クライマックス8
強化魔術を多重に重ねたヴィンスの身体は常人には視認すら困難な神速。だがそれでも初手はアルマであった。
当然である。ヴィンスの拳の間合いは彼の身体から1m程度、アルマの剣の間合いは闘技場全体を覆うのだから。
飛翔する5剣のうち3振りがヴィンスの左右と頭上から迫り、残り2振りはヴィンスが回り込むのを防ぐように展開。
ヴィンスは理解している。これが彼女の最強の布陣であると。どちらから攻撃しようと、彼女の手にある双剣と飛翔する1振り以上と対峙しなくてはならず、数的優位を築かれるのだ。
後方に逃げる意味はない。この布陣が続くだけであり、闘技場という空間では壁際に追い詰められるのみ。留まるのが最も悪手で7剣全てを同時に相手取らなくてはならなくなる。
故に前へ。
今アルマの左手にはこの戦いで初めて見る木剣が握られている。
彼女の話にもあった、祝福されしエルフの樹剣・ミストリミエッカ。強い魔力を感じさせるがあくまでも木剣であり、その攻撃が斬れるとも思わないが……。
アルマの左手側に回り込むように前へ。
「ふふ」
アルマは笑う。
修行していた頃からヴィンスはこの状況を作ると必ず前に出てきたものだ。
そして彼は正面か右斜め前、こちらから見て左手側に出てくるのだ。右前の構えなので左斜め前には回り込みづらいから。
無論、ヴィンスも読まれている事は分かっている。5年間共にいたとはそういうことだ。
上から飛翔する聖剣を躱しつつ右手の籠手で炎帝を弾き飛ばす。竜剣がヴィンスの脚を狙うのは回避を諦めている。動脈だけは避ける程度に肉を斬らせつつ〈自動再生〉に任せ、飛翔する5剣を置き去りにアルマの左正面へ迫る。
魔剣を恐れず前のめりに攻める……。アルマは思う。
ヴィンスの戦術はいくらダメージを受けてもそれを治し、アルマに僅かでも傷を負わせる。そういう戦い方だ。
だが既に彼女の手にした双剣はヴィンスの身体を捉えんとしており、迫る左の樹剣は右の掌で弾かれるが右の宝剣はヴィンスの二の腕に吸い込まれるような切れ味で食い込み、花弁状に広がる傷が腕を斬り落とした。
「〈血液増加〉」
ヴィンスは眉ひとつ動かさずそう術式を起動させる。
右腕は斬り落とされるところまで想定済み。
斬られた右脚と右腕から鮮血が噴き出し、彼の左手が〈念動〉の魔法文字を描くと斬られた筈の右手が飛翔しアルマへと迫る。
彼女は驚愕を顔に浮かべつつもそれを回避するが、ヴィンスの真の狙いはアルマの背後からヴィンスを突き刺さんとする魔剣である。
彼の腕はわざとそれに刺されるように動き、切先を掴んだ。
魂無き腕であれば、それを啜ることはできまい。
その間にヴィンスは右前の半身から左前の半身へと構えを変え、アルマの振る双剣を避け、籠手で弾きつつ剣の間を抜けるように肉薄、足の動きは馬歩冲捶の動きが再現されていることをアルマは見てとった。
高速の機動に武術の理が入り、より対処を困難にする。
アルマの剣の間合いは極限まで長いが、近すぎれば武器の間合いではなくなる。ヴィンスがこの内に入るために足に傷を負い、腕を一本犠牲にしているがそれでも勝機である。
「〈突き〉!」
ヴィンスの伸ばされた左手がアルマに触れんとする。アルマの唇が動く。
「〈射出〉」
は?
アルマは7剣の全てを出している。何を射出するというのか?
困惑するヴィンスの指に硬く巨大な質量が衝突した。
目の前に展開される巨大な白い壁。それは円盾であった。
ぶつかる巨大な質量にヴィンスの身体は吹き飛ばされ、だが魔術で強化された指は盾を貫く。
「なんだ……?」
「武器を展示したときに剣を置いていた盾よ」
ヴィンスは左腕を振ると盾を真っ二つに割った。
〈念動〉で右腕を引き戻すと肩に接合させる。
「……そうか」
なるほど、あの場にある武装は剣のみならず下にあった盾もそうであるということか。
「あれがわたしの最後の護り。ヴィンス、あなたはわたしを追い詰めるまでに至っている。誇っていい」
「次は傷をつける」
「期待しているわ」
アルマが7剣を手元に戻す。
両手で聖剣・パクス・スティバーレを構え、6剣を宙に浮かせる。
ヴィンスは右手が接合しているか確認しつつゆっくりと右手を構えた。
そうして死闘が再開される。
戦いは長く続く。日は沈み、〈光〉の術式と灯火に照らされた砂地の中、ヴィンスが気づいたことがあった。
なぜアルマが戦い続けられるのかだ。
「その樹剣のせいか……」
ヴィンスが呟いた。
「ふふ」
アルマは魔剣を振るときに力を吸われていた。また聖剣の放つあまりにも強力な斬撃は、剣としての力もあれど、アルマの魔力を消費していないはずが無い。対の魔導剣もそうだ。
魔剣を何本も使うとは、魔力の消費が大きくなくてはおかしい、ヴィンスより遥かに魔力量が少ないアルマが長期戦が保つはずがないのだ。
「大して攻撃力がない木剣などなんで使っているのかと思えば、周囲から魔力を吸い上げているのか」
「そう。伝えたでしょう。ミストリミエッカは宿木の剣。世界樹の魔力を吸い上げる木よ」
剣はヴィンスから、あるいは周囲に張られた結界の魔力、それを超えて観客からも魔力を吸っている。
そしてそれをアルマに還元していた。
「魔力切れ勝ちも狙えないとなると厳しいな」
「いえ、そろそろ終わりにしましょう」




