カタリナの旅路
「さて、取り敢えず今から町を出るのは時間的に半端だねぇ。今日はこの町に一泊して、明日の昼前に準備を済ませてから昼食を食べて出発って感じでどうかね。」
「賛成!サクラ様とベッドで寝れる!」
櫻の提案にアスティアが喜びの声を上げるとギルド内の人々の視線が集中し、櫻は慌ててアスティアを窘めた。
「そうだね。まだ予算は余裕だし、折角の大きな町だ。入り用な物の調達もそうだけど、お嬢達の服も買い揃えたいしね。」
「カタリナの服もですよ?」
カタリナがほくほくと櫻達の着せ替えに胸を躍らせると、命にツッコミを入れられ、少々困ったように苦笑いを浮かべた。
「そうと決まれば早速宿探しだね。カタリナ、何処か当ては有るかい?」
「あぁ。そうだねぇ…あそこで良いかな。」
そう言ってカタリナは『うん』と頷いた。
そしてギルドを出ると一同は荷車に乗り込み、カタリナの運転で町の中を駆ける。大通りから少し外れた小規模な道に入り少し行くと、その下町のような雰囲気に溶け込むような二階建てのこじんまりとした宿屋が姿を現した。
その宿屋は外観から見ても小綺麗で、しっかりと荷車とホーンスを休ませるスペースも完備されていた。
駐車場へ荷車を置いて来たカタリナを正面入り口扉の前で待っていた櫻達に、カタリナは
「皆、済まないけどここはアタイに合わせてくれないか?」
と前置きをしたうえで扉を開き中へと入る。
「いらっしゃい…うん?カタリナかい?」
中へ入った櫻達を出迎えたのは見た目40歳程の少々恰幅の良い女性、恐らくこの宿の女将だ。その女性は、その集団の中にカタリナの姿を見かけると少々驚いたように声を掛けた。
「あぁ。久しぶり。部屋は空いてるかい?」
少々照れ臭そうに軽く片手を上げ控え目な挨拶。
「久しぶりだねぇ。あぁ勿論空いてるさ、悲しい事にね。」
そうは言うが女将の態度に悲壮感は微塵も無い。
「それじゃ四人部屋を頼むよ。あと食事は二人分、酒も付けてくれ。」
「あいよ。ほら、部屋の鍵。上って左の一番奥だよ。」
カタリナは手慣れたように女将から鍵を受け取り、一階隅に有る階段へ向かうとトントンと軽快な音を立てて上って行く。櫻達も後を追うようにそれに付いて行った。
ガチャリと部屋の入り口扉を開け中へ入ると、正面に見える窓の外は夕陽に照らされた建物と影を落とす路地が目に入る。
入って直ぐの壁際に木製の長テーブルと、それを挟むようにして2脚の木製ベンチのような椅子が有り、窓際にはベッドが4つ、窓へ頭を向けて整然と並ぶ。
カタリナは部屋の隅の金具に括られたロープを解き、天井に吊るされたランプを床に下ろすと灯りを灯し、ベッドの横に荷物を置いて腰を下ろすと『ふぅ』と一息ついた。
「…随分手慣れてるねぇ。」
部屋の入り口でその手際を眺めていた櫻が感心したように言う。
「ハハッ、ここはアタイが駆け出しの魔物ハンターだった頃に結構長い事世話になってた宿なんだよ。」
「そうだねぇ。3年位居たんじゃないかい?」
櫻達の背後から声がしたかと思うと、そこに居たのは両手に料理の乗ったトレイを持った宿の女将だ。櫻達が道を開けるように左右に寄ると、女将は部屋の中へ入って来てテーブルの上にトレイを置く。
「ふふ、まさかあのカタリナが、こんな美人の嫁さんと可愛い娘を二人も連れて帰って来るなんて思わなかったよ。」
「嫁さん!?」
カタリナが珍しく顔を真っ赤にして驚きの声を上げる。
「おや?違うのかい?てっきり家族を連れて里帰りかと思ったんだけどね?」
命、アスティア、そして櫻へと目を向け驚くカタリナに微笑む。
「いや違うって!ちょいと訳が有って一緒に旅をする事になった仲間だよ。」
「でもまぁ、死ぬまで一緒だって誓ったんだから家族みたいなもんでは有るよねぇ。」
慌てて言い訳をするカタリナを面白く見ていた櫻が話に乗って悪戯顔を浮かべる。
「へぇ…死ぬまで。」
「いや、女将。変な誤解はしないでおくれよ?」
アワアワと行く当ての無い手を動かす。
「ふふ。いや、変な意味じゃないさ。あんなに頑なに『独りでやっていくんだ!』って意固地になってたアンタに、そこまで信頼を置ける仲間が出来たんだねって思うと、何だか感慨深くてねぇ。」
「…そんな昔の事を言わないでおくれよ。」
少し頬を赤らめ、カタリナはバツが悪そうに口籠った。
「あはは、そうだね。昔の事さ。今のアンタは昔とは違う、それが良く解ったよ。さて長話も何だね、料理が冷めちまう。アタシは失礼するから後は家族でゆっくりしていっておくれ。」
気風の良い声を響かせて女将が部屋を出て行く。櫻達はテーブルの上に目を向けると、そこに置かれた料理は明らかに2人前とは思えない量が盛り付けられたものであった。
「女将…アタイらが食うに困って二人分で済ませようとしてると思ったみたいだねぇ…。」
「気持ちの良い人じゃないか。折角なんだ、厚意には甘えないと失礼ってもんだよ。」
微笑む櫻の言葉にカタリナもフッと笑顔を浮かべると、テーブル席に着き山盛りの肉にフォークを突き刺すのだった。
「はい、サクラ様。あ~ん。」
アスティアが櫻の口元に料理の刺さったフォークを持って来ると、櫻もそれを素直に口に含みモグモグと味わう。噛み応えのある肉が、それでも一噛みするだけで口の中でホロリと解れる。
「んん…?多少筋張った肉だけど、筋切りや煮込みがしっかりされてて食べ易いねぇ。」
「だろう?ここの女将は安い食材を美味くするのが上手いんだよ。アタイがここに厄介になってた時は、少し金に余裕が出来たらここの飯を食うのが楽しみの一つだったもんさ。たまには自分で狩った食材を持ち込んで調理して貰ったりもしてね。」
昔を懐かしむように料理を口に運ぶカタリナ。
「そう言えば以前に言っていたね。独り立ちしてからは食うに困ってた時期が有ったって。前にお前さんに聞いた話とさっきの女将の言ってた事じゃ随分と独り立ちのニュアンスが違うようだったが…何かあったのかい?」
櫻の言葉に、カタリナはピクリと肩を震わすと料理を運ぶ手が止まった。
「あ…いや、すまん。言いたくない事なら無理に言う必要は無い。」
明らかに様子の変わったカタリナに、櫻も慌てて前言を撤回するが、
「いや、別に黙ってる程の事でも無いからね。いいよ。アタイの駆け出しの頃の思い出話だ。あれは腕試しと修行がしたくて13で里を飛び出してからだったね…。」
そうしてカタリナは昔話を始めた。
それはカタリナが13歳の頃。ライカンスロープの集落にも例に漏れずギルドは存在し、そこには多様な種族が仕事の関係で訪れる。少々閉鎖的な集落では有っても時代の流れによって変化はしていくものだ。
多くの若者が外の世界に興味を持ち、集落を出て行っては里帰りをして外の世界の夢のある話を子供達に聞かせ、その話を聞いた子供達もまた外の世界へと憧れを抱く。カタリナもそんな子供達の一人だった。
外の世界を体験したいという好奇心と、強くなりたいという向上心が合わさったカタリナは、両親にその事を話すと少しばかり寂しい表情を見せはしたが意外にも快く送り出してくれたのだと言う。
意気揚々と集落を飛び出したカタリナは大陸中央を縦断する街道を目指し、近くに在った町へ立ち寄り魔物ハンターとしての生活が始まった。
最初は小さな依頼を『野良パーティー』と呼ばれる寄せ集めのメンバーでこなし、ある程度の資金が貯まったら次の町へ…という風にフラフラと旅を続けていた。そんな生活をしている内に野良パーティーでもある程度の効率的な狩猟が出来るようになり、カタリナはハンターとしての自信を付けて行った。
だが3年程もそんな生活を続ける中、男三人とのとある野良パーティーで数日掛かりの野宿の最中にそれは起こった。
テントの中でぐっすりと眠っていたカタリナは、突然自身を押さえ付け衣服を剥ぎ取る強い力に驚き目を覚ました。
両腕をテントの床に押さえ付けられた状態で慌てて首を起こすと、目の前には猛々しく起つイチモツが露わに、驚くカタリナの口へとねじ込まれた。喉奥まで強引に挿入されたソレに嘔吐き反射的に涙が浮かぶ。しかし男達はそんな事は構わず暴れるカタリナの腰を持ち上げると、熱いモノが押し当てられた感覚にカタリナは全身に鳥肌が立った。
「まさか…。」
食べる物も喉を通らず櫻の表情が嫌悪感を顕わにする。アスティアも固唾を飲んで櫻の袖をギュッと掴んだ。しかし
「ははっ、アタイがそんな連中に好き勝手にされると思ってるのかい?」
カタリナは目の前の皿に盛られた肉にフォークをブスリと突き刺し口に放り込むと、良く噛み締めゴクリと飲み込んだ。
そして話を続ける。
カタリナの口を蹂躙していた男が悲鳴を上げ、腰を持ち上げ今まさに行為に及ぼうとしていた男へ倒れ込んだ。
何事かとカタリナを押さえ付けていた男も倒れた男を見ると、股間から大量の血を流し、その先に在る筈のモノが無くなっている事に気付いたのだ。
そしてカタリナを見る。その口元にはベットリと血が付着し、その口をモゴモゴとさせ中からプッと吐き出したのは、先程まで突っ込まれていた男のモノだった。
カタリナの身体を押さえていた男、そして腰を持ち上げていた男は、その事実に気付いた途端に今まで隆々としていたモノは萎れ、顔を青褪めさせると慌ててカタリナから身を離した。
「へへっ、あの時のあの連中の顔と来たら、ざまぁ無かったね。」
カラカラと笑うカタリナであったが、その時の感情が蘇ったのか口調は何処か攻撃的で勢いよく酒を呷る。その様子に櫻達は呆れた顔を浮かべて話の続きを聞く。
自由になったカタリナが身を起こすと、男達は逆上し、下半身を丸出しのままで襲い掛かって来た。しかし怒りに目の座ったカタリナはそれを冷静に捌くと、一人は握り潰し、一人は捻じ切り、其々のモノを使い物にならないようにしたのだ。
だがテントの中に倒れ泡を吹く三人を見て冷静さを取り戻したカタリナは、やり過ぎたと焦り、剥ぎ取られた衣服だけを拾い上げるとその場から逃げ出した。
夜通し走り通し、朝焼けの中で木の根元に腰を下ろし少しばかりの睡眠を取ると、日の高い内に次の町までと再び走った。
着の身着のままで逃げ出したカタリナには食糧も水も無かった。空腹と喉の渇きに限界を迎えながら、何とか辿り着いた町。それが『センティラキタ』であった。
「水は井戸が直ぐに見つかったから何とかなったんだがね。アタイは知っての通り腹持ちが悪いだろう?金も逃げる時に置いて来ちまって兎に角腹が減って仕方なかったんだ。そんな時にこの宿の傍を通ったら厨房からかね?良い匂いがしてねぇ…。」
食欲をそそる良い匂いに誘われたカタリナはフラフラと厨房の裏口と思われる場所へと誘われた。するとそこには、その日に出たのであろう食材のクズや残飯が捨てられていた。
カタリナはゴクリと喉を鳴らすと、それらを拾い僅かに躊躇った後に口の中へ入れた。そしてまだ食べられると判断すると、イケそうな物を探して生ゴミの中を漁ったのだ。
するとその時、その音に気付いた宿の女将が裏口の扉を開けた。そして生ゴミを漁るカタリナと目が合い、僅かばかり無言で見つめ合った。
「いやぁ、あの時はバツが悪くて逃げようか言い訳しようか迷ったんだけどねぇ。でも女将が先に声を掛けてくれてね。」
『そんなモンよりもっと美味い物食わせてやるよ。ほら、こっちに来な。』
そう言って女将は扉を開け広げ、カタリナを招き入れた。そしてテーブルに着いたカタリナの前には、良い匂いを漂わせた温かなクズ野菜のスープと、安い肉の切れ端を何層にも重ねて厚みを持たせたステーキが差し出された。
見た目は決して良い物では無かったが、それらを一口含むと口の中に広がる味わいは言葉を忘れる程で、カタリナは夢中で貪り瞬く間に平らげた。
腹を満たした事でやっと気持ちを落ち着けたカタリナは女将に礼を言うと、何も言わずに食事を与えてくれた恩に応える為にこれまでの経緯を話し、改めて金が無い事を詫びた。
女将はそんなカタリナに
『代金を取れる代物じゃないんだ、そんな事気にするんじゃないよ。それよりアンタはこれからどうするんだい?』
と心配までしてくれた。
カタリナは当然魔物ハンターを続けるつもりでは有ったが、ハンターという荒事に就くのはほぼ男ばかり。元々男に興味の無かったカタリナではあったものの、先の出来事で男は忌避するものへと変わってしまっていた。その為野良パーティーを組む事も出来ず結果として独りでのハンター生活が始まったのだった。
当然仲間の居た今までとは戦いの勝手が違う。常に自分を狙って来る魔物を相手に後ろを取る事も難しい中、何度も危険な目に遭いながら戦いの経験を積んで行った。
「まぁその過程で獣獲りも上達して宿の食材の調達なんかも手伝ってね、今の旅の役にも立ってる。悪い事ばかりじゃない。」
酒をゴクリと一口飲むと、既に目の前の皿は空になっており、未だ大量に残っていた櫻の皿から肉を摘まむ。
「…それから3年程も此処を拠点に世話になってね。ある程度の技量が備わったと実感した頃に一旦町を離れて大陸を旅する事にしたんだ。」
そうして2年程もブラブラと大陸中を気儘に巡ったカタリナであったが、何処かマンネリ化した旅に飽きフラフラとセンティラキタへ舞い戻った。そして旅の土産話と愚痴を久しぶりに会った女将に話していると
『それなら海を渡ってみたらどうだい?』
と提案をされる。
その頃には男嫌いも緩和され、下心の無い相手であれば普通に接する事も出来るようになっていたカタリナは、船乗り達から大陸の外の話を聞くと好奇心を刺激された。それは集落の中で外を経験した大人達から聞いた話を思い起こさせ、何の迷いも無くセガワ行きの船に飛び乗った。
「そうしてのんびりとしたペースで東大陸を2周くらいした頃だったかなぁ?そろそろ飽きたし次に行ってみようと思って『カムナル』に向かったんだ。まさかそれがこんな旅に繋がるとは夢にも思わなかったよ。全く、人生ってのは何が起きるか解らないねぇ。ま、それが面白いんだけどね。」
そう言って酒の入ったコップをグイッと呷ると、その中身は既に無くなっていた。
「ありゃ?もう無いのか…。」
珍しくカタリナの顔はほろ酔い加減の赤みを帯びていた。昔を思い出し話に熱が入ったせいなのだろうか、飲むペースを誤っていたのだ。
そんな有様でありながら、更に櫻の食事のトレイに添えられていたコップにまで手を出すと、それを瞬く間にゴクゴクと喉を鳴らし飲み干してしまった。そして徐に立ち上がったかと思うとフラフラと歩き出し、そのままベッドへと横たわる。
「あ~…思い返せばアタイも随分と…。」
その言葉は最後まで発せられる事は無く、スゥと消え入ると、カタリナからは静かな寝息が聞こえ始めた。
「カタリナ…寝ちゃった?」
アスティアが呆気に取られながら覗き込むと、口を半開きにしてだらしなくも何処か安心しきった寝顔がそこにあった。
「ふふ、久しぶりに実家みたいな場所に帰って来て、気が緩んだのかもしれないね。」
そう言って櫻が窓の外に目を向けると、既に外は夜の闇の中。
「まぁ少し早いが、このままぐっすり寝かせておこうか。」
とカタリナの寝顔に微笑みを向けた。
「それにしても…その男達はよくこの口に突っ込もうと思ったもんだね…。」
ギザギザとした牙のような歯が並ぶ口の中を見て櫻が呆れ気味に呟いた。
「その人はどうして突然口に入れたんだろう?塞ぐだけなら手で充分だったと思うんだけどなぁ。」
アスティアが不思議そうに小さく首を傾げる。
「お嬢様、それはですね…。」
「命、アスティアに変な事は教えないでおくれよ?」
「はい。失礼しました。」
頭を下げる命と困ったような櫻のやり取りに益々首を傾げるアスティアであった。




