P-072 サラマンダーは鶏肉味
昔、博物館で見た恐竜に似ているな。
2本足と言っても、足と同じぐらい太い尻尾がある。ちょっと見た感じでは3本足に見えたぐらいだ。
よく見ると、ローエルさんの言っていた足の蹴爪が見えた。ニワトリと同じ感じだな。だが、確かに短剣ぐらいの大きさに見える。あれで蹴られたら怪我では済まないぞ。
服を着ていないからごつごつした皮膚が見える。トラ模様の縞が入っている。突き出た鼻ずらがそのまま大きな口になっている。ワニほどではないけど、あの口で噛まれたらと思うとぞっとするな。
それに、あの爪もヤバいことには変わりはない。長く伸びた爪は接近戦で役に立ちそうだ。
全身が薄緑の色で黄色の縞は草原では保護色になるんだろう。だが、これだけ近くであればそんな色に惑わされることも無い。
ローエルさん達は槍を掴んで俺達に顔を向けた。
俺とレイナスは、たぶん同時に頷いたのだろう。ゆっくりと投槍の1本を掴みウーメラの突起に槍の柄尻を入れて素早く立ち上がると2歩歩みを進めて投槍を投擲した。直ぐにもう1本の投槍を掴むとこちらに向かって走ってくるサラマンドに向かって投げる。
ウオォォォ……!! と雄叫びを上げたローエルさんとサドミスさんがサラマンドめがけて走り出した。
俺とレイナスも急造の槍を掴んで走る。
俺とレイナスに1体のサラマンドが迫ってきた。レイナスが槍を突き出す直前にサラマンドがレイナスの頭上を飛び越えようとした。とっさにレイナスの足に槍を入れて捻るとレイナスが転倒した。
着地して俺に腕の爪を伸ばしてきたところを右腕で受ける。ガシ! と音を立てて受けることは出来たが、奴の体重がそのまま俺を押し倒す。
倒れながらも左手でバッグの後ろに装着したナイフを引き抜き、奴の横腹に突き刺した。俺のノドに向かって伸ばされようとしていた奴の腕が俺の左手に移動する。
そのまま両腕に力を込めて、地面に背中が着いたその時に膝で奴を思い切り蹴飛ばした。
トモエ投げのような形でサラマンドが俺の上から離れていく。左手はしっかりとナイフを握ったままだ。
ドス! と音がするような勢いでレイナスが倒れたサラマンドに槍を突き刺した。
「ほら、リュウイの槍だ。まだ終わってないぞ。……さっきは助かった!」
「ああ、今度はあれか?」
レイナスから槍を受け取り、3本のボルトが突き立ったサラマンドに左右から近づいていく。
相手を決めかねているわずかな隙をついて左右から槍で腹を突いて倒すと、次の獲物を探す。
だが、立っているサラマンドはもういなかった。
最初の投槍で1体を倒し、1体が傷ついたようだ。ローエルさん達は、投槍で傷ついたサラマンドを含めて2体倒し、俺達が2体を倒したんだが、シグちゃん達が俺が戦っている間に残った1体にクロスボウでボルトを撃ちこんでくれたようだ。
「無事だったか!」
「どうにか……、です」
俺の体は奴の返り血で真っ赤に染まっている。
シグちゃんが直ぐに【クリーネ】を掛けてくれたんだが、右腕の血が消えない。よく見ると、革の上着の腕に穴が空いているぞ。
上着とシャツを脱ぐとフェルトンの手甲に2個の穴が空いている。血が出ているのは、その穴からだ。手甲を外してシャツを脱がされ腕の傷を見たシグちゃんが【サフロ】を掛けてバッグから布を取り出して軽く巻き付けた。
「結構、深そうです。今は痛みが無いかもしれませんが、後で痛みが出ますから、我慢してくださいね」
「ありがとう。やはり、ちょっときつかったな。痛みは我慢するよ。生きてるって事だからね」
服を着ながらシグちゃんに礼を言う。
魔法で一瞬に治るわけではないようだ。それでも、傷の治りは何もしないよりは早いんだろうし、確か黄金のリンゴの守護にそんなのもあったんじゃなかったか?
「どうした? 怪我をしたようだが……」
ローエルさんの言葉に、レイナスが経緯を説明している。
とりあえず狩りは終了だ。討伐証はサラマンド蹴爪ということだ。よく見ると左右の足の蹴爪に微妙な違いがある。片方が少し長く断面が剣のようだ。もう片方は断面が丸くなっている。断面が剣の形をしている方が倒した証になるそうだ。
最後にサラマンドの尻尾を切り取ってレイナスの担いでいたカゴに放り込む。これは珍味として取引されるらしい。
そんな作業が終わったところで、草原を後にする。
草原地帯はガトルの縄張りらしいからな。早めに引き上げるに越したことはない。
強行軍で第2広場まで歩きとおしたころには、だいぶ日が傾いている。今夜はここで野宿になるな。
「だいぶ痛むのか?」
心配そうな顔でローエウさんが聞いてきた。
「だいじょうぶですよ。フェルトンの手甲に穴が開きましたが、かなり衝撃を吸収してくれたようで骨には達していません。しばらく痛みは続くでしょうが、狩りが出来なくなることはありません」
「なら良いのだが、サラマンド相手にナイフで挑むなど無茶もいいところだぞ」
「槍が無い状態で、一撃目は右腕で受けたんですが、奴の体重に負けて転倒してしまいました。とっさにナイフで横腹を突き刺して倒れこみながら奴を膝で蹴りあげたおかげで振り解くことができました。確かに運が良かったものだと、自分でも思っています」
「倒れながら冷静に行動したという訳か……。俺にも出来るかはかなり怪しいな。それにしても、ナイフで倒した話を他人にしても信じないだろうな」
ローエルさんの呟きにレビトさんまでが頷いている。
そんなに難しいことか? とっさにやったとはいえ、あれってトモエ投げの変形だよな。体術と言う考え方はこの世界に無いんだろうか?
夕食を終えて、皆でお茶を飲みながら過ごしていたんだが、右腕を撫でていたらそんな話になってしまったんだよな。
まあ、終わってしまったことをとやかくいうまい。次に生かせば良いのだから。
パイプに火を点けてゆっくりと味わう。やはり狩りの後のタバコは格別だな。
危うくレイナスが重傷を負うところだったのだ。ジッとそれを眺めているのは俺の気性には合わないからな。これぐらいの怪我で済んで良かったと思ってるぐらいだ。
「だが、狩りには2番手の武器を持つことは大事なのだな。前にも採取ナイフで対応した話を聞いたが、それに懲りてナイフを持っていたのだろう。俺達も見習うところがある」
「それにしても変わったナイフだぞ。逆に反っているナイフは初めて見た」
グルカナイフだからな。俺達がお揃いで作ったナイフだ。
「カドバスの骨を柄にしたんです。どうせならこの国では誰も持っていない物にしようと、こんな形にしたんです」
そう言って、ナイフを取り出してサドミスさんに渡すと、じっくりと手に取って眺めている。立ち上がって、構えをとりながら数回ナイフを繰り出した。
「変わっているが、使いやすそうだな。俺の短剣よりも重いが、突くというよりは切り裂くって感じに使えるぞ」
「作ってみるのか?」
「いや、新たに作るのは考えもんだな。既に短剣は持ってる。だが、大型獣の皮剥ぎには使いやすそうだ。これの小型版をレビトに持たせたらどうだ?」
そんな話で夜は更ける。焚き火の番を交代で行い。次の日の昼下がり、俺達は村に帰り着いた。
ローエルさんから、各自130Lを受け取って、俺達の番屋へと帰った。
「ところで、この肉はどうするんだ?」
「焼いて食べると言ってたぞ。串焼きにしてみるか? 残った肉は隣の番屋に置いてくる」
なら、ついでにと、シグちゃんが暖炉脇の棚から酒ビンを取り出してレイナスに手渡している。尻尾だけど俺達の足並みの太さだから、串焼きの肉を切り取るぐらいでは量が減らないだろう。何時も世話になってるから丁度いいな。
レイナスの後を慌ててファーちゃんがついていったから解体を手伝うのかな?
俺とシグちゃんは暖炉に火を焚き、ポットに水を汲んでくる。
一仕事が終わればお茶を飲むのが流儀のようだ。
焚き木の燃え具合を見ながら、パイプを楽しむ。これで、2日は狩りを休めそうだから、明日からは織機作りを始められそうだ。それに、王都に頼んだ筬がそろそろ届くんじゃないかな。
その夜は、簡単なスープと固いパンの食事の予定だったが、サラマンドの尻尾の串焼きと魚の串焼きが追加された。
相変わらず隣の番屋の漁師さん達は義理堅い。既に焼きあがったやつを貰ってきたようだ。サラマンドの尻尾は鶏肉の味だ。焼き鳥感覚で食べることができたぞ。
「まだ痛むのか?」
「それ程でもないさ。傷はそろそろ塞がりそうだ。だけど風呂で濡らさないようにしないとな」
「塞がるまでは、風呂はやめとけ。傷口を大事にしないと腐る場合があると聞いたぞ」
ばい菌で炎症を起こすってことだろうな。まあ、1日は我慢するか。シグちゃんに【クリーネ】を掛けてもらえば、風呂に入るよりもきれいになるからね。
「それより、リュウイはサラマンドを投げ飛ばしていたよな。お前にそんな力があるとは思わなかったぞ」
「そうです。後ろで見ていてビックリしました」
やはり、体術はまだ発達していないようだ。
「あれは、技で投げてるんだ。相手の襲い掛かる力を利用して俺が倒れた瞬間に膝で相手を蹴り上げたんだ。奴の横腹に刺したナイフを掴んだままだから、横腹をえぐられたんだろうな。そこにレイナスが槍を突き刺したから、相手はそこでおしまいだ」
「倒れるところで相手を下から蹴り上げたのか……。良くもとっさにできたものだ」
レイナス達が感心してるけど、授業で習っておいて良かったと俺の方こそ感心してる。
こんなことなら、部活もそんな武道を選んでおけば良かったかな。そうすれば、もう少しマシな戦いをできたんじゃないかな。
「明日からは、織機作りになるぞ。もっとも、王都から荷が届かないと次に進めないけどな」
「少なくとも、傷が癒えるまでは狩りは休もうぜ。それほど貧乏じゃないし、何といってもハンターは体が資本だ。ゆっくり直してくれ」
そんな心使いができるのも、厳しい暮らしを2人で送ってきたからだろう。確かに贅沢さえしなければ一か月以上は十分に暮らせるからな。




