紹介状
ヴィンスは感心した。
エンツォは立ち上がった熊のように両手を広げた構え。右手には片手剣を模した木剣、左手はこちらを掴むのも剣を両手で握るのも自在だろう。
引退しているとは言え、その威圧感に衰えは感じさせない。
こんなぼろぼろな組合だが、しっかりした教練士だと。
「おい、エンツォ……」
単に跳ね返りの小僧を叩き出すという雰囲気ではない集中、緊張。
構えて微動だにしない2人にダミアーノが声をかけるが返事はない。
沈黙に耐えかねて身じろぎした彼の尻の下。
安物の椅子がギシリと歪んだ音を立てた。
「シイッ!」
それを合図のように先手を取って動いたのはエンツォ。
呼気と共に木剣が右から左へと横薙ぎに振るわれる。狙いはヴィンスの右肩。
木剣とは言え、当たれば骨を砕く威力の一撃。
ヴィンスは軽く跳躍するように後退、剣の軌道から身を躱す。
速い。ダミアーノの目にはヴィンスの身体を剣が通り抜けたように見えた。
だが避けられたことに動揺は見せずエンツォは前進、強靭な手首の返しだけで剣を左から右へと斬り返す。
エンツォが決闘士だった時の得意技。
「はっ!」
ヴィンスが踏み込む。ダン!と地を叩く音。左脚で踏み込んで身を低く。剣の下を潜る低い姿勢での飛び込み。
右の踵が接地するとそこを次の起点にさらに伸び上がるように身体が前に。
前に突き出された右掌はエンツォの腹に当てられ……。
エンツォが吹き飛んだ。
竜の尾にでも薙ぎ払われたのではと思わせるかのごとく、巨漢が宙を真横に飛ぶ。
吹き飛んだ男は天幕の部屋の壁となっている幕を超えて姿を消し、若い女の悲鳴が上がる。
「きゃー!エンツォじゃないですか!壁を壊して突っ込んでくるなんて、積極的な覗きですね!」
「んなわけねーだろ、痛ってえ……」
唖然とするダミアーノの前でヴィンスはゆっくりと構えを解いて言った。
「さて、組合長。雇っていただけますか?」
「バカな、エンツォを一撃でだと……?」
仕切りの向こうから元気な女性とエンツォの声が聞こえる。
ひょいと天幕の仕切りの向こうから顔が覗いた。濃紺の瞳がヴィンスを見つめる。
「お客さん?」
「決闘士になりに来たヴィンスと言います。先輩ですか?」
彼女はふふん、と頬に笑窪を浮かべた。
「あたしはブリジッタ。よろしくね、ヴィンス」
黒髪を短く切り揃えた女がひょこひょこと近づいてくる。よく見ると前髪が一条だけ金髪になっているらしい。安物の灯りに照らされてきらりと光る。
生成りのタンクトップにショートパンツ姿で、腕や脚、臍を晒した姿だ。
「やー、着替え中にエンツォが吹っ飛んできて驚いたよー」
「それは……申し訳ない」
ヴィンスが頭を下げる。
その後ろからエンツォも腹をさすりながら戻ってきた。
「たいしたもんだ」
「後ろに跳ばれたからほとんどダメージはないでしょう」
「そうなんだが、それでもあんなに吹っ飛ばされるとは思わなかった」
エンツォが笑みを浮かべ、ブリジッタは感心したように言う。
「へえ!こんな位置からエンツォを吹っ飛ばしたんだ。すごいね!」
ダミアーノは不機嫌そうに唸った。
「ヴィンスと言ったな。何でその腕前でこんなクソ寂れた組合を選んだ。何を企んでいやがる」
「別に何も。紹介状があるからとりあえずここに来ただけだ」
ヴィンスは軽く肩を竦めると、懐から封書を取り出した。
「何で先に出さねえ!」
「あんたが出す前に追い返そうとしたんだろうが」
ダミアーノは舌打ちすると手を伸ばした。机越しに封書を受け取り、それをひっくり返すと目が驚愕に見開かれる。
エンツォが問う。
「どうした」
「こ……この印璽は……」
ダミアーノの手が震える。封蝋に刻印された印璽を見て衝撃を受けているようだ。
赤い蝋に刻印されたのは、5本の剣が五角形を描くように配置され、その上で交差する双剣。
7本の剣が配置された意匠だ。
「てめえ!北斗七星アルマとどういう関係だ!」
「誰それ?」「アルマだと!?」「セプテントリオン?」
疑問の声が重なり、ヴィンスに視線が集まった。彼は言う。
「セプテントリオンが何だかは知らんが、この手紙を書いたのはアルマというエルフで、自分の師だ」
「アルマの弟子だと!」
「とりあえず怒鳴る前に読んでみてくれよ」
ダミアーノはチーズを切るナイフを封書の隙間に差し込んで切り開く。
中には闘技場に提出するための推薦の書類と、ダミアーノ向けの手紙が封入されていた。
『黄金の野牛組合長ダミアーノ殿へ
この手紙を持つ少年、ヴィンスは我が弟子であり、養成所の卒業生を充分に超える実力を有することを、剣舞士・念動士・アルマ・北斗七星の名において保証するものである。
組合に加入させ、見習いではなく決闘士として扱い、今年のC級リーグで闘技場にデビューさせられたし。
P.S.
ぶっちゃけB級くらいの力はすでにあるから、2年でA級まで昇格させろ。できなきゃお前を殺しに行く』
「ふざけるな!」
「結局怒鳴るのか」
彼が投げ捨てた手紙をエンツォが拾い、眼を通して笑った。
「アルマも元気なようだな」
ブリジッタが手を伸ばし、読んで笑う。
「アルマって人も決闘士だったの?」
「ああ、黄金の野牛の決闘士だった……知らんで来たのか」
へえ、という顔をして聞いているヴィンスに呆れた声がかけられた。ヴィンスは頷く。
「師は自分の過去について全く語らなかったので。逆に今何をやってるか話すなとも言われてますが」




