入学式② side クリスフォード
「アイツ……ふざけるなよ。どういうつもりだ……っ」
目が合った瞬間、こちらに敵意を向けてきた。
この五年、ヴィオラがどれだけルカディオの事で心を砕いてきたかを知っているクリスフォードは、ルカディオの態度に底知れない怒りを感じる。
例えフォルスター家の事情を知っていたとしても、決して許すことはできない。
何故なら、ヴィオラは何も悪くないからだ。
敵意を向けられる謂れは全くない。
それにも関わらずルカディオは今、ヴィオラの心を砕いた。
完全なる八つ当たりで――――。
この瞬間、クリスフォードの中でルカディオは幼馴染ではなく『敵』となった。
「あの脳筋野郎……っ、絶対許さないからな」
子供の頃に約束したではないか。
何があっても自分だけはヴィオラの味方でいると。
ヴィオラを守れる騎士になりたいから婚約したのだと。
(そのお前が何で誰よりもヴィオラを傷つけてんだよ……っ)
「おいクリス、滲み出てる。抑えろ。初っ端からしくじるつもりか?」
ノアに諫められ、魔力をコントロールする。
「ヴィオ……」
隣に座るヴィオラは焦点の定まらない表情のまま、涙を流し続けていた。
「ど……して……?」
「ヴィオラ様……」
ジャンヌは懐からハンカチを取り出し、ヴィオラの涙を拭った。
「私……、きらわれちゃったの……?」
小さく悲痛な声が、クリスフォードとノアの胸を抉る。
ヴィオラがどれだけルカディオを愛していたか知っている二人には、ヴィオラに何も声をかけられない。
どんな言葉も意味を成さない事をわかっている。
クリスフォードは何も言えないかわりに、震えながら涙を流す妹の手を握った。ヴィオラのルカディオへの愛情は盲目的で、崇拝に近かった。
物心ついた頃から義母に虐待され、実父には放置され、兄だけが優遇される生活は、十歳にも満たない子供には過酷過ぎたのだ。
そんな毎日の中で、唯一自分に好意を向けてくれた人物。
その人物に傾倒してしまっても、誰も文句など言えないだろう。
ルカディオに出会った瞬間から、ヴィオラの世界はルカディオ一色に染まったのだ。
虐げられ、傷ついてボロボロになっていた幼いヴィオラにとって、ルカディオだけが希望の光だった。
そしてそれは、双子の兄のクリスフォードでさえも越えられない壁だった。
ヴィオラにとってその唯一の光が失われようとしている。
それはきっと、今までのヴィオラを形作ってきた根幹を崩しかねない事態だった。
入学式が始まる。
先程入場してきた目立つ5人はそれぞれの席に座り、ルカディオは騎士科の列にいた。
こちらを気にする様子は全くない。
第二王子と入場してきたということは、恐らく学園で過ごす学友に選ばれたのだろう。学園生活で結果を出せば卒業後に側近になれる可能性が高いということだ。
「王太子からは何も聞いてないな」
「あのバカがアレじゃ言いづらかったんじゃないの?」
中央から完全に退いたフォルスター侯爵家の嫡男を、第二王子の側近候補として押し上げたのはおそらく王太子だろう。彼なりに一連の事件には心を痛めていたからチャンスを与えたのかもしれない。
だからといって、あれはない。
(一番大事にして守らなきゃいけないヴィオラに対して、敵意をむき出しにするとかあり得ない。そんなお前が騎士になるとか、笑わせるな脳筋が……)
ただの誤解で、勝手に裏切られたとでもいうように被害者ぶって、この五年間ヴィオラを無視しつづけた。
そしてクリスフォードの事もエイダンの事も避け続け、真実を知ろうとしなかった。
王太子に言えば、さすがにルカディオも話を聞くかもしれないが、クリスフォードはもうその気がなくなってしまった。
ヴィオラを故意に傷つけたルカディオに対して、果たしてそこまでしてやる義理はあるのか?
和解の機会はこの5年でいくらでもあったし、ヴィオラはずっと手紙を送り続けていた。
クリスフォードもエイダンも傷心のルカディオを気遣いながらも、何とかヴィオラへの誤解を解こうとした。
その機会を全て拒否したのはルカディオだ。
大事な妹を不必要に傷つけるなら、ノアの方がよっぽどヴィオラの事を大事にしてくれる。
クリスフォードはノアのヴィオラに対する想いの変化に気が付いていた。
(断言するよルカディオ。いずれお前は死ぬほど後悔するだろう――――)
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