クライマックス3
観客から自然と拍手が起こる。
ヴィンスはアルマの弟子であると確信させる動きだった。
戦法も得物も全く異なる。だがアルマの動き、初見では目も追いつかない動きを分かっているかのように捌いていったのだ。
アルマが〈念動〉で残骸を昇降機へと動かしていく。
彼女が手を振るとそれだけで闘技場の砂が水平に慣らされた。
ヴィンスとアルマは開始線に戻り審判に頷く。
再び観客は静まり、身を乗り出すようにして真剣に二人を見つめる。
モップでの今の動きは彼らにとって準備運動にも満たない。
アルマは悠然とそこに立ち、ヴィンスもまた汗ひとつ流していないのだ。
そしてアルマの武装については恐るべきものであったと。国宝たる聖剣・パクス・スティバーレすら有していると新聞で読んでいるのだ。
ヴィンスが右手前の構えを取る。
「始め!」
審判の声が響く。
その刹那、アルマの手から翠がかった銀が2度閃いた。
最終戦の日に見せた2剣だ。宝剣エペ・ド・リス、竜剣ヴィンセント。
「〈超加速〉!」
ヴィンスはそう叫びながら左手で魔法文字を描きつつ、右の籠手で2剣を弾かんとする。
宝剣が籠手に触れた時、その一瞬で3度衝撃を感じた。右手が大きく弾かれ、宝剣も大きく跳ねる。砂地に突き刺さった宝剣が、菖蒲の花を描くがごとく、六放射状に砂地を削った。
一の斬撃で3度斬るだと……!
だがヴィンスに思考の時間は与えられない。右腕が弾かれた状態で彼の名がつけられた竜剣が迫る。
左手での魔法文字は諦める。腕が弾かれた勢いを利用してアルマに背を向けるようにその場で反転。左手を前に構えをスイッチ。
裏拳のように左手の籠手を竜剣へと叩きつけて受ける。
轟音が響いた。
それは竜の咆哮か、あるいは竜の角の剣を同じ竜の鱗に叩きつけた共鳴か。
前列の観客などは思わず耳を押さえるほどの轟音である。それを間近で叩きつけられたヴィンスの身体が一瞬ふらりと傾いた。
ヴィンスは直ぐに意識を取り戻して前を見る。アルマが眼前に迫っていた。
彼女の右手には対の魔導剣の炎帝が、左手には氷后が握られている。
剣身から紅と蒼に輝く魔力の光をたなびかせて迫るその姿に、かつて彼女がA級決闘士だった頃と変わらぬ姿を思い起こす観客もいた。
左前の不慣れなはずの構え。
だがアルマは慢心などしない。
ヴィンスの構えの本質が変わっていることに気づいているからだ。
というか、かつての彼であれば裏拳など使わなかった。竜剣の一撃をその身で受けて治癒することを選んだはず。
彼の動きのベースはフェンシングだ。それはもちろん今でも変わらない。
だが、そこに功夫の理が含まれるようになったのだ。
この2年の修行の中で、実戦の中で、ヴィンスが至った領域をアルマは見たくて仕方ないのだ。
故に全力で行く。
魔導剣の熱は、氷は。全力で魔力を放出すれば持ち手であるアルマの身をも焦がし、凍てつかせる。
だがそれでもだ。
時間を与えれば強化術士であるヴィンスはもっと強くなるのは分かっている。
その方がアルマにとっても楽しい戦いになるだろう。
だがそれでも。
わざわざ与えられたチャンスでは面白くない。これをヴィンスが耐えてこそ真に楽しめるのだ。
ヴィンスは左手で宙に浮く竜剣・ヴィンセントの剣身の根本を掴んだ。手の内で暴れる剣。剣から怒りのような悲鳴のような感情が伝わる。それはヴィンスの掌を傷つけ、血が舞うが、それを力で押さえつける。
ヴィンスはそれをアルマの右手で燃える剣へと叩きつけた。単純な膂力で言えばヴィンスの方が上。
アルマは右手の剣が弾かれる力に逆らわず、左手の剣で突く。
ヴィンスは後退しつつ突きを回避して間合いを取らんとする。
切先はヴィンスの身体に届かなかった。だが放出される冷気がヴィンスの表皮を凍えさせていく。
「〈発火〉」
ヴィンスは自らの身体に火を灯すように冷気を掻き消す。
「ふむ」
アルマが剣を手放してその場でくるりと回る。武術ではなく円舞曲のターンのような軽やかな動き。
剣舞士とは闘技場が双剣使いにつける戦法の名称だが、正にダンサーが如きであった。
無意味な動きではない。自らの持つ剣に手を焦がされ、凍てつかないようにするためでもある。そして相手がどちらの手に何を持っているかを惑わす動きでもあった。
右手の炎帝を左手に、左手の氷后は右手に。
〈発火〉の術式をかけたヴィンスの身体に炎帝が迫る。
「〈耐火〉、〈耐氷〉」
その身を回しながら途切れぬ連続攻撃、炎、氷、炎、氷。
紅と蒼の軌跡がくるくると描かれる。
手をスイッチ、氷、炎、氷、炎。
もはや観客にはアルマがどちらの手にどちらの剣を持っているのかわからない。それでもヴィンスは熱や冷気に対応する術式と籠手、握った竜剣でそれを捌く。
炎、氷、炎、氷、手をスイッチ。
アルマはここで順手でなく逆手に剣を握った。
ヴィンスの防御のタイミングが強制的に半拍ずらされる。
炎帝の切先がヴィンスの身体に僅かな傷をつける。
ヴィンスの身体が炎に包まれた。




