キースとウラコン
「さて、祭りも終わったし町の問題もほぼ解決した。あたしらもそろそろ出発の準備をしないとね。」
テーブルの上のすっかり空になった料理皿を見ながら櫻が言う。
「そうだねぇ。先ずは『スンマ島』まで出してくれる船を探す処からか。」
カタリナは港に停泊している船を見渡した。大小様々な船が泊まっているが、その大部分が漁船だ。
「う~ん、商船が望ましいんだけどねぇ。」
「何でだい?」
「ホーンスと荷車を乗せなきゃならないだろ?漁船じゃ乗り降りさせるのが難しいからさ。」
「あぁ…成程。」
カタリナの言葉に漁船を見回してみると、確かに乗り降りには渡し板を使って人が一人歩ける程度の簡易な橋を作るのみ。車輪幅に合わせて板を二枚渡せば出来なくは無いが荷車を乗せるには少々不安が大きい。
「ってな訳で、あの辺なんかどうだろうね?」
そう言ってカタリナが指差したのは、それ程大きい訳では無いものの他の漁船とは一線を画し、程良く見栄えにも気を使った装飾が目を惹く船であった。丁度荷物の搬入でもしているのか、船体横からスロープ状に外壁が陸地に下ろされているのが見える。
「へぇ、丁度いいじゃないか。カタリナ、早速交渉してみてくれないかい?」
「あいよ。」
軽いノリの返事を残しカタリナが商船へ近付く。すると丁度スロープから出て来た一人の男に声を掛け交渉を始める姿が見えた。身振り手振りを交え、時折櫻達の方を向き指差したりもしつつする様子を眺めていると、カタリナが手招きする。
櫻達は顔を見合わせると、手招きに応じてその元へ歩み寄った。
「ほら、御覧の通り女だけだよ。」
「おやおや、これは可愛らしいお嬢さん方ですね。えぇ、それなら御受けしましょう。」
カタリナと船員と思しき男、二人の会話に櫻達は首を傾げた。
「なぁ、話が見えないんだが?」
「あぁ。実は…。」
カタリナが説明をしようとした時、隣の男が話を切り出した。
「初めまして、お嬢さん方。僕はキースと申します。この船のオーナーで、小さな交易商をしている者です。」
「あ、これはご丁寧に、どうも。」
丁寧な会釈をするキースと名乗る男に、櫻も礼で返すとアスティアと命もそれに倣い頭を下げる。そして顔を上げるとその男に目を向けた。
その男、キースは、カタリナと同じだけの身長に海の男らしい日に焼けた逞しい肌をタンクトップのような上着から覗かせる。だが肩に掛かる外跳ねの癖が有る金髪と垂れ気味の目が優男のような印象を与えた。
「それで、『スンマ島』の『トガワ』まで乗せて欲しいという事でしたが、はい、確かに女性だけのようですのでお引き受けしましょうという事になりました。」
「その理由を聞いても?」
「えぇ。実は僕は婚約者と二人でこの商売をしているのですが…。」
「ほ~、それはまたお熱い関係じゃないか。」
「ははっ、そうなんですよ。ですがその婚約者の『彼』が酷くヤキモチ焼きでしてね、僕達の愛の巣であるこの船に他の男性を乗せるのを嫌がるんですよ。」
「ん?」
引っかかる言葉に櫻が首を傾げる。
「ですのでこの話を持ち掛けられた時、男性が居るようであればお断りをさせて頂いていた処なのですが、確かに女性だけのご様子。安心しました。」
「…あぁ、成程ね。」
しかしいい加減にこの世界の常識に慣れようと、櫻は深く考えるのを止めたのだった。
「それで、あたしらを乗せてくれる事には感謝するが、料金や航海に掛かる時間なんかは?」
「お代は三日見込みの一日辺り一人小金貨1枚に荷車とホーンスの運搬費で小金貨3枚…の処を、このお嬢さんが荷の積み下ろしを手伝ってくれるという条件付きで一人大銀貨5枚にマケてあげようという事になりました。」
そう言ってキースはカタリナを指差して見せた。
「んなっ!?カタリナ、何でそんな勝手な事を…資金なら…。」
「まぁまぁ、お嬢落ち着けって。確かに問題無い額だけど、こういう節約のチャンスはしっかり活かさないと本当に必要な時に足りなくなるのが金ってもんだ。アタイの労力で半額になるなら安いもんさ。」
そう言って逞しい腕を露わにするとグッと力こぶを見せ付けた。
「それならば私も…。」
と命も一歩前へ出るが、それを見たカタリナは
「ミコトはお嬢達に付いてやってなって。アタイは身体も鍛えられて丁度いいと思ってやるんだ、気にするなって。」
と言い片手を突き出すようにして制止した。
「それより、三人は宿に戻って支払いと荷車の移動を頼むよ。その間にアタイはこっちの手伝いをしてるからさ。」
カタリナは懐から財布を取り出し、大金貨5枚を櫻の手の上に乗せた。
「このくらいあれば支払いには余裕だろう。あとは食糧と何か入り用な物が有ったら買って来てくれないか?頼んだよ。」
「解ったよ。それじゃちょっと行ってくるけど…カタリナ、粗相をして料金割り増しになるような事はしないでおくれよ?」
「はははっ、解ってるって。」
こうしてカタリナと一旦別れた櫻達は港を後にし宿屋へと戻った。
宿屋の代金を支払い部屋を引き払うと、荷車を走らせ大通りの途中に食料品店と雑貨屋を見かけ立ち寄り、日持ちする乾物の他に血液用の水筒と失った分のランタン等を購入してから港へと向かう。
再び商船の元へ戻ると、荷箱を台車のような荷車に乗せて作業するカタリナとキースの他にもう一人、一際大きな荷の積み込み作業をしている男の姿が在った。
近付いてみるとその男、スポーツカットのようなサッパリとした黒髪に日に焼けた筋肉質のマッチョな身体、そして何より目を惹くのがその巨体であった。
キースの船に近付いたホーンスと、それが牽く荷車に警戒心のような目をギロリと向けるその顔は、掘りが深く物凄い威圧感を与える風貌だ。
「お、ミコト、もう来たのか。早かったな。」
船の中から姿を現したカタリナが声を掛けると、その男は警戒心を緩めたのか顔をフイと背け再び荷の積み込み作業へと戻って行った。
「何だったんだ…?」
幌の中から顔を出し、その男の背中を見送る櫻。
「ははっ、お嬢も驚いたかい。あれがキースの婚約者のウラコンだってさ。」
「あれが!?何と言うか、まぁ…確かに逞しくて頼り甲斐は有りそうな感じだが…。」
「まぁアタイも最初に見た時は面食らったが、キースが言うには単にシャイで人との接し方が不器用なだけで、心根の優しい良い奴なんだってさ。」
「はぁ…そういうタイプか。」
黙々と荷を積み込むウラコンの背を見て頷く櫻であった。
船内の一角にホーンスと荷車を停めるスペースを用意して貰った一行は、荷の積み込みの終わったキースとウラコンと共に甲板で改めて顔合わせをする事とした。
「さてそれでは改めて。僕がこの船のオーナーのキース。こっちに居るのが僕の婚約者、兼、この船唯一の船員のウラコンです。」
少し高い肩にキースが頑張って腕を回すと、ウラコンも少し身を屈めてそれを受け入れる。
「…。」
そして無言で頭を軽く下げて見せた。
「はははっ、彼は照れ屋で無口なんです。でもちゃんと歓迎してますから心配しなくて大丈夫ですよ。」
爽やかなキースの声にウラコンはコクコクと数度頷いて見せた。
「では今度は此方だね。あたしは櫻。一応この四人の旅のリーダーのような感じではあるが、余り頼りにはならないんでコッチの皆に頼り切りだ。」
と後ろに控える三人を振り返る。
「何言ってんだお嬢。今までお嬢に助けられた事なんて数え切れないっての。」
「そうだよサクラ様、謙遜し過ぎだよ。」
「私はご主人様が居なければ今ここに居る事も無かったのです、そうご自分を過小評価されるのはご遠慮ください。」
三人のツッコミに櫻は少し苦笑いを浮かべた。
「まぁそれじゃ折角持ち上げて貰った事だし、あたしから紹介しようか。この娘はアスティア、こっちの背の高いのがカタリナ、そして最後に命。皆あたしの大事な仲間だ、短い間だが宜しく。」
櫻に紹介された三人は順にキース達に軽く頭を下げ挨拶をする。
「うん、宜しく。『スンマ島』まではさっきも言ったけど、二晩程は掛かる予定です。生憎立派な客室のようなものは無いですが、僕達の部屋とは別に個室が有りますので其方に泊まって下さい。」
「あぁ、有り難う。」
「それと食事ですが、これも余り期待されると困るので先に断わっておきますね。」
「ははっ、そこまで気を回してくれなくて大丈夫だよ。あたし達も突然頼んだ身だ、多くは望まないよ。」
「お嬢さんは小さいのにしっかりしているんですね。解りました、それでは此方も気兼ねなく接する事と致しましょう。」
和気藹々と言葉を交わす一同。するとウラコンがキースの肩を指でとんとんと叩き、続いて空を指差す。キースもそれを受けて空を見ると、
「あぁ、そうだね。」
と頷いて見せた。
「さてそれでは皆さん、これから出港します。陸に忘れ物等は御座いませんね?」
キースの言葉に櫻は振り向き三人と目を合わせる。皆はそれを受け頷くと、再びキース達を見た櫻も頷いて見せた。
「了解しました。それじゃぁウラコン、僕は舵取りをするから、後は任せたよ。」
そう言ってウラコンの肩をポンと叩くと、キースは操舵室へと小走りに駆けて行く。その姿を見送ったウラコンは櫻達にじろりと目を向けると
「…こっち…。」
と一言発した後にのしのしと歩き出した。
櫻達は顔を見合わせると、その後に続き船倉へと降りて行く。荷を積むスペースの上に更に一階層在るその場所に左右2つずつ、4つの扉が有り、その中の一室の前で止まったウラコンは小さくその扉を指差して見せた。
「ここ…使え。俺達、ここ。」
そう言って斜向かいの扉を指差し、そのまま再び甲板へと上がって行ってしまった。
「…まぁ、最低限のコミュニケーションは取れるみたいだね…。」
呆れながら、案内された部屋の扉を開け中へ入る。するとその中にはベッドが2つ用意してあり、その間に小さいながらもしっかりと固定されたテーブルも有る客室のようであった。
「何だい、あれだけ期待するなと言っておいて…随分謙虚な男だねぇ。」
ベッドの傍には丸い窓も並び外の景色を見る事も出来る。櫻はベッドへ腰を下ろすと窓から外を覗いた。すると丁度その時、船がググッと揺れたかと思うと港を離れ始めた。
「お、いよいよ出発か。」
「カムナル島を出発した時の事を思い出すね~。」
櫻に身を寄せるアスティアも懐かしむように窓越しに外へ目を向けた。一つの丸いガラス窓に櫻とアスティア、二人だけが寄り添うように映る。
「あの時は外なんて見てる余裕の無い天気だったがね。」
カタリナがツッコミを入れると櫻とアスティアもアハハと笑う。
「私は船に乗るのは初めてです。何か留意する点等はあるのでしょうか?」
命が首を傾げると、カタリナはその肩を抱いてベッドへ腰掛けた。
「そうだねぇ、海の上で気を付ける事は、先ず船乗りの言う事は聞く事。後は下手に立ち惚けてないで、座ってるか何かに掴まってるかする事かな。」
「な、成程…。」
無遠慮に身体を密着させるカタリナに、命は何処か複雑な表情を浮かべるのだった。
「さて、折角天気の良い昼間の海だ。あたしはちょいと甲板に出て景色を眺めて来るが、お前さん達はどうする?」
「ボクも行くよ!」
「アタイも部屋に閉じ篭ってるのは暇だし、付き合うよ。」
「私もご一緒させて頂きます。」
こうして部屋を出た一行は甲板へと上がると、日の光の眩しい海原を見渡す。波は穏やかで髪を靡かせる海風も寒すぎず心地良い。
「あ、サクラ様!魚だ!魚が居るよ!」
縁に手を掛けアスティアが楽し気に海の中を指差すと、そこには確かに小魚の群れと思われる無数の影が泳ぐ姿が見えた。
「おー、他の海に逃げてた魚達が戻って来たのか。魚達にとってはこれからも生存競争は厳しいだろうが、これでやっと町の不漁も解消されるかね…痛い目に遭っただけの甲斐が有ったってもんだ。」
オーシンの町を振り返り、漁師達や食堂の女将、町の人々の姿を思い浮かべ櫻は微笑んだ。
これで憂い無く次の町へ向かえると胸を撫で下ろす櫻達。しかし船倉に積まれた荷物の中、怪しい音を立てる荷箱が在る事を誰一人気付く者は居なかった。




