堕ちる③ side イザベラ
マリーベルの出産後、2人は仲睦まじく暮らしていると侍女からの報告を受けて、イザベラはまた部屋で暴れた。
カーテンを引き裂き、花瓶や置物を割り、侍女やメイドに当たり散らした。
「イザベラ!何をやってるんだ!」
「イザベラ・・・っ、どうしてしまったの!落ち着きなさい」
「お父様っ、どうして私にエイダン様をくれなかったのよ!何で!私の方がお義姉様より彼の事を愛してるのに!何でなのよぉぉ!」
「お前・・・っ、まだそんな事言っているのか!諦めろとあれほど言っただろ!もうすぐ第二王子の婚約者選定が始まるんだぞ!王宮に上がるんだ。そんな我儘ばかり言っていたらすぐに候補者から外されてしまうだろうが!」
「むしろ外して欲しいくらいよ!私はエイダン様としか結婚したくない!私はあの人しかいらないの!彼がいいのよぉ!」
イザベラの慟哭が部屋に響いた瞬間、左頬に衝撃が走り、床に倒れた。
公爵は力の限りイザベラの頬を平手打ちした。
「イザベラ・・・っ」
母親がイザベラを抱き起こすと左頬が赤く腫れ上がり、口の中を切ったようで僅かに口元に血が滲んでいた。
「貴方!どうして手を上げ・・・────」
愛する娘の頬を打った夫を責めようと顔を見上げた妻は、その射るような鋭い視線に体を硬直させた。
初めて感じる夫の魔力による威圧に、無意識に体が震える。それは隣りにいる娘も同じだったようで、ガタガタと体を震わせていた。
「所詮、子爵上がりの女が育てた子供がコレか。公爵家の人間としての品位も知性も何もない。コレなら血筋も振る舞いもマリーベルの方が遥かに上だ。外見がいいだけの女など、社交界に腐る程いるんだよ。自分達が特別などと思い上がるなよ。いいかイザベラ。お前は王家に嫁ぐんだ。それが受け入れられないなら公爵家に要らん。母親と一緒に出て行け」
「まっ、待って貴方!イザベラは本来なら出来る子なのよ!ちゃんと第二王子と結婚出来るわ。だから出て行けなんてそんな悲しい事言わないで!」
「───結果を出せ。公爵家に役立たずは要らん」
(どうして・・・私がこんな目に遭うの・・・?何であの女が私より幸せに暮らしてるのよ・・・、私のエイダン様の子供まで産んで・・・、何でこうなったの?何で?なんでなんでなんでなんでなんでなんで?)
イザベラの瞳から光が消える。
その日の深夜、眠れずに虚な目で月を眺めていると、黒いローブの男がベランダに降り立った。
一体何処から現れたのか、その不思議な現象は虚なイザベラの前ではどうでもよいことだった。
「ほう、良いなお前。魂が真っ黒だ。ここまで邪悪な魂は中々お目にかかれないぞ」
「・・・だれ?」
「俺か?俺は、神だ」
何を言っているのか。この男は頭がおかしいらしい。
無視しようと踵を返そうとした時、男はイザベラの腕を掴んで抱き寄せ、その唇を塞いだ。
「!?」
見知らぬ男に唇を奪われ暴れるが、魔力を吸い取られる感覚が身体中を駆け巡り、一気に力が抜ける。
イザベラが暴れた拍子に男が頭に被っていたフードが取れ、口付けたまま突如現れた人外な美貌にイザベラは目を見開いた。
漆黒の長髪にルビーのような赤い瞳で見つめられ、イザベラは体を震わせた。
先程父親からも恐怖心を与えられたが、目の前にいる男はその比ではない。神というのは本当かもしれないと思うほど、耐え難い恐怖感が溢れ出す。
恐らくこの男に逆らえば、自分は一瞬で死ぬ。
それほどに、目の前の男は邪悪な存在だった。
気を失う寸前まで魔力を吸われたイザベラは、唇を離した後、男の胸に顔を埋める形でよろめいた。
「すごい邪力だな。結構力が戻ったぞ。よし、お前気に入った。俺の食糧となれ。継続的に力を吸いたいからお前は殺さないでいてやる。その代わりお前がこれからすることを手助けしてやろう」
イザベラは男の言葉にギクッと体が跳ねた。
何故今会ったばかりの男がイザベラのやろうとしていた事を知っているのか。それすらも恐怖でガタガタと体が震える。
「そう、怯えるな。俺はお前の願いを叶えてやりたいだけだ。その方が邪力が増して俺の糧となるからな」
そう言って再びイザベラを抱き寄せ、耳元で囁く。
「お前には、全ての幸せを奪い取って殺したい相手がいるだろう?」
「─────ええ」
「俺がお前の望みを叶えてやろう。だから───」
男は狂気的な笑みを浮かべ、ただでさえ至近距離にも関わらず、更に唇が耳に触れるくらいまで距離を詰め、とどめの一言を囁いた。
「堕ちろ。イザベラ」
その言葉を聞いたイザベラの瞳が、
先程の虚な瞳よりも暗い、
漆黒の色に染まった─────。
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