嫌いな女 sideエイダン
これは核心に近い───。
10年前から誰かの謀略に巻き込まれている可能性が高い。
おそらく敵は複数。そのうちの1人はマッケンリー公爵だろう。あの女と同じく父親の公爵も狡猾で権力欲の強い人間だ。
自分と妻と子供達はその犠牲になった。
きっと、そういうことなのだ。
抑えきれない憎悪がエイダンの中に生まれる。
魔力が漏れ、エイダンの足下の床が一部凍りついた。
「エイダン様。殺気が漏れてます」
後ろからロイドが焦ったように声をかける。
「わかっている。まだ手は出さない」
エイダンは全ての証拠を揃え、自分達を陥れた敵を一匹残らず排除すると固く誓い、真っ直ぐに廊下を突き進んだ。
目的の人物と話す為に。
(────イザベラ。お前を絶対に許さない)
───だが、
一番許せないのは他の誰でもない。
───────自分だ。
**************
「エイダン様!」
扉を開けるなり、金髪の肉感的な体をしたイザベラがエイダンの胸に縋りついてきた。
「ずっとお会いしたかった・・・っ」
頬を染め、涙を浮かべながらエイダンの背中に手を回し、ひしと抱きつく。
室内だというのに、夜会に行くのかというような露出の多い派手なドレスを身に纏い、エイダンの胸に頬を寄せて「エイダン様・・・」と切ない声を上げている。
キツイ香水と押し付けられた柔らかい感触に悪寒が走り、エイダンはイザベラの身体を自分から離す。昔からこの熱の篭った視線で見られるのが不快だった。この女の纏う魔力もねっとりと絡みついてくるようで気持ちが悪い。
愛する妻を子供の頃から冷遇したこの女が、嫌いで嫌いで仕方なかったのに、なぜ10年前にこの女の言いなりになってしまったのか、───今更悔いても妻はもう戻って来ない。
イザベラを躱し、エイダンは目の前の1人掛け用のソファに腰をおろした。目線でイザベラにも座るよう促す。
全ての証拠が調うまで、この女には大人しくしてもらわねばならない。子供達にも手出しはさせない。
「2人の顔を見て気づいた。あの子達は俺の子だった。間違えようがないほど俺に似ている。幼児は成長するにつれ顔つきが変わる事を、何故気づけなかったのか悔やんでも悔やみきれないっ」
片手で顔を覆い、感情を吐露する夫の姿にイザベラの顔が青ざめていく。きっと魔力判定の不正がバレたのかと思案しているのだろう。
「もっと早く邸に帰ってあの子達と向き合っていれば・・・、自分の子であるなら魔力無しだろうが愛せたのに、何で10年もあの子達を放っておいたのか、自分が許せない」
「し、仕方ないですわ。エイダン様はお忙しいのですもの」
「お前は知っていたはずだな。一緒に暮らしていたのだから、あの顔を見れば2人が俺の子だとわかっていたはずだ。何故知らせなかった?」
「そ、それは・・・っ、旦那様は邸にほとんど戻られないから機会がなくて・・・」
「以前はこちらが来るなと言っても頻繁に王宮に押しかけて来たではないか。何故王宮まで報告にこなかった?手紙でも知らせる事は出来ただろう。そもそも10年前、あの子達が俺の子ではなく、アイツの子であると不貞の証拠を持って来たのはお前だったな?お前は、ホントは最初から知っていたのではないか?あの子達が俺の子であると」
言外に、魔力判定の不正の件で揺さぶりをかける。案の定イザベラは顔から血の気が引いて真っ白になっていく。
「違います!本当に知りませんでした!あの時貴方に見せた証拠もちゃんと公的機関で調べたものですわ。だから貴方も信じたのでしょう!?」
「ああ・・・今となっては当時の自分が愚か過ぎて反吐がでるけどな」
マッケンリー公爵の・・・現外務大臣の力を以てすれば、調査機関の人間の買収など容易かっただろう。今なら簡単に背景を疑う事が出来るのに、当時のエイダンは傷心で物事の裏を読めなかった。
「お姉様が貴方の義弟と浮気して裏切っていたのは事実ですわ!」
「───もういい。質問を変える。なぜヴィオラを虐待した」
「虐待ではありません。淑女教育の一環です」
ヴィオラの話になった途端、先程まで焦りの表情をしていたのが、一気に氷のような冷たい表情に変わった。
そこには母性など微塵も感じない。
あくまでしつけだと言い張る女を殺したい衝動にかられるが、10年放置していた自分も同じ穴の狢なのだと感情を抑えた。
「わかった。では金輪際あの2人にお前が関わる事を禁ずる。今後あの子達の世話はロイドとケンウッドに一任するからお前は一切手を出すな」
「なっ、何故ですか!私はあの子達の母親です!」
「お前が?ハッ、随分俺も甘く見られたものだな」
「っ!」
突然受けた強大な魔力の威圧にイザベラは前のめりになり、ソファから落ちそうになる。
上からものすごい圧力をかけられて顔があげられなかった。夫の強烈な怒りに心拍数が跳ね上がり、呼吸がうまくできない。
「王都にいた頃からお前がヴィオラを虐待していた事は知っている。クリスフォードの看病だって侍従任せでお前は寝る前に顔見せる程度だそうじゃないか。社交界で謳われている良妻賢母が聞いて呆れるな?お前が自身で成し遂げた事など自分を良く見せるための情報操作だけではないか」
「くっ・・・、エイダン様・・・っ、威圧を解いてくださ・・・っ」
「俺の名を呼ぶな・・・っ、虫酸が走る」
「なぜ・・・っ」
涙を流しながら、苦しそうに肩で息をしているイザベラを見ても、エイダンは何も感じない。
「旦那様っ」
ロイドの咎めにチッと舌打ちをしてエイダンは威圧を解いた。その瞬間イザベラはソファの上に体勢を取っていられず、背もたれに沈んで浅く息を繰り返している。
顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。
「こんな・・・っ、こんな仕打ちお父様が許すはずないわ!」
「別に好きに言ったらいい。俺は離縁しても一向に構わん。そのかわり、マッケンリー公爵家と王家の繋がりは薄くなるがな」
事もなげに簡単に離縁を口にする夫に、イザベラは酷く傷ついた表情を見せた。
「なぜ貴方はいつもそうなのですか・・・っ、私はずっと、初めて貴方に会った時からずっとっ、ずっと貴方だけを愛してきたのに!何故貴方はいつまで経っても私を見ないのよぉぉ!!」
イザベラの慟哭が部屋に響き渡る。
しかし、
エイダンの心には届かない───。
エイダンの心にいるのは1人だけ。
ヴィオラとクリスフォードの生みの母親。
マリーベルただ1人だけ。
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