拒絶 side ルカディオ
自室に戻ると、ルカディオはふらつきながら机の引き出しを開く。
そこにはこの半年間届かなかったヴィオラからの手紙があった。返事がこない事を怒りながらも心配するクリスからの手紙もある。
全部アメリの部屋から取り返したものだ。
「なんだよ・・・、何で護衛とあんな仲になってんだよ・・・っ」
父とアメリが王宮預かりになってから、ルカディオはたった一人で邸で暮らしていた。
母は死んでもういない。
尊敬していた父も、ルカディオの中で死んだ。今王宮にいるのは母を死に追いやった裏切り者だ。
ルカディオの家族は、母が死んだ日に崩壊した。
ヴィオラに会いたかった。抱きしめたかった。もうルカディオが信じられるものはヴィオラしかいなかったのだ。
それなのに──────。
母の葬儀の後、塞ぎ込むルカディオを心配したエイダンが、邸を訪ねて転移魔法陣の魔道具をくれた。
オルディアン領と王都を往復出来る一度限りの使い捨ての魔道具だ。
事情があってヴィオラ達を王都に戻せない為、この魔道具を使ってルカディオが領地に会いに行けば良いと言ってくれた。
だからその翌日、すぐに使ったのだ。
母が死んでから───いや、それ以前からフォルスター家の異変に精神的に疲れていたルカディオは、先触れを出すという貴族マナーが頭から抜けていた。
一刻も早くヴィオラに会いたかったのだ。
父とアメリの不貞現場に居合わせなければ、そのせいで母が死ななければ、オルディアン領の邸に先触れを出していたら、
あの光景を見ても、ヴィオラを信じる心が残っていたかもしれない。話を聞く余裕があったかもしれない。
今までのフォルスター家を襲った数々の悲劇は、子供のルカディオが受け止めるには、全ての出来事が重すぎた。
そして唯一ルカディオの救いだったヴィオラのあの光景は、不貞に過敏になっていたルカディオの心を殺すには十分だった。
あの光景───、ヴィオラが護衛の男に横抱きにされながら仲良さげに歩く光景は、ヴィオラに会いたくて早る気持ちを一瞬で凍らせた。
男の首に手を回し、頬を赤く染めている愛しい少女。
その視線の先にいるのは自分以外の男。
裏切られたと思った。自分が一番辛い時に、ヴィオラは違う男の腕の中にいる。愛しさが───憎しみに変わる。
子供だったルカディオには、その背景を推し量る余裕はどこにもなかった。
この日、ルカディオの初恋は砕けてしまった。
◇◇◇◇
「ルカディオ様!何をなさっているのですか!?」
家令のデイビットが庭で火を起こしているルカディオの元へ慌てて駆けつけた。
「要らないものを処分してるんだよ」
「要らないものって・・・今燃やされているものはヴィオラ様からの手紙では?」
「そうだよ」
「何故ですか!?」
デイビッドはこの半年届かなかった手紙をアメリの部屋で血眼になって探していたルカディオの姿を見ていた。
連日探し回るほど求めていた婚約者の手紙を、要らないといって庭で燃やしている彼の姿に驚愕した。
よく見ると、ルカディオの表情が抜け落ちていた。
「ルカディオ様・・・?何かございましたか?」
「別に。もう全部どうでもよくなっただけだよ。この家は母上が死んで壊れたんだ。あの男・・・父上もどうなるかわからないし、俺、騎士になれないかもね」
(・・・いや、別になれなくてもいいのか。だってもう騎士になる理由なくなっちゃったしな)
尊敬する父のような男になりたかった。
誰よりも強くなって、ヴィオラを守りたかった。
でももう、全部、砕け散った───。
全部失くしてしまった。
「もう全部、どうでもいい」
虚空を見つめるルカディオの無の表情に、デイビッドは涙を流した。邸に多くの使用人や騎士達がいながら、アメリを雇い入れて主達を守れなかった事を一生悔いる事になる。
それほどこの一連の事件は、邸で働く者達に暗い影を落とした。
その後、ヴィオラやクリスから何度も手紙が届いたが、ルカディオがその手紙を読むことも、返事を返すこともなかった。
エイダンも何度か邸を訪ねてきたが、ルカディオは会わなかった。オルディアン家や父と向き合う事を拒絶した。
───ヴィオラと再会したのは、それから5年後。
学園に入学してからだった。
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