決闘士登録
「……しょうがねえ。テメエをうちの所属とする」
「やった、後輩!」
ダミアーノは苦々しい表情で言い、ブリジッタが両手を上げた。
「よろしく、組合長。ブリジッタ先輩、エンツォ教練士」
「ああ。歓迎するぞ、ヴィンス」
エンツォの手が差し出され、ヴィンスはそれを握る。
「あ、あたしも!よろしくヴィンス!」
エンツォの手もブリジッタの手も、幾重にも豆が出来ては潰れた硬く力強いものであった。
「組合長も」
「ダミアーノでいい」
ヴィンスは手を差し伸べたがダミアーノはそれを取らなかった。ヴィンスは差し出した手を懐に入れる。
「そうか、ダミアーノ。じゃあさっそくだが頼みがある」
「なんだ」
「俺の勝ちに賭け続けてくれ」
ヴィンスは机の上に1枚の硬貨を置いた。ランプの灯りを反射してぎらりと輝くそこには龍と手を結ぶ人の絵。
エンツォが口笛を吹き、ダミアーノが固まった。
「大同盟記念金貨だと……」
闘技場の決闘士が財産を自分の試合に賭けるのはもちろん規約には違反している。だが組合長を通じて自分の勝ちに賭ける場合のみは目溢しされている。
だがそこに王国で一般に流通する、王の横顔が描かれた金貨の10倍以上の価値のある大同盟記念金貨を持ち出す新人などいない。
「盗んだんじゃあるまいな」
「アルマが貸し付けてきたんだ。1年で倍にして返せってね」
「これをてめえの勝ちに賭けててめえが勝ち続けたら賭けが崩れて成立しなくなるぞ」
「いくらずつ賭けるかはプロのあんたに任せるよ、ダミアーノ。
それとそこから飯代にさせろとアルマが言っていた」
ダミアーノはため息をつき、エンツォが笑う。
「養成所飯を食ったことは?」
「ない。いや、昔アルマが一度食わせてくれたか。味の薄い粥と肉。腹にはたまるかもしれんが塩気が足りない」
「俺たちの分も一緒に作っていいか?」
「エンツォ、あんたが作るのか?」
エンツォは頷いた。
「今はこの4人しかいないしな。まあ、あと1人いるんだが、そいつは従軍してる。
ともあれ、飯炊き女を雇う金も無いから料理は俺がやってるよ」
「いいぞ、よろしく頼む、美味いのをね」
にやりと笑う。
「じゃあとっとと行くか……ヴィンス、ついてこい」
ダミアーノが立ち上がり、酒のせいか蹈鞴を踏んだ。
「ああ」
テントの入り口を抜けて外へ。
夕暮れが闘技場の壁を紅く染める中、向かうは闘技場の裏手、関係者用の入口。
ダミアーノは入口付近の用心棒や屯してる男たちに適当に挨拶しながら受付へと向かい、ヴィンスもそれに続いた。栗色の髪の女性の前に立つ。
「黄金の野牛のダミアーノだ。選手登録を」
「かしこまりました。そちらの方が?」
「ああ、ヴィンスと言います」
ヴィンスが答えると受付嬢は微笑んだ。
「ジュディッタと申します。よろしくお願いします、ヴィンスさん」
「それと出場登録だが、今シーズンのうちからの登録はこのヴィンス1人だ」
「まあ……、かしこまりました」
受付嬢は驚きと非難を声色にのせる。
組合から新人選手1名だけを出場させるというのは、常識のない振る舞いと言えるからだ。
「ダミアーノ組合長、ヴィンスさんに黄金の野牛の状況をこちらから説明させていただいてよろしいですか?」
「好きにしろ」
ダミアーノはそう言うと受付を離れた。
受付嬢がぐいっとカウンターに身を乗り出す。胸元を強調するような体勢になっているので、ヴィンスは目を少し逸らした。
「ヴィンスさん。ラツィオの闘技場には有力な組合がいくつかあります。それは基本的には優秀な決闘士や数多くの決闘士・剣闘士を抱えているという意味になりますが、1つそれらとは別格の組織があるんです」
「権力があるということですか」
「権力、そうですね。闘技場は王家の所有、その運営は王家より委託を受けた委員会によって行われていますが、そこにも議席を有する組合です」
「なるほど」
ヴィンスは彼女の顔を見る。眉尻が僅かに下がっている。あまり本意な状況ではないのかとヴィンスは判断した。
「調教師組合、無限の複合獣です。無数の獣や魔獣を闘技場に持ち込み、闘技場のあらゆる催しに顔が効く組合です」
例えば決闘士や剣闘士が魔獣や獣と戦うこともある。死刑囚を生きたまま獣に喰わせる見せ物もある。それ以外にもパレードでは象や獅子に特注の馬車を引かせることもある。
これを提供している組合とは。さぞ大きな影響力を持っていることだろうとヴィンスも感じた。
ジュディッタは続ける。
「そして、黄金の野牛は無限の複合獣に……睨まれております」
「なぜです」
「それは、組合長にお聞きください。プライバシーに関わることですので。ただ、有力な組合に睨まれていて危険があると思っていただければ」
ヴィンスはしばし黙考した。
「ジュディッタさん。貴女たちが公平な意見を言ってくれると期待して尋ねます」
「はい」
「黄金の野牛またはその構成員がその調教師組合に睨まれている件に関して、王国法や闘技場の規則を犯しましたか?」
「いいえ」
「彼らは品の無い振る舞いをしましたか?」
「いいえ」
「なら俺はここで登録します。書類を」
ジュディッタは笑みを浮かべて頭を下げた。
「はい!お待ち下さい!」




