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中央大陸上陸

 船に揺られ一晩を過ごし、朝日の中を甲板に出た櫻達が目にしたもの。それは船の向かう正面、遠くに見える不思議な光景だった。

「何だい?ありゃぁ…。」

 それはまるで高層建築のビルが立ち並ぶかの如く、巨大な何かが天を()くように立ち並ぶ光景。上部は雲を被ったように見える、恐らくは中央大陸に在ると思われるそれを遠く海の上から眺め、櫻は驚きの声を上げた。

「はははっ、驚いたかい?あれは中央大陸の真ん中に広がる『古代の森』さ。」

 櫻の背後からカタリナの元気な声が聞こえた。

「『古代の森』?」

「あぁ。中央大陸の丁度真ん中辺りに広がる森でね、真っ白で巨大な木々が生い茂る広い森が有るんだよ。何でも人類が誕生する遥か前から在る森らしくて『古代の森』って呼ばれてるんだ。」

「ほぉ~…これは流石(さすが)に驚いた…。」

流石(さすが)は異世界…地球(あっち)じゃ考えられないものが今までにも色々在ったが、これは別格だねぇ。)

 感心し溜め息を漏らす櫻。しかしある事に気付く。

「ん?中央大陸の真ん中?それが正面に見えるって事は、この船は大陸の中心に向かってるって事かい?」

「まぁそうだね。中心よりはちょいと北に寄るけど、まぁ殆ど中心みたいなもんだ。」

「何でそんな…もっと北に港町は無いのかい?」

「それがねぇ…ほら、あっち。見えるかい?」

 そう言ってカタリナが指差したのは大陸の北側だ。

「…いや、良くは見えないね…。」

 目を細め額に手を当て遠くを見るが良く見えず眉間に(しわ)が寄る。

「ま、こんな距離からじゃ見えないか。中央大陸の東側、つまりコッチ側の海沿いはね、大半が切り立った山脈になってるんだ。とても人が住める場所じゃないし、仮に住めたとしても港町を作れる地形じゃない。」

 カタリナが(てのひら)を上下に動かし急勾配の地形を表現しながら説明をする。

「それで、なだらかに海に面してるのが大陸の中央部分だけなもんで、必然的に港が出来るのはそこだけになる。だからコッチ側から渡るとどうしてもソコに船が集まる訳さ。」

成程(なるほど)ねぇ…って事は、結局また大陸の中を旅する事になる訳だ。」

「まぁそうなるね。けど()いじゃないか、その方が色んな景色が見られるさ。」

「ふふっ、そうだね。折角の旅だ、楽しまなきゃ損ってもんだ。」

 こうして天気にも恵まれた海原(うなばら)を進む船の中さしてトラブルも無く、新鮮な海の幸がふんだんに使われた昼食に舌鼓(したつづみ)を打つ内に、中央大陸の港町『センティラキタ』が目と鼻の先へと迫っていた。


 船の(へり)から身を乗り出すようにして入港の様子を眺める櫻達の元へ、船長がやって来た。

「お客人、お待たせ致しました。目的地『センティラキタ』へ到着で御座います。」

「今回は何のトラブルも無く無事に到着出来て助かったよ。有り難う。」

 丁寧に頭を下げる船長に櫻が声を掛けると

「ん…?お嬢ちゃん、何でその事を知ってる?やっぱり前に会ってるか…?」

 と首を(かし)げた。

「あ…いや、カタリナに聞いてたんだ。前にこの船に乗った時の事をね。」

 慌ててカタリナの方へ視線を逸らす。

「あぁ、そうなのか。まぁ本来であれば何も無いのが普通なんだが、何か有っても大丈夫なのがウチの船だ。また(えん)が有ったら利用してくれ。勿論(もちろん)その時には正規の料金を払って貰うがな。」

 ハッハッハと気持ちよく笑う船長に、櫻達も笑いが浮かぶ。

「あぁ、また会えると()いね。その時はまた快適な海の旅を期待してるよ。」


 そうして船長と別れの挨拶を交わした櫻達は荷物を(まと)め船を降りる。港に降り立ち周囲を見回すと、船着き場周辺は広々とし倉庫街が囲うように半円を描き、地面は煉瓦(れんが)が整然と敷き詰められ見事に整備されている。

(へぇ…今までは不規則なサイズの石を組み合わせた石畳ばかりだったが、これは中々手が込んでるねぇ。)

 感心しながら武装船を振り向くと、既に次の客なのか、金持ち風の者達が船長の元を訪れている様子が見えた。

「ふぅん、こんな高い船でもやっぱり信用が有ると()()数多(あまた)なんだねぇ。」

「まぁそれも有るだろうけど、この町は貴族も居る金持ちの多い町だからね。あの程度の値段じゃ物怖じしない連中も多いんだろうさ。」

 感心するように呟いた櫻にカタリナが説明を入れた。

「『貴族』?」

「何だいお嬢?まさか貴族を知らないのか?ファートの町で自分の事を貴族の令嬢だなんて言ってたクセに…。」

 呆れるカタリナに櫻は苦笑いを浮かべ頭を掻いた。

「いやぁ、あの時は口から出任せでね。特に何とも考えてなかったんだよ。」

(それにこの世界では支配階級というモノも存在していないようだしねぇ。貴族ってものが何なのか理解して無かったのは確かだ。)

「ふぅん…まぁお嬢の物の知らなさは今に始まった事じゃないしね。貴族ってのは、単純に言うと『長く続いている金持ちの家系』って感じかな。当然そうなっただけの理由が有って、町の発展に貢献したり町の人達に頼られたり、貴族と呼ばれる家にはそれなりに護るプライドってもんも有る訳だ。」

 そう言ってカタリナは、港を中心に擂鉢(すりばち)状に広がる町の高台を指差して見せた。そこには幾つかの立派な建物が見える。

「へぇ…あれが貴族の家か。何だかアスティアの家に雰囲気が似てるねぇ。」

「うん、ボクの家も昔は貴族だったらしいからね。」

「何!?そうだったのか?」

 突然のカミングアウトに櫻が驚きの声を上げた。

「えへへ、お父さんとお母さん達の代の頃にはもう没落してたらしいけどね。続いてたとしてもボクで終わりだったし、責任を感じなくて済んだのは良かったかなぁ。」

 アスティアは少々自虐的に微笑みを浮かべ、ペロリと舌を出して見せる。

「…まぁそんな訳で、貴族の説明はこれで終わりだ。ほらお嬢、()ずは何をするんだい?」

 カタリナが強引に話題を終わらせると、櫻とアスティアは顔を見合わせてクスリと微笑んだ。

「そうだねぇ。()ずはこれから陸路を行くとして、ルートを決めておきたいね。それから町のギルドに顔を出して何か問題が無いかを確認。後は…深く考えずにその場のノリで行こう。」

「あいよ。それなら取り敢えずギルドに行って、そこでルートの確認もしちまおう。」

 こうして櫻達一行はギルドへとホーンスを走らせた。道中の道も大通りはもとより路地に至るまで綺麗に煉瓦(れんが)が敷き詰められ町の景観を統一している。煉瓦(れんが)の間は等間隔に(わず)かな隙間が開けられており、雨水等を逃す機構なのか少しの溝が出来ているのだが、その上を通る荷車の車輪がコトコトとリズミカルに鳴るとそれが心地好く櫻の耳を楽しませた。


 ギルドへ到着するとアスティア、カタリナ、(みこと)の三人で何か目ぼしい依頼や情報が無いかと依頼掲示板をチェック。しかし流石に大きな町の為か、残っている大半の依頼書は些事ばかり。

 因みに特定の個体を対象と指定された依頼、主に魔物討伐はソレを受ける際に依頼書を剥ぎ取りカウンターで受け付けを行うが、不特定多数の獣の討伐依頼や狩猟依頼の場合にはその対象を討伐・狩猟し終えてから成果を報告に上がり出来高払いになる。

「まぁこんな依頼なら誰でもこなせるだろうし、アタイらも今は(かね)に困ってる訳でも無いから誰か他の奴に残しておこうか。」

 そう言うと皆でホールのテーブルに集まり、カタリナがその上に地図を広げた。

「今居るのがココな。」

 指差すのは中央大陸の東、中央よりやや北側の海沿いだ。

「んで、この辺は徐々に地形が険しくなって荷車での移動は難しくなっていくんで…。」

 そのまま指を北上(ほくじょう)させ、バツを書いて見せる。

「先ず町を西側に出て、大陸中央に向かった方が()いね。」

 そう言って現在地から西側へツツーと指を滑らせ大陸中央辺りをトンと()して見せた。

「この大陸は中央を南北に街道が走ってて、そこを主道として葉脈みたいに大陸中へ道が()びてるんだ。旅をするならこの道に沿った方が安全で確実だろうね。」

「その辺の判断はお前さんを信頼してるよ。じゃぁそれで行こう。」

 櫻がウンと頷くと、皆もそれを受けて頷いた。

「それにしてもカタリナは色んな事知ってるよね。」

 アスティアが感心しカタリナの顔を覗き込む。

「ハハッ、アタイは元々この大陸の()なんだ、たまたま知ってる事を言ってるだけさ。」

 謙遜するものの、褒められて悪い気のしないカタリナは顔を薄っすらと赤らめ頬をポリポリと()いた。

「それで、その中央の街道へはどの(くらい)で到着出来るんだい?」

「ん?あぁ。ホーンスの足だったら15日程で中央街道へ出られるね。」

「15日も!?ホーンスの早さで!?」

 驚きの余り椅子の上にガタリと立ち上がる櫻。その声にギルド内に居た他の人々が一斉に櫻に目を向けると、それに気付いた櫻は気恥ずかしく顔を赤らめ椅子に座り直した。

「いや…何でそんなに掛かるんだ?」

 思わず口元に手を添え声を抑えたヒソヒソとした口調になる。

「何でって…そりゃ単純に中央大陸は広いからね。」

「広いって、この地図で見たって確かに三大陸の中で一番大きくはあるが、そこまでの差は無いじゃないか。」

 カタリナの広げた地図は、西大陸、中央大陸、東大陸の順に中、大、小という感じの差では有ったが、そこまで大きく違いは無いように見える。

「ん?あぁ、成程(なるほど)ね。それで思い違いをしてた訳だ。」

 ハハッとカタリナが何かに気付いたようにポンと手を叩いてみせた。

「この地図は世界の大まかな形を(あらわ)してるだけで実際の大きさとは関係無いんだよ。中央大陸は実際は東大陸の7倍位の大きさが有るって言われてるよ。因みに西大陸は東大陸の5倍程度らしいね。アッチは行った事が無いから良く知らないけどさ。」

「何だか随分曖昧だねぇ…。」

「そりゃ仕方ないだろう?大陸を重ねて比べられるもんでもあるまいし、そもそもこの地図に描かれた大陸の形だって鳥人族や空を飛べる精霊術士が見て書き記して行って出来た(モン)だ。大きさの違いまで再現なんて出来ないさ。」

(それもそうか…この世界には人口衛星や写真が有る訳でも無い。正確な地形や縮尺の把握は出来る訳も無いんだね。)

 改めて技術文化の違いを認識し、『うん』と小さく頷く。

「しかしそうなると、ここから大陸の北半分を旅するとしても東大陸を縦断した以上の時間が掛かるんだねぇ。」

 櫻は瞳を閉じ、東大陸へ上陸してからの旅を思い返す。

 楽しい思い出ばかりでは無い。悔しい想いも厳しい戦いも有ったが、それでも有意義な日々だったと『フッ』と頬を(ゆる)ませた。

「まぁ、マイペースで行こうか。急ぐばかりの旅じゃ味気ないしね。」

「ボクはサクラ様と一緒ならどんな旅でも楽しいよ。」

 アスティアが横から櫻に抱き付く。

「アタイもお嬢達を観察出来ればそれだけで充実して楽しいけどね。」

 そんな様子を鼻の下を伸ばし眺めるカタリナ。

(みこと)は?今までの旅で何か楽しみ方ってのは見つけられたかい?」

「楽しみ方…ですか?」

 櫻の質問に(みこと)は首を(かし)げ考え込んでしまった。元々他者に仕える為だけに生み出された(みこと)にとって、自らが楽しむという思考を理解はしているものの意識するまでに至っては居なかった。

「申し訳ありません、私にはその感覚がまだ理解出来ないようです…ですが、ご主人様のお役に立つ事が私の役目であり生き甲斐です。その中に私の楽しみという物も存在するのでは無いかと考えます。」

 櫻の問いに明確な答えを示す事が出来なかった負い目からか少々控え目な声で答える(みこと)

「なに、そんなに(かしこ)まらないでおくれよ。(みこと)は気付いてないだけで、今までだってきっと楽しいと感じた事は有った筈さ。これからはソレに気付けるようになれば()いさ。」

「…はい、善処します。」

 そう言って微笑みを浮かべた(みこと)に、

(こうやって微笑む事が出来る…自らの感情が有るんだ。きっとこれからもっと人間(ひと)らしくなって行くさ。)

 と希望を持つ櫻であった。

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