の声が石に反響して響く。

 ヴィンスは頷くと、周囲を見渡した。


 壁際には筋骨隆々とした男の像。

 22柱の人類守護神が1柱、“(ストレングス)”の神像が飾られていた。

 そうか、闘技場は“力”の加護のもとにあるのか。とヴィンスは思う。


 ヴィンスはその前で跪き、胸元で力の魔術文字(ルーン)を描き、勝利を祈願する。

 ヴィンスが立ち上がると、待っていたかのように係官が声をかける。


「……決闘士(デュエリスト)ヴィンス、時間だ。この上に乗れ」


 係官は昇降機を指し示し、ヴィンスはその指示に従い、円盤の中央に立つ。


 係官が腕を上げると、床に仕込まれていた魔法円(マジックサークル)が輝き、ゆっくりと音も無く昇降機は浮上していく。

 上を見上げれば井戸の底にでもいるかのように。

 切り取られた青空が段々と大きくなっていく。


 青空が大きくなっていき昇降機が停止した時、ヴィンスは砂地(アリーナ)の上に立っていた。


 アナウンサーの声が闘技場に響く。


「黄金の野牛所属、打撃系格闘士ストライカー強化術士エンハンサー、ヴィンス!」


 ヴィンスが拳を上げて見渡すと、そこは巨大なすり鉢状の円形闘技場の底であり、客席のまばらな観客がおざなりな拍手を送っている。


「対するは無所属、ソードアンドバックラー氷術士アイシクルシューター、セノフォンテ!」


 ヴィンスに対するおざなりな拍手とは異なる大きな歓声。

 ヴィンスは苦笑する。仕方ない、それだけ向こうに賭けてるのが多いだろうから。


 ヴィンスの姿は腰巻をベルトで止めたものと、四肢に手甲と脚甲のみ。手首足首の甲側だけを守る物で、指先はあらわだ。


 一方のセノフォンテは左手には盾、右手には剣という、いわゆる剣闘士グラディエイタースタイルに類似しているが、本質は大きく異なる。

 まず盾が大きい。手で持つ小型盾バックラーではなく、腕で固定する騎士盾カイトシールドだ。湾曲する金属盾の表面にはオッキーニ家の紋章の獅子が描かれている。

 そして剣も極めて上等な品だ。魔力を伝達する杖としての機能もある魔術剣。

 身に纏うのは金属製の胸当てや脚甲。


 決闘士は剣闘士と異なり、装備品が同程度であるという規約がない。魔術道具マジックアイテムの類も使用できると言うことであり、セノフォンテの剣は明らかに魔術道具である。ヴィンスの見立てでは胸当てもそうだ。

 とは言え装備がほぼ完全に無制限となるのはA級からであり、C級、特に新人にはかなりの制限がある。セノフォンテの装備一式は明らかにその上限を超えているが、審判はそれを目こぼししているのか。


「おいおい、間違えて拳闘奴隷でも来たんじゃないだろうな」


 セノフォンテがヴィンスに声をかける。

 貴族らしい整った風貌ではあるが、表情や姿勢に品がないな。ヴィンスは思った。


「いや、決闘士だ」


「そんな貧弱な装備で大丈夫かよ?」


 ヴィンスは拳を顔の前に。


「お前を殴り倒すには十分だ、問題ない」


「てめぇ……」


「静粛に」


 砂地アリーナの中央に立った審判が声を発する。

 彼に装備品が不正であると伝えるべきか?……否。

 アルマの言葉をヴィンスは思い出す。


『闘技場にいれば依怙贔屓や不正、審判の買収、闘技場外での妨害、その他予想外の事態が色々とおこるでしょう。

 ですがヴィンス。全て暴力で押し切り、黙らせなさい』


 彼の唇が弧を描いた。審判が手を挙げる。


「構え!」


 セノフォンテは右足を一歩後ろに引き、盾を持ち上げた。

 左前の半身。全身のほとんどが盾に隠れる構え。盾の上から彼の目だけがこちらを覗いている。

 近衛儀仗兵の集団防御戦術の構え。

 口元も杖も盾の裏に隠して並び、盾の上から眼だけがヴィンスを見つめている。

 手堅い構えではある。


 ヴィンスも右前の半身となって拳を前に。

 5年間磨き続けた、フェンシングを元とした構えだ。


「始め!」


 審判が腕を振り下ろし、その声とともにセノフォンテが後退しつつ術式を発動。


「襲え氷よ!」


 魔術の名前ではない。合言葉(キーワード)を口にすることで、複数魔術を同時に発動できるようにしているのだろう。

 セノフォンテの構える盾の裏で魔力が高まり、剣が青白く発光した。


 周囲の温度が下がり、巨大な氷の塊が彼の横に現出する。それは見るまに変形し、獅子の形状を取った。

 水晶(クリスタル)のように美しくも獰猛な姿。


「行け!」


 牙を剥く獅子の形の氷像がヴィンスに迫る。


 ヴィンスは思う。〈氷作成クリエイトアイス〉と〈念動〉の類の複合魔法か。だが……。


 ヴィンスは左手で〈筋力強化〉の魔法文字を描く。


「シィッ!」


 ヴィンスの筋肉が隆起し、裏拳バックハンドブローのように右手の甲で獅子の牙を打ち払った。

 獅子の牙が折れる。

 右手を返し、掌底で獅子の顎を撃ち抜くと顔面は砕け、その身体はヴィンスの前に倒れる。

 〈生命付与アニメイト〉されたのでないなら、結局はちょっと形に凝っただけの射撃術式だな。


 ヴィンスはその場で手招き、セノフォンテを挑発した。


「てめえ……!」

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i521206
― 新着の感想 ―
[一言] ヴィンスに有り金はたいて、一発逆転を狙うおっちゃんがいるかもしれない。儲けようぜ!
[一言] >その前には槍を持ち武装した兵士と係官が立つ。 この兵士は、一話でヴィンスに話し掛けた人かな? これからギャルゲー並みに兵士を攻略していくぞ( ˘ω˘ ) >ヴィンスはその場で手招き、セノ…
[一言] オーバーキル先生でしたか! エレベーター、ハゲマッチョがぐるぐるしないんですね。
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