クライマックス6
魔剣・魂啜りで斬った者は正気を失う。
それは剣に封印した魔族が対象の魂を啜るがため。
啜った魂は魔族の力を取り戻す糧となる。
40年前の戦場にて、無数の剣戟と魔術を受けて力を失った魔族の伯爵が、その場にいた高位の魔術師たちとアルマの血により封印された。その力を魔族の力が上回れば、封印は解ける。
それは剣にとって唯一の復活の機会であった。
だが同時に、それは剣の中の魔族を滅ぼす唯一の手段でもあった。
小動物や弱き者の魂であれば、それは剣身に触れたその一瞬で奪われる。
それが強者であればどうか。
魂を啜るには時間がかかる。相手の身体に魔族の魂の一部を乗り移らせなくてはならない。
この相手を殺すことで、魔族の力を削ぐことができる。そうして永き時の中で魔族を消滅させるのだ。
「〈自動再生〉」
ヴィンスの唇がそう動いた。彼の得意術式だ。
斬られてなお意識があるか?アルマは彼を観察する。爆風と斬撃で傷ついたヴィンスの炎の身体が治っていく。
魂啜りに斬られて正気を保った者はいない。意志が弱いもの、小動物などであれば即死。肉体が脆弱で意志が強き者なら逃走を選ぶ。逃げて力を蓄えんとするのだ。
拳を構えたヴィンスの視線が左右に動いた。逃走経路を探すか。だがその視線はアルマを見据える。そう、斬られたものが強き肉体と闘争心を持つなら。アルマを殺さんと襲いかかる。
ヴィンスの榛の瞳から闘志ではなく殺意、愛ではなく憎しみを感じる。
「りりりりりりりり」
ヴィンスの口から意味のない音が流れる。獣が突進する前の準備が如くに、足で地を掻いた。
「ダメでしたか、ヴィンス。あなたの戦いはここで終わりでしょうか?」
アルマは魔剣・魂啜りを、魔導剣・氷后を虚空へと収納し、黄金の柄、金剛石のように輝く魔石が剣身に埋め込まれた白い剣を取り出した。
観客が騒めく。
それこそ聖剣・パクス・スティバーレ。
初めて見るものでも、魔力の感知に疎いものでも理解する。その隔絶した力を。
彼女が無造作にそれを振るうと魔力の煌めきが蒼白い流星のように宙に軌跡を描いた。
火を怖れる獣のように。ヴィンスがその威に気圧されて後退る。
「これで終わりというのなら。せめて最上の一撃で殺して差し上げましょう」
片手剣というには長く、両手剣というには短い剣。
偉丈夫であった建国王リベリアはこの剣を片手で振っていたというが、女性であるアルマにとっては片手で振るには長いもの。
無論、〈念動〉をもってすれば片手で振ることも、宙を舞わせて斬ることも出来よう。だが彼女は敢えてその聖剣一本を両手で持って見せつけるようにゆっくりと上段に構えた。
その構えが何であるか、その構えの意味が分かった者は観客の中にどれだけいるだろうか。
それは正統派剣術における、上段斬り狙いの山高の構えとは似て非なるもの。
処刑人の断頭の構えだ。
それは首を落とす。ただその意図のみを表現するもの。
決して実戦に向いた構えではない。本来、首を垂れて動かない者を斬るための技なのだから。
だが、ヴィンスが正気を失っていれば愚直に突っ込んでくるしかないのだ。アルマが封印した魔族の伯爵は獣の姿をしていた故に。
剣術において動くものの首を斬るのは困難とされる。とは言えアルマの腕を以ってすれば、正面から突っ込んでくる獣の動きに合わせて一太刀で首を落とすのは不可能ではない。
その剣が至高のものであるというならさらに。
「りり、りりりぃ!」
奇妙な叫びと共にヴィンスが突進する。
アルマという女はヴィンスを愛している。
それは主人の子としてか、家族か、師弟か、男女の情か、あるいはその全てか。
だが、師弟であった時はまだそこまでの感情を、愛を抱いていなかった。
彼女の冷静な部分はそう分析する。
ヴィンスが弟子であったとき。アルマが全力を以って対峙すれば決してヴィンスは勝てないと分かっていたから。
だがあの悪食竜をヴィンスが討伐するのを見た時から、彼女の感情が暴走を始めたのだ。
あるいは彼がジャルイに負けて、その後に彼の構えに八極拳の理が入るようになってから、暴走は加速したのだ。
彼がわたしに届きうる存在だと思ってしまったから。
だが彼女の愛は元より致命的なまでに歪んでしまっている。
それは80年に渡るその生の多くを暗殺者としての修行と、魔族との戦争に明け暮れたがため。彼女にとって、共に修行し育った者も、背中を預けた者も、情を交わした者も、全ては冷たき骸となるものであったためだ。
故に彼女は愛するヴィンスを鍛え続け、試し続けるのだ。
相手が壊れるまで。
鍛冶屋が最上の素材を極限まで鍛え上げ、その鍛え上げた剣に金槌を振り下ろすが如く。
そしてこう言うのだ。
ただ、『抗いなさい』と。
剣に、魔術に、戦いに、運命に、死に、そしてわたしに。抗いなさいと。
正気と狂気、闘志と慕情、愛と殺意、あるいは期待と絶望。
その全てを込めて、蒼白い流星が頭上から足下へと落ちる断頭の一撃として放たれた。




