取材
ξ˚⊿˚)ξ <この作品、以前書いた小説『なまこ×どりる』などと世界観が共通しているわけですが、前話になまどりの登場人物がいますよっていう。
週明けの朝早く。ロドリーゴは昨日の開幕戦の熱狂が嘘のように静かな闘技場の裏手を歩く。
剣闘士養成所の汗の臭い。調教師組合の獣臭、唸り声。そして決闘士の組合が立ち並ぶ一角へ。
炊事の煙が上がり出している。あと1時間もすると朝食だろう。
なぜ彼がわざわざこんな時間に出歩いているか。
良き新人は朝食の前から訓練をしていると信じているからである。
「ほう……」
彼はひっそりと感心の声を上げた。
黄金の野牛の古いテントの脇に男女の姿が。女の方は黒髪の短髪、タンクトップにショートパンツのみを身に纏っている。ブリジッタだ。残念ながら前年に負った怪我により今季は出場登録がされていない。今は怪我のリハビリのためか入念なストレッチをしている。
その隣にロドリーゴの見知らぬ男、上半身に何も纏わぬ少年が鉄棒に脚を引っ掛けて腹筋運動をしていた。こちらがヴィンスに違いあるまい。
「ん、ロドリーゴだ」
彼に気づいたブリジッタが声を上げる。
ヴィンスはくるりと猫のような軽やかな動きで鉄棒から降り立った。
良い身体をしている。均整の取れた肉付き、理知的な風貌。色褪せて伸びた金髪を無造作に後頭部で縛っていた。
「はじめまして。決闘士新聞のロドリーゴという。あなたがヴィンス?」
「ああ、そうだ。はじめまして。……なぜ俺みたいな新人のところにわざわざ?」
ロドリーゴが手を差し出したので、ヴィンスはそれを握る。だが彼の表情には困惑と警戒が現れた。
「新聞屋だからな、新人こそ一番気になるものさ。取材いいかい?」
「そんなものか。あまり長くならないならば」
「出身は?」
「北の方だ」
「フローレンティアとか?」
「いや、もっとずっと先。水没都市ヴェネチア遺跡よりも北の田舎だ」
フリウール地方か。嘘はついていないが、細かくは話してくれなそうだ。ロドリーゴは思う。
「北方にも有名な闘技場はあるが、なぜラツィオの大闘技場へ?」
「ラツィオを目指すのに理由など必要なのか?」
決闘士を目指す自信家の子供なら、一番有名で最も稼げる王都に来たがるのは当然だ。無論、それだけ高い水準が要求されるが。
だが自信家であるなら取材に困惑や警戒はしない。ロドリーゴはそこに少し違和感を感じた。
「なるほど、そりゃ間違いないな。年齢は?」
「15」
「ほう、それにしては仕上がった良い身体をしているじゃないか」
これは世辞もあるにせよ本音の発言だった。もちろんまだ若く体格は完成されていない。だが今の魔術偏重気味な決闘士よりも筋肉は豊かであるように感じられる。さらに体脂肪率が低いのだろう。先程の腹筋運動の際も筋肉の動きが良く見えた。
「ありがとう」
「登録には近接格闘士で強化術士とあったが、随分と古風な戦法だな?」
「そうなのか?」
「ああ、今どき見かけないな」
どうやら近年の闘技場の流行りについても詳しくはないらしい。ロドリーゴは思う。田舎で古い決闘ファンからでも話を聞いて、ラツィオに憧れたクチだろうか。
「初戦の相手についてはどう思う?」
「決まってるのか?」
「知らないのか!?」
困惑の雰囲気が漂う。横でストレッチを続けながら話を聞いていたブリジットが大きな声を上げた。
「組合長!ちょっと来てー!」
少しして、テントの中から欠伸をしつつダミアーノが現れる。
「何だよブリジット……ん、ロドリーゴか」
「ああ、ダミアーノ。邪魔させて貰っている」
「ね、ねね。ロドリーゴさんがヴィンスの対戦相手決まってるって」
ダミアーノの表情から眠気が飛んだ。
「ああ?話来てねえぞ!」
「昨日、記者向けに発行されたパンフレットに名前載ってるぜ」
ロドリーゴの返答に大きな舌打ちで返す。
「クソが。昨日、職員のやつまだ決まってないとかウソ抜かしやがった」
ヴィンスが登録した時の受付だったジュディッタは公正、というか黄金の野牛に同情的ではある。
だが無限の複合獣の息のかかった職員も多いのだ。
「そんなに状況悪いのか、お前さんのところと無限の複合獣」
ダミアーノはちらりとブリジッタの方を見た。心配そうに見上げる表情。
ダミアーノはぐしゃぐしゃと彼女の黒髪を乱すように頭を撫でる。
「ふん、大した問題じゃねえよ。後で文句言ってくるが、ついでにヴィンスの教えてくれ。誰だ」
「セノフォンテだ」
「オッキーニのとこのかよ!新人戦優勝候補じゃねえか!」
ヴィンスがぼそりと呟いた。
「ふむ、オッキーニ子爵家の令息が決闘士になったのか」
「まて、なぜ知っている?」
ロドリーゴが尋ねる。
「ん、ああ。あー、オッキーニの分家の方が俺の家のあたりで騎士をしておられるからな。聞いたことがあったんだ」
ヴィンスは実のところ幼い頃セノフォンテとも王都で面識があったのだが、当然それを言う訳にはいかなかった。
「なるほど。オッキーニと言えば武門の名家だがどう思います?」
ロドリーゴは少し不審に思いつつも話を進める。
「騎士を多く輩出し、家系的には氷雪系の魔術師が多いはず。彼もそうか?」
「ええ」
ヴィンスは顎に手を当てて考える。
「氷術士?極冷術士ではなく?」
ダミアーノは呆れたように言う。
「当たり前だ、15歳で極冷術士に至れるなら決闘士ではなく大魔術師になるだろうよ」
「なら、俺が勝つ」
ヴィンスは断言した。




