偽聖女 side エイダン
王太子アイザックの執務室に呼ばれたエイダンは、部屋に入った瞬間に異様な緊張感を感じ取った。
何か、嫌な予感がする。
「エイダン……、偽聖女が現れた」
その言葉に、やはり──と昏い気持ちが込み上げる。
ついに来てしまった。事態が動き出す前触れ。
「──消しますか」
「ははっ、エイダンは意外と過激な思考を持っているんだな。だがそれは得策ではない。既に光魔法を発現させているので教会に引き取られた。じきに国中に聖女誕生の噂が出回るだろう。──つまり、邪神が偽聖女に接触するということだ。今近づけばこちらまで目をつけられる」
詳しく話を聞けば、入学式で第二王子と知り合った偽聖女は、女生徒に追いかけ回されて逃げ回っていた第二王子を匿い、逃げる際に枝に引っ掛けて負傷した手を光魔法で癒したという。
「偽聖女は光属性の魔力が発現したばかりなのに、既に光魔法の使い方を知っているんですか?訓練もなしに?彼女の魂は邪神が召喚したものだと精霊に聞いたので、善人とは限りません。王子に近づいたのも偶然ではないかもしれません。邪神の傀儡の可能性もあります。第二王子には近づかぬよう注意した方が良いかと」
エイダンがそう進言すると、途端にアイザックの表情が歪み、こめかみを押さえている。
「何かありましたか?」
「もう手遅れだ。弟は偽聖女に心酔している。なんなら婚約者を偽聖女に変更してほしいとまで言い出した。尊い聖女の血を王家に迎え入れるべきだと熱弁してね。もう頭痛いし胃も痛いよね」
「…………鑑定しますか?」
「ああ、近いうちに頼む。邸に帰ったらノア殿下にも伝えてくれ。それからジルと連絡を取って状態異常を無効化できる魔道具がないか相談しないとな。──……はぁ。どいつもこいつも私欲の為に好き勝手やりやがって。いっそ私も好きに暴れてやりたいよ」
「王太子が公務を放棄したら一瞬で国が滅びますよ」
「ずいぶん私を買ってくれてるんだな」
「その狡猾さと腹黒さは国王向きですよ。貴方が王太子だからこそ腹黒マッケンリー公爵を抑えられているんですから」
「それ、ほとんどただの悪口だろ。……ったく、どうしてくれようかね、あの愚弟は。何かをやらかしそうな予感しかしない」
アイザックは執務机に肘をついて頭を抱えている。
「最悪の場合、切り捨てるしかないな」
◇◇◇◇
「──そうか。偽聖女が現れたか」
夕食後、エイダンはノアを執務室へと誘い、アイザックとの会話を聞かせた。
ノアの眉間に皺が寄る。
「しかも、俺たちと同じ学年か。学科は?」
「貴族科です。学園には光魔法を教えられる教師がいない為、魔法訓練は教会で行うそうです──ただ……」
「……なんだ?」
「教会と第二王子から話を聞いた陛下が、学園内では第二王子と側近達が偽聖女の護衛をするよう言い伝えたようです」
「わざわざ火の中に飛び込んで行くようなものだな。王太子の頭痛が酷くなるはずだ。かといってこちらは何もできない。目立って今邪神に目をつけられるとマズイからな……」
ノアも難しい顔をして悩んでいる。
「とりあえず王太子殿下はジルに状態異常無効化の魔道具がないか相談するとのことです」
「邪神の神力を使った術をかけられていたら、魔道具は役に立たないぞ?」
「はい。ですから今度、私が第二王子を鑑定します」
「そうか。とにかく今は何も起こってないから動きようがないな。明日から俺やヴィオラ達は偽聖女に関わらないようにするよ」
「ええ。お願いします」
王家と偽聖女が近づくのはあまり良くないが、もうどうしようもない。
陛下は聖女を手に入れて身の安全を強固にしようとしている。
水魔法の治癒と、光魔法の治癒はレベルが違う。
外傷を治す水魔法に対し、光魔法は病以外なら何でも治す。欠損した四肢や失明した目まで治せる。
だから陛下は聖女を取り込みたいのだ。
もし第二王子の婚約者を偽聖女に変えた場合、現婚約者であるアンブロシュ公爵令嬢の父親が黙っていないだろう。
偽聖女の存在が、今後の貴族のパワーバランスを脅かすかもしれない。
エイダンはこの予感が当たりそうな気がして頭が痛くなり、大きなため息をついた。
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