P-074 イリスさんとの再会
夜半過ぎにシグちゃんに起こされた。同じようにレイナスもファーちゃんに起こされてるぞ。眠い目を擦りながらシグちゃんの入れてくれた熱いお茶を飲んで眠気を覚ます。
「ありがとう。後は俺達に任せてくれ。何かあれば起こすからね」
「それじゃあ、お休みなさい……」
シグちゃん達がさっきまで俺達が寝ていた、焚き火と灌木の茂みの間に毛布にくるまって横になる。
密になった茂みだから後ろは心配なさそうだ。槍を横に置いて、パイプを取り出す。レイナスは槍を近くに置いているが、腰にはヌンチャクを挟んでいる。
「やはり、気配が無いな。あれだけばら撒いたのにおかしな話だ」
「レイナスが頼りだから、ちゃんと見張ってくれよ」
俺の言葉に苦笑いしながら頷くと、パイプを取り出して、焚き火で火を点ける。夜はまだまだ長い。
小腹が空いたので、ラビーの串焼きを作りながらレイナスと世間話をしながらのんびりと時を過ごす。時折、レイナスの耳がぴくっと動くところをみると、こうしてのんびりしていてもしっかりと周囲を見張っているようだ。
焼けたラビーの肉を齧っていると、レイナスが当然暗闇のかなたに目を移す。
「来たのか?」
「はっきりしないが、準備はしておいてくれ。ファー達はもう少し休ませてやろう」
急いで肉を串から齧り取ると、残った串を焚き火に放り込む。
俺にはレイナスが見ているものはまだ見えないが、闇に慣れれば俺の目でも200mは見えるから、まだそこまで近づいていないという事だろう。
確認はレイナスに任せて、パイプにタバコを詰める。俺の出番はまだまだ先だな。
そんな俺を見て、レイナスもパイプを取り出した。
「はっきりしないな。だが、野犬とは違うようだ。向こうもこっちを伺ってるぞ」
「獣じゃないって事か? だとしたら……、盗賊になるぞ!」
「別のハンターって事もあるぞ。焚き火を見て俺達を確認したようだ。2人って事を確かめてるのかも知れないな」
だとしたら、シグちゃん達を起こすのはもうちょっと待ってからだな。向こうがこっちを2人と思ってくれた方が何かと都合が良い。
レイナスが担いできたカゴがシグちゃん達を隠しているようだな。毛布は狩りに浸かっている古いやつだから、それもカモフラージュ効果があるのかもしれない。今後の為に、そんな色に塗った布を用意しておいた方が便利かも知れないな。
「動いたぞ。2手に分かれたるな。2人程北の方に回り込もうとしている」
「シグちゃん達を起こすぞ。あまり動かずにいれば向こうは俺達2人だと勘違いしてくれるだろう」
大きく背伸びをするように立ち上がると、カゴの方に歩いて焚き火に背を向ける。小さく毛布を揺すってシグちゃんを起こすと状況を告げた。そのまま振り返るようにして焚き火に向かえば俺の影でシグちゃん達の動きは分からなくなるはずだ。
「ファーちゃんが北西に2人いると言ってます」
俺の後ろからシグちゃんが小声で教えてくれた。
「そっちは2人に任せるよ。俺とレイナスで正面からくる連中を何とかする」
後ろを振り返らずに伝えると、レイナスも頷いている。
ここは気付かれないようにしないとな。レイナスがそっと槍を動かして俺の手の届く場所に移動してくれた。
ようやく俺にも背を低くして足早に近づいてくる3人が見えてきた。レイナスはまだパイプを咥えている。俺達が気付いていないと見せかけているようだ。
そんな俺達を不審がらずに近付いてくるって事は、俺達の状況がまだ分かっていないようだ。ネコ族はいないって事なんだろう。ネコ族やトラ族は正直者が多いから盗賊になるって選択はそもそも持たないのかも知れないな。
「やはり人間族だな」
「ああ、そうだな。あと少しだ。いけるか?」
俺が頷くと、後ろからシグちゃんが、【アクセル】を俺達に掛けてくれる。これで普段の2割増しに動けるぞ!
レイナスがやおら立ち上がると、パイプをベルトにねじ込み槍を両手に持った。遅れて俺も立ち上がると槍を手に持つ。
いかにも取ってつけたような仕草だが、相手には俺達が慌てているように見えたのかも知れない。
ウオオォォ……!! と蛮声を上げながら長剣を引き抜いて襲ってきた。
20mにも満たない距離で、彼らに向かって槍を投げつけると、剣を引き抜いて駈け出した。
一人が槍を腹に受けてその場で転倒し、もう一人は足に受けた槍を引き抜いて襲ってくる。手負いの盗賊をレイナスに任せて、無傷の盗賊と剣を交える。
ガツン! と2つの剣がぶつかって大きな音を立てたてる。
互いに後ろに引き下がって再度剣を交える。俺の鉈のような剣は折れることはないが、何度も剣を交えると刃こぼれが起きてしまいそうだ。
何度目かに切り結んだ時に、右手で相手の剣を掴んだ腕を抑える。後は力で押しやると、負けじと力を入れて俺の顔に長剣を近づけてきた。
ふと、力を緩めると俺の方に体が倒れてきた。体を折るように屈むと思い切り相手のすねを蹴り飛ばす。
仰け反るように倒れたところを、相手に飛び込むようにして、思い切り剣の峰を胸に叩き付ける。
ぐう! と言う声を聴いたような気がしたが、それきり男は動かない。
レイナスの方に顔を向けると、既に勝負は着いたようだ。槍で止めを刺している。
シグちゃん達を見ると、放心したようにその場に立ちつくしていた。
北に光球が2つ浮かんでいる。その下に倒れている人影は1人のようだ。
「1人は逃げたようだな。まあ、仕方ないさ」
レイナスがそんな呟きを漏らした時、遠くに光球が上がった。その下に小さく人影が浮かぶと、数人がその人影に殺到してくるのが分かった。
「どうやら、他のハンターがやってきたらしいぞ。光球で分かったんだろうな」
「ごめんなさい。相手1人を2人で撃ってしまいました」
「謝ることはないさ。その方が確実だからね。クロスボウは2の矢が直ぐに撃てないからな」
そう言って、シグちゃんの頭をガシガシと撫でる。
もう! と言いながら反撃してくるのがおもしろいというか、子供のような仕草だな。
レイナスも良くやったとファーちゃんを褒めているようだ。
「ん? こっちにやってくるぞ。ファー、カゴの影に2人で隠れてろ。クロスボウの準備はしておけよ」
遠くの光球の下で何やらやっていた数人がこちらに歩いてくるのが俺にもわかる。ゆっくりと歩いてくるけど、武器を持っているとなれば同じハンターでも厄介に思える。焚き木を継ぎ足して、取り合えずポットを乗せとく。歓迎と迎撃の準備を行っておけばどちらでも対処できるだろう。
「怪我はないかぁー!」
高い女性の声だ。だけど、どこかで聞いたような声だぞ。
「だいじょうぶでぇーす!」
カゴの後ろからはい出してきたシグちゃんが呼び掛けに答えてピョンピョンと跳ねながら両手を振っている。
「イリスさんにゃ! ……オオォォイ!」
ファーちゃんの言葉で思い出した。確かにイリスさんの声だ。久しぶりで分らなかったぞ。
レイナスと顔を見合わせて頷くと、焚き火に焚き木を追加する。ポットに更に水を入れてイリスさん達の到着を待った。
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「まったく、盗賊を4人倒すとはな。父様は信じないだろうな……、いや、リュウイの名を出せば信じるか」
「イリスさん達が王都から盗賊を追っていることは、ローエルさんから聞いてます。ですが、街道の方にいるものとばかり思ってましたよ」
「街道近くの町で、南を進む数人を見掛けたと聞いたのでな。こっちの方に足を延ばしたのだが、リュウイ達がいるとは思わなかったぞ」
久しぶりの再会に話が弾む。前にイリスさんの仲間を聞いたけど、ネコ族の男はレイナスよりも年上に見える。人間族の男はかなり年上だがローエルさんよりは若いんじゃないか? 最後のエルフ族の女性はイリスさんより少し年上に見えるけど、エルフ族の年齢は見た目では分からないからな。
「やはり、ヌンチャクを使ったのか?」
「ああ、長剣でヌンチャクに挑むなんて、俺達の素早さが加われば無茶な話さ」
そんな話をレイナス達はしている。どうやら彼も先ほどの戦いでヌンチャクを使って相手をほんろうしたんだろう。
「リュウイも使ったのか?」
「持っては来ましたが、まだまだ練習不足です。剣で相手をしましたよ」
「だが、ネリーはもう1人も外傷が無いと言っていた。となれば、何で骨を砕いたか気になるところだ」
背中の剣を引き抜いてイリスさんに渡す。ジッと俺の剣を見ていたが、納得したのか俺に返してくれた。
「まるでナタだな。その背で打ちつけたなら、なるほど一撃でろっ骨を折ることができよう」
そんな話をお茶を飲みながら朝まで続ける。
日が上ったところで、穴を掘って盗賊を埋めたのだが、彼らの右手の小指が切り取られていた。確か指輪があったはずだ。その指が盗賊の討伐証になるのだろう。
昼近くになったところで、少し早い昼食を取ると、イリスさん達は村に向かって歩き出す。俺達は手を振りながら見送った。
「夕べはとんだ邪魔が入ったけど、今夜は何とかしなくちゃな」
「ああ、そうだな。野犬30匹だからまた餌を探さなくちゃならない。ファー、頼めるか?」
「行ってくるにゃ!」
シグちゃん達が出掛けたけど、周囲に危険な獣の姿は見えない。ここから見ていれば大丈夫だろう。
夕べは盗賊達に野犬達は恐れをなしたんだろうか? そうだとすれば、狩りをする俺達と盗賊では何が違うんだろう?
「ちょっとした違いなんだろうな。俺だって、殺気をまとった奴らには近づきたくないぜ。俺達はジッと野犬を待っている。殺気はその時までは伏せているんだ」
俺の心を見透かしたかのようにレイナスが呟いた。確かにそうかもしれない。殺気を持てば獲物は逃げてしまう。動物は本来臆病なものなんだろう。
次の朝。俺達は32匹の野犬を狩って村へと帰る。
まだ、イリスさん達は滞在しているんだろうか? せっかく来たんだから、それからの狩りの話でも聞かせて貰いたいな。




