身近に潜む
「ほらヴィオラ、口を開けて」
「…………」
「……頑固だなヴィオラは。仕方ない。そっちがその気なら――」
途中で言葉を区切ると、ノアの体が光に包まれて容姿がゆっくりと変化していく。
少し線の細かった青年の体つきは、がっちりと鍛えられた精悍な大人の男性へ、そして茶色だった髪はグレンハーベル帝国の王族の証である白銀色に変化し、十六歳の青年から二十一歳の大人の男性へと変化した。
ヴィオラの前に神々しいほど美しい皇弟ノアが現れ、その眩しさに思わず瞳を閉じた。そして慌ててノアの膝の上から降りようとしたが、がっちりと腰を掴まれ、動きを封じられる。
「あ……あの、ノア様……下ろしてください」
「ヴィオラがちゃんと食べれば下ろしてあげるよ。さあ、口を開けて」
「…………あの、自分で」
「自分で食べないから俺が食べさせようとしてるんだろう?」
カットされた林檎を満面の笑みで口元に持ってくるノアの表情を見て、その笑顔の圧にヴィオラは諦めた。
皇族の膝の上で給餌されるという震える状況に、ヴィオラが逆らえるわけもなく、ノアのなすがままにフルーツとハチミツ入りミルクを平らげた。
「も……もう、お腹いっぱいです」
「よろしい」
「良かったです、ヴィオラ様。今湯あみの準備をしてきますね」
「うん。ありがとう、カリナ」
やっと解放されたヴィオラはノアの斜め向かいのソファに腰を下ろし、恭しく頭を下げた。
「ご迷惑をおかけして大変申し訳ありませんでした」
「ヴィオラ。そんなにかしこまるな。別に迷惑だなんて思っていない。ただ心配しただけだよ」
「ありがとう、ございます」
元気なくお礼を言うと、瞼にノアの指が触れた。
「っ」
「ああ、ごめん。赤く腫れてしまっているから視界が悪くなっているだろう。クリスに治してもらうといい」
ノアの言葉のすぐ後に、「呼んだ?」と言いながら兄のクリスフォードが部屋に入ってきた。
「うわ……ヴィオラ。瞼が腫れすぎて糸目になっているよ。僕が治してあげる」
ヴィオラの前に膝をつくと、クリスフォードは妹の目元に手をかざし、治癒魔法を施した。お腹も満たされ、治癒魔法で体の疲れも少し取れたことで、ようやく冷静さを取り戻し、先程までの子供じみた自分の行動がとても恥ずかしくなる。
「お兄様にも迷惑かけて……じゃなくて、心配かけてごめんなさい」
「ヴィオは何も悪くないよ。悪いのはあの脳筋バカなんだから。――ヴィオはあんな奴でもこのまま婚約を継続する気? 僕は正直、解消してもいいと思うよ。あんなこと言われてまで婚約関係を維持する必要なんかない」
「クリス、昨日も言っただろう。決めるのはヴィオラだ。お前の気持ちを押し付けるな」
「じゃあノア様はあのクソ野郎に、妹が傷つけられるのを黙って見てろって言うんですか!?」
「そうじゃない。とりあえずお前は落ち着け。また魔力が乱れてるぞ」
クリスフォードから闇属性の魔力が漏れているのに気づき、ヴィオラは慌てて兄の手を握って光属性の魔力を流し込んだ。温かいその魔力に中和され、クリスフォードの負の感情が沈められていく。
「まったく、二人ともまだまだ修行不足だな。ここが結界が張られているオルディアン伯爵家だからいいものの、学園でそんな頻繁に魔力を放出されたら速攻でお前たちが邪神に目をつけられるんだぞ。ただでさえ偽聖女が現れてピリピリしてるんだ。お前たちには今以上に気をつけてもらわねばならない」
「偽聖女……?」
「もしかして、光と闇の精霊が言ってたやつ? 見つかったんですか!?」
「そうだ……しかも、俺たちと同じ学園の生徒で、同学年だ」
「は!?」
(そんな身近にいたの……?)
聖女の器に、邪神が召喚した魂を埋め込まれた偽物の聖女。
本来ならヴィオラの前世であるミオの魂が聖女の体に入るはずだったが、復活を目論んだ邪神が聖女を誕生させないために干渉し、偽物に作り変えた。
偽聖女の能力は未知数で、邪神との関係性も全くわかっていない。敵なのか味方なのかもわからないのだ。
そんな要注意人物が思ったよりも身近にいたことに、ヴィオラもクリスフォードも驚愕した。
「それってつまり、邪神が学園に潜んでいるかもしれないってことですか?」
面白いと思っていただけたら評価&ブックマークをいただけると励みになります(^^)




