P-116 春を待つ日々
翌日の朝早くにイリスさんが毒矢を取りに来た。5本の毒矢の先端は2枚の竹を合わせて被せてあるから、使うまでの安全はなんとか確保できそうだ。
布に包んでイリスさんに渡すと、俺達に頭を下げて村を出て行った。これから休まずに問題の村へと向かうのだろうか?
高位のハンター達がこの王国の平和を守っているのかもしれないな。
「行ってしまったな。手伝ってあげたいところだが、トラ族の連中の狩りなら俺達は足手まといもいいところだ」
「俺達のできる範囲でいいんじゃないか? 無理な狩りはしたくないし、シグちゃん達もいるんだからな」
俺とレイナスだけだったら、一緒に行ったかもしれない。だけどシグちゃん達を考えるとそもそも無理な狩りはしない方がいいに決まってる。
「罠を仕掛けるのは明後日でいいな?」
「改めて罠を作るのか? だいぶ傷んでたからなぁ」
罠用の蔓草は、グリフト狩りの途中でたっぷりと仕入れている。30個以上は作れるんじゃないかな。
それに、サルマンさんとの約束もある。小型の銛ができたら番屋を訪ねなければなるまい。
シグちゃん達が長屋から帰ってきたところで俺達の昼食が始まる。
機織りのおばさんやお姉さん達から色々と噂話を仕入れてきたようで、食事をしながら、その話を聞くのも俺達の楽しみだ。
「すると、やって来た兵隊の人達が西の荒れ地を開墾するってことか?」
「農家の人達も協力するみたいです。子供に農地を分けられるっておばさんがよろこんでました」
やって来た兵隊の一部はこの村に定住するのかもしれないな。農家の次男三男に土地を分けるというのもこの村への定住策ということになるんだろう。西の荒れ地がどこまで畑になるかはわからないけど、俺達の冬の狩場の1つが無くなってしまいそうだ。
「西の荒れ地がどこまで開墾されるかはわからないけど、それほど大きくなることはないんじゃないか? あそこは水がないからな」
「農業には水はひつようなのかい?」
「雨を頼りにするだけではダメなんだ。俺達が住んでいた村では山の谷間の一部をせき止めて水路を作ってあったぞ」
農業用水路ということになるんだろうな。だけど、この地ではそれも無理な話だ。近くの小川まではかなりの距離がある。
「裏にあるつるべ井戸をいくつか作るはずだ。夏場に雨が無ければそれこそ作物は全滅だから」
「重労働になるな。一家総出というやつか」
それも農家の宿命になるんだろう。天候次第で作物の収穫量が変わってしまう。
この世界の技術では肥料や農業用水の概念はあまりなさそうだからな。
シグちゃん達は明日から働くらしい。それだけ忙しいということになるんだろうか? 絹を作れる唯一の村だからな。格安で提供しているから、差額を使って王国内の福祉を教会を巻き込んで行っているらしい。
この村の教会も一回り大きくするような話をサルマンさんがしていたが、漁師のおじさん達の信仰心は自然を相手にするだけに深いものがあるのだろう。
「西の荒れ地はあまりいい思い出が無いんだよな」
「まぁ、荒れ地だからな。狩りなら森が一番だ」
話をしながらも手は動いている。蔓草を細く切り取って紐を作るのはレイナスの仕事だ。その紐を両手2本分の長さに切り取って、輪を作る。
最初のころは、20cmほどの輪にしてたんだが、この頃は一回り大きくして、輪から伸びる紐を長くしたのが俺達の工夫だ。
しならせた棒の先のこの紐を結び付け、小さな杭で止めておけば、獲物が輪を引っかけただけで杭が外れて輪が閉まる。
おかげで罠を見回りに出掛けても手ぶらで帰ることは無くなった。
他のハンターが感心して俺達を見ているけど、どんな仕掛けで獲物を取るのかは不思議と聞いてこないんだよな。
もっとも、俺達の背負いカゴを覗いても、他の連中と同じような蔓で作った罠だから、場所を選ぶのが上手いぐらいに思っているのかもしれない。
「この仕掛けもリュウイのおかげだな。番屋の前で作った豆を餌にすると言った時にも驚いたぞ」
「おかげでコーチルを狩れたじゃないか。鳥なら豆が一番だ」
棒のしなりを利用した罠はばね仕掛けともいえるだろう。少し大きな獲物にも有効だし、獲物が暴れて首を絞めるのではなく一気に首や足を絞めて跳ね上げるから今までの罠よりも動的な罠といえる。
その内、誰かが聞きに来るんじゃないかな? その時にはきちんと教えてやることでレイナスと同意をしている。
先ずは、自分達の狩りに疑問を持つことが大切だと思うな。それで俺達の狩り方法が大きく異なることが明確になるはずだ。
レイナスと1日かけて第二広場の南側に罠を仕掛ける。
この季節の罠猟は、第一、第二広場の北東部に皆が仕掛けるから、俺達だけなんだよな。俺達も最初は森の西側に仕掛けていたんだが、だんだんと南になってしまった。
たまにレイナスとその原因を考えるんだが、自分達にもよくわかっていないようだ。俺としては皆と反対側に仕掛けた方がいいだろう位に思っているんだけどね。
「ある意味、ハンターの勘というやつじゃないか? 獣の通り道ぐらいはリュウイにだって分かるだろう。その道をまた通るかどうかは勘で判断するしかないんじゃないのかな」
「そうなると、俺達はハンターとして一人前ということになるぞ!」
俺の言葉にレイナスが笑い声をあげて俺と拳を軽く合わせる。
すでに一人前とは思われているんだろうが、俺達はそれほど狩りの腕が上がったとは思わない。
だからこそ、今でも狩りをする時にはその都度皆で狩りの方法を話し合うぐらいだ。
「上には上がいるからな。俺達が力を合わせても北の村を襲うような大型の獣は無理なんじゃないか? イリスさんが毒矢を頼むぐらいだ」
「俺達にはこの村が丁度いい。東に広がる森には獲物が豊富だし、たまに漁を手伝えば魚が貰えるからね」
海の幸と山の幸が偉るんだ。村人との諍いもないし、冬場に獲物が取れなくともシグちゃん達の働きで飢えることはない。だけどシグちゃん達に食べさせてもらうとなると、俺とレイナスの矜持の問題もあるんだよな。
だが、今日は2匹のラビーが掛かってたから堂々と番屋に戻れるな。
「これで最後だ。2匹は微妙だな」
「始めたころは掛からなかった日もあったんだ。それに比べればね。それとガトルが3匹も狩れたんだぞ」
「リュウイの背負いカゴの焚き木もだ。少しずつでも増やさないと、春はだいぶ先だからな」
罠の見回りを終えて村に引き上げる。
夕暮れの村がうっすらと青く見えるのは、夕餉の支度が始まったからなんだろうか?
俺達の帰りをシグちゃん達が待っているに違いない。足を速めて村に戻ると、レイナスは獲物を持ってギルドに向かった。
俺と違って変な依頼は取ってこないところがレイナスの良いところだ。
番屋の裏手に焚き木を置いたが、まだまだ足りないな。しばらくは焚き木も運ばなければならないようだ。
「ただいま!」と声を出して扉を開ける。
「「おかえりなさい」」と2人が挨拶してくれるのが何よりうれしくなるな。
「レイナスはギルドに寄ったから、俺一人だ。今日はラビーが2匹だよ」
「大漁にゃ!」
ファーちゃんが嬉しそうに答えてくれたけど、ラビーが一度に12匹も獲れたことがあるんだよな。苦笑いで頷きながら、ファーちゃんが差し出してくれたお茶のカップを受けとった。
「今夜はカニのスープですよ。たくさん獲れたらしくて、分けてもらいました」
「漁を教えてもらったと言ってたにゃ。きっとそのお礼にゃ」
エビも良いがカニならいい出汁が出てるはずだ。期待できそうだな。
しばらくしてレイナスが帰ってくると、俺達の夕食が始まった。カニのスープは塩味だけどかなり濃厚な出汁が出ている。カニの肉は食べようがないんだけどね。
「凄いな。初めて食べたぞ」
「生きたまま王都に運ぶんだそうです。たくさんの木くずにカニを入れて馬車で運んでいきました」
「この箱に入れて、周りを氷で囲んでなかったかい?」
「そうです。知ってたんですか?」
そんなことで、生鮮食品の保存について話を始めることになった。生きたま魔運ぶのはその方法なら数日は持つんじゃないかな。
果物や野菜も長期にわたって保存できるだろう。
「要するに箱を作って氷を入れておけば、夏場でも肉が長持ちするってことか?」
「そうだ。たぶん肉屋にはそんな箱があるんじゃないかな。だけど長くは持たせられないぞ。せいぜい5日から10日だろう」
今年の夏には作ってみようということになってしまうのは、俺達じゃあ仕方が無いんだろうな。
とはいえ、暑い夏に冷たい飲み物がいつでも飲めそうだ。上手く行けば村に普及するかもしれないな。
「それでギルドの方は?」
「ガトルや野犬が主だな。駆け出しハンターには丁度良いから、期限が迫った依頼が無いことだけを確認してきた。ローエルさん達はリスティン狩りに向かったそうだぞ」
俺達を誘ってくれなかったことをレイナスが残念そうに言っていたけど、他のハンター誘ったんじゃないかな。ハンターを育てるのも筆頭ハンターの仕事らしいからね。
「村に残っているのは4パーティらしい。5パーティほどが森の奥に向かったそうだ」
「残ってる連中は俺達と同じ罠猟か野犬相手だろう? しばらくは平和ってことじゃないのかな」
いつもと同じような狩が毎日続くのだ。平和ではあるが飽きてしまうのが問題なんだよな。
とはいえ、シグちゃん達が参加しない狩りは近場の狩りに限定されてしまうから、たまに罠に掛かったラビーを狙うガトルをクロスボウで狩るぐらいがちょっとした変化ということなんだろう。
春が待ち遠しくなる今日この頃だ。
立木の新芽の大きさに目を向けるレイナスも俺と同じ心境に違いない。




