王太子との盟約② side ノア
偽りの聖女――――。
「前皇帝が引き起こした先の侵略戦争で力をつけた邪神が、聖女の器に邪心を持つ魂を入れたらしいです。ただそれが誰なのかは教えてもらえていない。神のみが知っている」
「それを聞くことはできないのですか?」
「神界や精霊界にも制限があって人間界にそこまで介入できないらしいです。また下手に女神や上位精霊が力を行使して介入すれば、それこそ邪神に気取られるとのことであまり表立って動けないのも理由の一つです」
「人間のことは人間達で何とかしろということか」
「邪神に対抗しうる加護を持っているクリスとヴィオラの力が覚醒しない限り、こちらの手の内を邪神に悟られるわけにはいかないんですよ。だから時が来るまでは忍ばないといけない。そして偽りの聖女がどんな人物なのか、邪神とどういう関係なのか、現時点で何もわかっていないので、神託を待つしかない状態です」
現段階ではヴィオラ達を守る以外手立てがない状態だった。
先日教会で洗礼を受けた時もヴィオラ達は女神と短時間の接触しか出来ず、肝心な事は何一つ聞けていない。
偽りの聖女はこちら側と邪神にとってどちらの敵なのか今の所何もわかっていないのだ。
「とにかく今は情報が欲しい。帝国としてはペレジウムや魔草の密売を摘発する為に動いています。恐らくそれが邪神教とマッケンリー公爵の資金源となっているはずだ。魔草については先の戦争でも使われた魔薬です。特に幻覚草は帝国の隊を瓦解させたほどやっかいなものだった。オルディアン家の被害を思えばその効果はご存知ですよね?」
「…ああ。―――これは私の見解だが、マッケンリー公爵が正統な血を引く長子のマリーベルを格下のオルディアン伯爵家に嫁がせたのは、マリーベルが土属性の植物成長促進魔法が使えたからではないだろうか。マリーベルは実家で幼い頃から冷遇されていたと聞く。父親の言いなりになってもおかしくない。
最初から製薬工場と薬物知識を持つ人材、我が国の市場を独占する医療薬品産業、全てはそれらを手に入れるため。そしてそれを隠れ蓑にして魔草とペレジウム等の毒を精製して密売を行うため、エイダンとの縁談を公爵家の圧力を使って結ばせた」
「我々帝国の見解も同じですよ」
ノアが同意すると、王太子は当時の出来事を思い返してますます顔を歪め、ずっと隣に黙って座っていたエイダンを見やる。
「お前が次期当主の仕事を放置して医療研究に没頭していた隙を狙われた結果だな、エイダン。お前ならその縁談の背景を調べられたはずだ。私は当時はまだ子供だったが、宰相に言えば手を打つ事が出来たと思うぞ」
「――――――申し訳ありません…」
「研究の成果を出して国の医療技術が発展したからいいものの…結果が出ていなければ今頃目も当てられない日々を送っていただろうな。家族を放置して研究馬鹿になった甲斐があって良かったな」
王太子に最大の嫌味を投げられて言葉につまるエイダン。
エイダンの子供達への仕打ちはノアも聞いていたのでフォローすることもできない。イザベラと邪神教のせいで悲劇に見舞われたとしても、エイダンの行動が父親として責められるものであったのは確かだ。
「当時、イザベラと叔父上…第2王子との婚約が持ち上がっていたと聞く。叔父上もこの国の外交の顔だ。外務大臣であるマッケンリー公爵と関わる機会も多かった。だからこその縁談だったのだろうな。イザベラが王族に嫁げばマッケンリー公爵はますます議会での発言力が増し、王弟妃の父として我が物顔で王宮を歩ける。結局それは実現しなかったが、それでも国王と私は何度も命を狙われた。
もしイザベラが王弟妃になっていたら、今頃国王と私は生きていないかもしれないな。その点では、イザベラがエイダンに狂ってご破算にしてくれて助かったのかもしれない。子供の頃から私と父を殺そうとしていた黒幕を炙り出してくれたとも言える。お前の女を狂わす美貌のおかげだな」
王太子の辛辣な嫌味の応酬に何も言い返せないエイダン。
王太子も腹に据えかねていたものがあったのだろう。だが個人的にはエイダンを気に入っているようにも見える。
でなければ魔力隠蔽やペレジウム精製の罪で処刑になっていてもおかしくないし、後ろ盾にはならないだろう。この王太子であればエイダンを通さずに帝国のノア達に内密に接触する術はいくらでもあったはずだ。
じわじわと相手の逃げ場を塞いで追い詰めていく王太子のやり方はやはり影に向いているとノアは思う。マッケンリー公爵は安易に王族を殺そうとして、自分の邪魔をする最大の敵を生み出してしまったのかもしれない。
実はこの王太子も自覚はないがヴィオラ達同様に精霊に好かれている。
今まで死線を潜り抜けてこられたのも精霊が守っているからだろう。それを伝えるかどうか迷い、ノアは結論を出す。
「王太子殿下に提案があるのだが聞いてもらえるだろうか」
「…内容によりますが」
「貴方も自覚はないだろうが、精霊に好かれている。貴方の属性の魔力は風と水の属性ではないか?下位精霊が貴方の近くいる」
ノアの言葉に王太子は目を瞠った。まさか自分の近くに精霊がいるとは思いもしなったのだろう。
王太子が今まで何も感じられなかったのは、精霊が架空の存在だと思い、信じていなかったからだ。
だが王太子は王族なだけあって高魔力保持者。精霊の存在を意識して訓練すれば、その成果によっては契約する事も可能かもしれない。
一番警戒心の強い下位精霊が至近距離にいるということは、この王太子は信用に値するということだ。
今は表立って動けない中、この国ではこの男の後ろ盾が必要になる。死んでもらっては困るのだ。
「王太子に対してこんな事を言うのは無礼だと承知の上だが、貴方にもできれば精霊と契約をしてほしい。貴方にはその素質がある。今後貴方の身を守るためにも、私はそれが最善だと思います」
「私が精霊と契約…?そんなこと、どうやって…」
「その指南役として私の側近であるマルクを貴方の側に置いていただきたい」
ノアの発言に、エイダンと同じく黙ってノアの後ろに立っていたマルクは目を張ってノアを凝視する。
侯爵家の三男に過ぎない自分が隣国の王太子の指南役など恐れ多すぎる。これでもかと目を見開いて眼力でノアに気づいてもらおうとするが一向に振り向いてもらえない。
「精霊の声を聞くことができれば、王宮に巣食う膿を吐き出す事も可能になるでしょう。貴方にも貴族達からあの双子を守っていただきたい。今後現れる偽りの聖女が敵か味方がわからない今、敵だった場合にあの双子をこの国で守れる最大の盾は貴方だ。あの双子が死ねばこの国も、我が帝国も、大陸全てが邪神の手に堕とされる。我が帝国と共に、光と闇の精霊の加護を受けるあの双子を守っていただきたい。彼らの力が無事覚醒できるよう、害悪から守っていただきたい」
「…………………それが女神の意向ですか」
「女神と精霊は我々にあの双子を守れと神託を下しています」
ノアの言葉に王太子は思案する。
王太子の視界の隅に、ノアの言葉に反応して王太子に頭を下げるエイダンが見えた。そして先日起きたフォルスター侯爵家の悲劇を思い出す。
ノアの真剣な瞳が王太子を捉える。
元より王国に、帝国の望みを跳ね除ける国力はない。ここで共闘する事は王太子の治世にとっても損はないはずだ。
そして、しばらくの沈黙の後、王太子は頷いた。
「わかりました。王太子であるこの私も、子供達を守る役目を担いましょう」
「・・・あっ、ありがとうございます!!」
隣に座っていたエイダンが立ち上がり、王太子の前に跪く。その体は小さく震え、床にポタポタと雫がシミを作っていた。
王太子とノアは握手を交わし、協定を結んだ。
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