隠された事実
そこには、確かに書いてあった。
『魔力酔い』と。
「どういうことだ?僕は魔力無しじゃなかったのか?」
クリスフォードは複数あるうちの一枚のカルテを手にして、驚愕の声を上げた。ヴィオラも同じく、驚きを隠せない。
「私共も、旦那様からはお二人は判定の結果、魔力なしだと聞いておりました。これは一体どういう事なのか・・・」
ロイドとケンウッドも知らなかった事実のようだ。
この国の貴族は、生まれてから100日目に教会の洗礼を受け、魔力判定を行う習わしがある。
魔力量はそのまま貴族の序列に比例し、魔力量が高いほど爵位が高くなる。
下位貴族は生活魔法を使える程度の低い魔力量、平民は魔力なし。というのが一般常識とされていた。
下位貴族や平民で魔力量の多い者がたまに生まれる時もあるが、そういった者は大抵が幼少期に魔力暴走を起こしたりするので、その時点で国が保護し、魔法士として教育し、国で管理している。
そのため、魔力がある者は平民でさえも国に申請する義務があるのだ。魔力は使いようによっては武力となるため、国が管理する必要がある。申請をしない者は反逆者と捉えられる。
それらの前提があるこの国で、中位貴族で優秀な治癒魔法士の子供でありながら、魔力なしと判定を受けたクリスフォードとヴィオラは異例であり、当時は社交界をいろいろな噂で賑わせた。
1番多い噂が、『平民との不貞の子供』。
母イザベラは当時、産後に受けた社交界の洗礼により心を病んでいったというのが使用人達の見解だったらしい。
それが、『魔力酔い』とは一体どういう事か。
魔力酔いの症状が出るのは高い魔力量を有する者に限る。
魔力の無いクリスフォードに起こる症状ではない。
考えられるのはやはり───改ざん。
「2人は、バレットが長年の母上の愛人だという事は知ってる?」
クリスフォードがロイド達に尋ねると、ずっと領地にいたロイドは知らなかったみたいだが、ケンウッドは知っているようだった。つまりは父親も把握済みという事だ。
そして10歳の子供に、その手の話をする事に抵抗があるのか、2人はばつが悪そうな顔をしていた。
「バレットは母上の手の者だから、カルテを改ざんしている可能性は高い。だがケンウッドが魔力酔いの情報を知らないとなると、このカルテの内容はバレットと母上だけが知る情報みたいだね」
「数日バレットと奥様を監視してカルテの保管場所と製薬工場の現状を探っていたのですが、クリスフォード様が手にしているものだけが製薬工場の重要書類の中に入っていました」
「製薬工場?バレットの部屋で見つけたんじゃないの?」
「いえ、奥様の執務室です」
クリスフォードが顔を顰める。
「──────つまりこれは事実って事だね」
「バレットは二重にカルテを作成してたって事ですか。一体何のために?」
ロイドがこめかみを抑えて低く唸る。
そして、次のケンウッドの発言に全員青ざめた。
「このカルテの情報が事実なら、高魔力保持者を隠匿したとして伯爵家は反逆の罪に問われますよ」
国への反逆は重罪だ。
一族極刑に処される。
恐ろしい事実に冷や汗が止まらない。
この事が国にバレたら皆死ぬのだ。
震えるヴィオラをクリスフォードが抱きしめ、背中を優しく摩った。ヴィオラも思わずクリスフォードの背中に縋り付く。
改めて母イザベラが怖くてたまらない。
目的はわからないが、ヴィオラ達に殺意を抱き、陥れようとしているのは紛れもない事実だった。
「大丈夫だよヴィオ。僕が守るから。だから僕の病を治すの手伝ってくれる?」
そうだ。まずはクリスフォードの病気を治す事。
それが達成されない事には何も始まらないのだ。
ヴィオラは力強く頷き、再び複数のカルテを読み込んでいくが、医療技術が前世より遥かに劣っているため、大まかな診断内容しか記載されていない。
この世界には医療器具が応急処置程度のモノしかなく、レントゲンやエコー、CTスキャンなどの精密機器は存在しないのだ。
だから病の特定は医者の私見による所が多い。
クリスフォードのカルテは主に喘息と虚弱体質との診断結果だった。
「こっちのカルテには処方されている薬を見ると、喘息の発作を抑えるものと、気管支を広げたり、炎症を抑える薬が出てる。後は虚弱体質による食事療法などの記載があるから、特別重い病ってわけじゃないみたいだけど」
だからおかしいのだ。
この程度の症状で喘息に特化した薬がこの世界に存在しているなら、10年も日常生活に支障が出ていること自体がおかしい。
虚弱体質だとしても、命を脅かすほどの発作を定期的に起こすのもおかしいし、今考えればあれは喘息の発作とは種類が違う様に思う。
やはり考えられるのは診断結果の改ざん、もしくは処方されている薬が適切なものではない可能性が高い。
「ヴィオラはどう思う?」
「・・・この診断結果が事実なら、お兄様が10年もベッドに伏せっている状態はおかしいと思います。診断結果が正しく、薬が適正なモノなら激しい運動は出来ずとも、普通の暮らしを送っていてもおかしくないですし、ましてや自然豊かな領地で暮らしている今、完治しても良いくらいなのに悪化するなんて考えられない」
「────つまり、僕の病はバレットと母上が作り出してる可能性が高いって事だね」
一体何のために。
ここまでやるとは、ただ社交界での評価を上げるためだけだとは思えない。もっと底知れない怨嗟の念を感じる。
「申し訳ありません、クリスフォード様。本来なら私が把握して手を回していなければならない案件です」
ケンウッドが床に膝をつき、クリスフォードに頭を下げる。
「仕方ないよ。父上からは母上が醜聞を撒き散らさないよう抑えろと言われているだけでしょう?めったに邸に帰らない父上が母上の異常性に気づけるはずがないよ。それに、僕らもまだ何もわかっていない。もし魔力が僕たちにあるなら王家を巻き込む一大スキャンダルだ。慎重に事を進める必要がある」
「そうですね。もしこの事が明るみになれば伯爵家は全てを失います。私はこの事を旦那様に報告して、当時魔力判定を行った司祭が誰か調べてきます」
今後の方針を固めたケンウッドに、クリスフォードが待ったをかける。
「ダメだケンウッド。父上には何も言うな」
「っ!・・・しかし私には報告の義務が」
「僕は体調さえ良くなれば成人する16歳で伯爵家を継ぐつもりだ。6年後には父上には早々に引退していただき、大好きな医師としての道を歩んで欲しいと思っているよ。さてケンウッド。そこで君に質問だ。伯爵家から逃げ出して王宮に引きこもっている無能な当主と、今後伯爵家を動かす事になる次期当主。君はどちらに忠誠を誓う?」
クリスフォードの刺すような視線がケンウッドを捉える。逃げ出した無能な当主に何ができるのか?そいつはお前が従うに値する男なのか?と目線だけで訴える。
10歳とは思えない次期当主の気迫にケンウッドは完全に飲まれた。そしてしばらく瞳を閉じて考えた末、再び頭を下げた。
「私の忠誠を、クリスフォード様に捧げます」
「ありがとう。心強いよ。よろしくね」
にっこり笑うクリスフォードを見て他3人の空気が和らいだ。同時に3人とも次期当主はなかなかの腹黒でクセが強く、将来大物になりそうだと思った。
「ん?」と再びクリスフォードがにっこり笑いながら圧をかけてきたので、3人ともにっこり笑って首を横に振った。
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