愚か者 sideエイダン
迎えた魔力判定の日。
この日に限って王が体調を崩し、急遽王宮に呼び出されたエイダンはマリーベルについていけなかった。
その日は行けなくなったエイダンの代わりに、エイダンの父と母、マッケンリー公爵夫人、イザベラが同伴して教会に出向き、双子の魔力判定と洗礼式を行う予定だった。そして魔力測定器で測った結果、『魔力無し』だと判定され、その場が騒然となったそうだ。
なぜなら魔力は遺伝で継承される。
高魔力保持者のエイダンとマリーベルから魔力無しの子供は生まれない。そこで父と母にはある男の顔が浮かんだのだ。子爵家の次男で、平民との庶子である魔力無しのアルベルトの顔が───。
少し前に、誰も取り合わなかったがエイダンがアルベルトとの仲を疑っていたのと、アルベルトもエイダンと同じ黒髪と紫の瞳を持っていたために、皆が疑ってしまったのだ。
─もしや、双子はアルベルトの子ではないか?─
───と。
その時のマリーベルの顔は、絶望に染まっていたらしい。
王宮の医務室で知らせを聞いたエイダンも、ショック過ぎて頭が真っ白になった。
あんなに毎夜抱き潰したのに。
一体いつ2人は会っていたのだろうか。
───答えは決まっている。
自分が仕事で王宮にいる間に睦み合っていたのだろう。
見張らせていたケンウッドはそんな事実はないと否定していたが、ではこの結果をどう説明するのだ。
目の前が嫉妬で真っ黒に染まる。
手を置いていたソファの肘掛が魔力漏れで凍り付いた。
社交界にこの話はすぐに広まり、高位貴族の子供でありながら魔力無しだった双子の話や、マリーベルとアルベルトの不倫説が好き勝手に横行した。そして社交界でのマリーベルの評判はどんどん下がっていった。
そこからのエイダンはもう酷い有り様で、父や母、ケンウッドが何を言っても話を聞かず、嫉妬に狂って壊れた。
アルベルトは養子縁組を解消し、子爵家に戻したが子爵家からも縁を切られ、平民になった。最後までマリーベルとの関係を否定していたが、誰も耳を貸さなかった。
イザベラがマッケンリー公爵家のツテを使い、公的な調査機関を通してアルベルトとマリーベルの不貞関係の証拠を持ってきたからだ。
裁判でも使われる調査機関が調べた結果を、誰も疑う事はなかった。
こうしてマリーベルの不貞が証明され、エイダンと双子の親子関係が否定された。
─────そしてエイダンは、
マリーベルを部屋に閉じ込めた。
誰にも奪われないように、自分と世話係の専属侍女以外の人間との接触を絶たせた。
子供にも会わせなかった。
仕事も手につかずマリーベルに執着し、もう一度、今度こそ自分の子を生ませるのだと毎日抱いた。
毎日洗脳するように、狂ったように愛を囁いた。
マリーベルは最期まで不倫を否定していた。
愛しているのはエイダンだけだと。双子の事は何かの間違いだと。
泣きながら、何度も何度も訴えていたのに、
エイダンは噂と証拠の方を信じてしまった。
寄り添って微笑み合うマリーベルとアルベルトの姿がずっと脳裏に焼き付いていて、離れなかったのだ。
だからきっと、彼女はエイダンに失望し、
生きる気力をなくしてしまったのだろう───。
マリーベルは死んだ。
難産で双子を産んで産後の肥立ちが悪かったのと、魔力判定により与えられた周りからのストレスで気を病み、どんどんヤツれていった。
最後の方は嫉妬に狂ったエイダンに部屋に閉じ込められ、抱き潰されていたのだ。
何度も何度も治癒魔法をかけて身体を癒した。
それでも、心までは治せない──。
子供にも会えず、誰にも信じてもらえない絶望の中で、
マリーベルは衰弱死した。エイダンが部屋にいない間に。
エイダンを置いて、一人で逝ってしまった。
追い詰めて一人で死なせたのは、──自分だ。
マリーベルを失ってエイダンに残ったのは、生後半年ほどの親子関係を否定された子供達。
─────愛せるわけがない。
もう、何もかもがどうでも良くなった。
彼女のいない世界など、全てがどうでもいい。
そう思うなら、
全てを放り出して逃げるなら、
自分もあの時に死んでいれば良かったのだ。
死んでいたら、イザベラに子供の母になるから妻にしてくれと言われ、頷くこともなかった。
イザベラを嫌悪していたクセに、何もかもがどうでも良くなって子供を押しつけ、自分は仕事を盾に王宮に逃げたのだ。
全てのことを、放棄したのだ──。
その結果がこのザマだ。
双子の顔を見た時、衝撃で子供の前で取り乱してしまった。己の罪に気づいてしまった───。
自分は妻だけでなく、子供まで不幸にした。
気づける機会はいくらでもあったのに、ずっと目を背けて逃げ続けたせいで取り返しのつかない事になった。
死ぬ間際の、悲し気な瞳で自分を見つめていたマリーベルの顔を思い出す。
(──────誰か、俺を殺してくれ)
どんなに嘆いて悔やんでも、
愚か者の声はもう、
愛する人に二度と届かない。
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