セノフォンテ・オッキーニ
セノフォンテ・オッキーニはオッキーニ子爵家の四男である。
同家は武門の名家でもあり、家を継ぐ長兄以外は騎士・兵士として独立させ、特に魔術の素養高いものは近衛魔術兵団に入団させている。
特に先々代の弟に当たる人物がその身を挺して暗殺者から当時の王女の命を救った一件は、美談として広く知られ今でも語り継がれているものだ。
そんなオッキーニ家に産まれたセノフォンテは幼い頃から体格も良く、魔力の素養も高く、神童として評判も高かった。
だがそれが彼に増長を生んだ。
将来、騎士か近衛のどちらを目指すかはまだ決まっていなかったが、まずは8歳の時に子爵の弟でもある騎士の家に従者として奉公に出た。しかし10歳の時にそこで5歳上の従騎士と喧嘩になり、殴り倒して怪我を負わせたため、騎士家を放逐されて家に戻されたのであった。
他の分家に奉公に出されても同様の問題を起こしては戻される。
身長は180cmを既に超え、力は並の騎士に匹敵し、魔術の腕前も近衛の一次登用試験に受かるだけの力があるという。だが結局精神性が追いついていないということでは意味がない。
「父上、俺は決闘士になりたい」
1年前、セノフォンテが14歳の時である。
彼はいつになく神妙な顔で訴えかけた。
父親はもはや、セノフォンテを辺境に兵として送るしかないかと思っていたところであった。
「ふむ、セノフォンテ。お前が決闘士養成所や決闘士組合でやっていけるとは思わんがな」
「無所属でいい。養成所や組合を通さなくても、試験に合格すれば決闘士になれるはずだ」
父親は露骨なため息をついた。
間違ってはいない。セノフォンテの現在の力量で決闘士としての試験そのものは合格できるだろう。ほとんどが同年代である新人決闘士よりは遥かに力あることも間違いあるまい。
……だがそれで決闘士として大成できると思っているのか。
「いいだろう。15になるまでこの家で鍛錬を続けるがいい。だが来年はこの家を出よ。お前の兄たちも15までに家を出ている。分かるな?」
「はい」
「闘技場の側に家を借りてやろう。1年分はこちらで家賃を払ってやる、それと代理人もつけよう。同じく1年分はこちらで賃金を払う」
代理人とは組合に所属しない決闘士のために試合の手続きや賞金の管理などを行う者である。
オッキーニ子爵は息子の監視・報告のために賃金を払うと告げたのだ。
それには気付かずセノフォンテは頷く。
「だがオッキーニ家がお前を援助するのはそれで終わりだ。自立して稼ぐが良い。もしそれでお前が身を持ち崩すような事があれば……北方の辺境に兵として送り込む。良いな」
「はい」
彼は自信満々に頷いた。
そうして1年、子爵家の屋敷にて訓練を積み、決闘士試験に合格したセノフォンテは家を出て闘技場そばの家に住まいを移した。
「貧相な家だ」
そうは言うが庭付きの一軒家である。15の子供が1人で住まうには過分だろう。鍛錬用のスペースが必要であろうと用意された家である。
代理人の男がセノフォンテに告げる。
「セノフォンテ殿、決闘士登録は済ませました。お屋敷より訓練道具はお持ちしましたが、対人の訓練が必要であれば、あるいはその他御用命ありましたらご連絡ください。決闘相手が決まればまたお伝えに参ります」
「ああ、誰が相手だろうとブッ倒してやるよ」
セノフォンテは木剣を手に庭へと向かった。
………………
そうして決闘の当日を迎える。
ヴィンスたち4人は闘技場の裏手から中へと入る。地下通路だ。
C級、それも新人の試合は午前中から。朝早くに闘技場入りしなくてはならない。
早朝の爽やかな陽射しの中、その入口は暗く不穏な雰囲気を漂わせていた。
地下の控室でダミアーノはうろうろと落ち着かなそうに腹を揺らして歩く。
「ヴィンスよぅ、相手はオッキーニ家の暴れん坊。力は騎士並みに、魔力もかなりあるって話だ」
「ダミアーノ、落ち着け」
「……ああ、すまん」
エンツォがたしなめ、ダミアーノは椅子に座る。
ヴィンスは脚に鉄製の脚甲を装着し、次いで籠手の装着へと取り掛かる。
ガシャリ、と音を立てて籠手が床に転がった。
「……やったげる」
ブリジッタが籠手を拾うと、ヴィンスの前に椅子を引き摺ってきて座った。
ヴィンスの右手の籠手をベルトで固定していく。
「……ありがとう」
「いいよ、やっぱ緊張するでしょ。あたしもデビュー戦の時そうだった」
ブリジットは自分の手の下でヴィンスの手が震えているのを感じた。
「こわい?負けそう?相手の方が強いと思う?」
そう言いながら今度は左手の籠手を取る。
「……いや。大丈夫だ。俺の方が強い。違うな。師のことを思えば何の脅威にもならない」
ヴィンスは苦笑を浮かべる。
「アルマさんだっけ。そんなに強いの?」
「化け物だ」「あいつはイカれてる」「1万回、土を舐めさせられた」
口々に声を上げる。
「ふふん、負けたら抱っこして慰めてあげてもいいのよ?」
「その機会はなさそうだな、残念だ」
ヴィンスはにやりと笑って見せた。手の震えも止まっていた。
ダミアーノが肩を叩き、エンツォが突き出した拳と打ち合わせる。
「頑張ってね」「勝ってこいよ」「お前なら勝てる」
「ああ、行ってくる」




