林の中の一幕
「外だー!」
櫻の造り出したトンネルを抜け、日の光の差し込む林の中へと出たアスティアが両腕を上げ開放感に声を上げる。
「ふぅ…ここはどの辺りなんだい?」
「あたしの調整が間違って無ければ、オーシンの町の南側にある林の中の筈だ。」
周囲を見回すカタリナに櫻が説明をすると、町が在ると思われる方角を指差して見せた。
「へぇ、随分と移動したもんだねぇ。確かにあのダンジョンは深かったから、それくらい歩いたかもしれないね。…それで、これからどうするんだい?」
「どうするとは?」
「アタイら今、全員素っ裸なんだよ?こんな日の高い内からこんな格好で町に戻れる訳無いだろ?」
そう言ってカタリナは近くの苔生した少し大き目の岩に腰を下ろし足を組んで空を指差すと、その指先を追い空を見上げた櫻は太陽が真上を過ぎた辺りである事に気付く。
そして櫻は自らの身体と周りの三人に目を向けた。
「成程…。」
風呂や水浴びで見慣れた全裸の光景ではあったが、確かに言われてみればこの状態で町へ戻る事等出来る筈が無い。櫻は口元に手を添えると考えを巡らせた。
「…命、お前さん確か身体をどんな形にも変える事が出来るんだったね?」
「…?はい。」
命は首を傾げつつも頷き肯定する。
「それは布のような薄っぺらな物にでもなれるのかい?」
「はい…成程、そういう事ですか。ですが他者が見て違和感の無いそれなりの物となりますと一人分が限界かと。」
櫻と命の会話に、アスティアとカタリナは顔を見合わせ首を傾げた。
「話が早くて助かるよ。そうだねぇ…カタリナのサイズに合わせてくれないかい?」
「解りました。」
そう答えたかと思うと、命は徐に右脚を根元から外して地面に置き、右手を添えた。するとソレは見る見る表面積を広げ、地面に純白の生地が出来上がったではないか。
更にソレはパタパタと折りたたまれるように変化をし、あっと言う間に純白の可愛らしい衣服へと変化を遂げたのだった。
「このような物で宜しいでしょうか?」
「あぁ、上出来だよ。素晴らしい出来栄えだ。」
ソレは、普段であれば櫻やアスティアが着ているようなフリフリの可愛らしいデザインをしたワンピース。決して派手では無いものの襟元やスカートの裾等に控えめなフリルも配われ、腰にはウェストを引き締めるベルトにワンポイントの小さな赤い花の装飾。その出来栄えに櫻は満面の笑みを浮かべ頷いて見せた。
だがその衣装を見て引き攣った顔を見せたのはカタリナだ。
「お、おい…まさかソレをアタイに着せるつもりじゃないよな?」
「何言ってんだい。お前さんのサイズに合わせて作るって言ったじゃないか。当然コレはお前さんが着るんだよ?」
悪戯っぽくニヤリと笑みを浮かべる櫻。命も何処か楽し気に手に持ったソレをカタリナに差し出す。
「ちょ…ちょっと待ってくれよ。アタイにゃそんな可愛い服は似合わないって!ミコト!何でよりによってこんなデザインなんだい!?」
両手を前に突き出しイヤイヤと拒絶するカタリナ。
「えぇ~?可愛いの、良いじゃない。何で嫌なの?似合わないなんて事無いと思うよ?」
「そうですよカタリナ。貴女は自分が思っているよりも美しいです。ご主人様達を着飾らせる事は悪い事では有りませんが、貴女も少しくらい私達の目を楽しませて下さい。」
アスティアの言葉に便乗するように命が強気に出ると、カタリナは言い返す事が出来ずにグッと下唇を噛んだ。
「ほらほら、あたしらを何時までも林の中に裸で放っておくつもりかい?こんな所だって町からはそう遠く無いんだ、人が来ないとは限らないよ?」
櫻の駄目押しにカタリナは『はぁ~…』と大きな溜め息を吐く。
「分ぁ~かったよ。分かった、着るよ。それでお嬢達の着替えを持ってくれば良いんだろう?」
頭をガリガリと掻きながら命が差し出す服を手に取ると、覚悟を決めて頭から被った。純白の服から覗く軽く日焼けしたような薄褐色の肌と、ワイルドな真っ赤な長い髪の毛が引き立つ。
「何でこんなにアタイにピッタリなんだい…。」
呆れながら計ったようにボディーラインにマッチした衣服に掌を滑らせた。
するとその不思議な感触に気付いた。
「ん…?何か肌触りが独特と言うか…それに温かい…?」
ただ外気を遮るという意味での温かさではない。仄かに生地自体が熱を帯びているように思える。不思議に思い生地を手に取りサワサワと撫でてみる。するとその手触りに覚えがある事に気付いた。
「これ…ミコトの肌と同じ手触りじゃないか。」
「それはそうでしょう。私の身体なのですから。」
さも当然とばかりに命がツッコミを入れる。
「ふふ…私がカタリナの全身を包んでいると思うと、何とも不思議な気持ちがしますが…私の制御から離れた部位では感触を楽しむ事が出来ません。本当に残念です。」
頬に手を添え、艶のある眼差しでわざとらしく『ほぅ…』と溜め息を吐いて見せる命にカタリナの体温が上昇した。
「あ、それから此方もどうぞ。」
そう言って命が両手でソッと差し出したのは、これまた可愛らしい真っ赤な靴だ。側面に小さな白い花の飾りも配われており衣服と揃いを意識しているようであった。
見ると命の左脚の膝から先が無くなっている。
(何時の間に…。)
櫻が呆れた視線を向けた。
「貴女の色を意識してみました。きっと似合いますよ。」
微笑む命にカタリナは言葉も無く顔を赤らめ、脛の中程まである長さのスカートを摘まみ、裾を上げると控え目に爪先を差し出す。命はそんな様子にクスリと笑い、カタリナの踵に手を添え靴を履かせるのだった。
「直ぐ戻ってくるから、動き回るんじゃないよ!?」
照れ隠しの大声を残しカタリナが走り去って行くと、櫻達は手を振り見送った。
「さて、ただ待ってるだけってのも暇だねぇ。」
櫻は先程までカタリナが座っていた岩に腰を下ろし周囲を見回す。しかし目に付く景色は針葉樹の木々ばかりだ。どうしたものかと目を泳がせていると、櫻の意識に語り掛ける声。
《サクラ、例の魔獣の討伐、終わったみたいね?お疲れ様。》
その声の主はアマリだ。
《あぁ、アマリか。うん、まぁちょっと苦戦したが始末はしたよ。これで海の魚達は戻ってくるんだね?》
《えぇ。もう私の方から『魚の神』には伝えておいたから、数日中には元のような海に戻るでしょうね。》
《そいつは良かった。これでお前さんの信仰も保たれるってもんだね。》
《そうね。これで一安心って感じかしら。それで貴女、今何処に居るの?結構海辺から離れた位置に感じるのだけれど?》
《ん?あぁ…今はオーシンの町から南に少し行った辺りの林の中だ。洞窟から直接外に出たもんでね。》
ぐるりと首を動かし林の中を見回す。良く見れば木々の間に小さな精霊達の姿も見える。軽く手を振ってみると、それらは楽し気に瞬いて見せた。
《えぇ~?私、貴女達が戻ってくるのをずっと外で待ってたのにぃ!そういう事をするなら先に一声かけてよね~。》
《あ…ソイツは悪い事をした…済まん済まん。》
申し訳なく頭をポリポリと掻くと、アスティアと命は不思議そうに櫻を見た。
《それにしても、地上から入れる入り口なんて在ったのね?知らなかったわ。それなら私が海を割る必要も無かったかしら。》
《あぁ、いや。これはあたしが中から地上まで開けた穴だ。お前さんの助力が無かったら地下にあれ程の洞窟が在るなんて知る由も無かっただろうね。》
《えぇ!?地下から地上まで掘り抜いたの!?貴女…まだ風の主精霊としか会って無い筈よね…?風の力だけでそれだけの事をするなんて、とんでもないわねぇ。》
呆れたようなアマリの声に櫻は首を傾げた。
《ん?お前さんだって似たような事をしてたじゃないか…嵐を一発で吹き飛ばしただろう。》
《あら、あんなのは単に大気の流れを散らせばそれで済むもの、楽なものよ。でも硬い地面を掘るなんて、土の能力ならまだしも風の能力だけでやるなんて普通考えないわ。貴女って随分精霊の能力を引き出すのが上手いのね。》
(そうか…他の神々は飽くまで主精霊達の能力を『借りて』いるだけだから、本来精霊達が振るう能力を100%発揮する事は出来ないという事か。その点あたしは、ファイアリスの言葉を借りれば主精霊と同じ存在…そこに能力の差が生まれる…振るい方に気を付けなければ天災を引き起こしかねないって事だ。)
櫻は改めて、自身がファイアリスに目を付けられた理由を実感し、自分の小さな手を見つめグッと握り締めると、能力の振るい方に自らを律するよう言い聞かせた。
《まぁいいわ。ともあれ本当にお疲れ様。私はここのお祭りが終わるまでこの辺の海に居るから、もし何か用があったら声をかけてね~。》
《解った。それじゃまた。》
アマリとの念話が終わると、櫻は『ふぅ』と息を吐いて身体を傾ける。そして何時の間にか隣に座っていたアスティアの肩に頭を預けた。するとアスティアもそれを受けて、身を寄せて甘える子猫のように櫻の頭に頬を当て幸せそうに目を細めた。
(はぁ~…あたしも駄目だねぇ…こうしてアスティアが隣に居ると気持ちが落ち着いちまう。アスティアが甘え過ぎだなんて言うが、一番甘えてるのはあたしの方だよ…。)
自分の言葉に矛盾を見た櫻は、自身の感情を認めると共にアスティアに強く言った朝の言葉を反省したのだった。
そうして何を話すでもなく林の中を通り抜ける風を感じながら身を寄せ合っていると、程無くしてカタリナが櫻達の衣服を詰めた荷袋を肩に背負い小走りに駆けて来る姿が見えた。
「おや?あの服はどうしたんだい?」
見るとカタリナの姿は普段の茶色いブカブカのインディアン装束のような物へ変わっていた。
「あんな恰好、いつまでもしてられないからね。一足先に着替えさせて貰ったよ。」
余程恥ずかしかったのか、思い出して頬を染めながら命へ件の服を差し出す。
「ふふ、似合ってたのに、残念です。」
微笑みを浮かべ受け取った命はソレを脚の付け根へと添えると、ヒラヒラとした衣服がみるみる元のスラリとした脚の形へと姿を変えた。
「アタイにゃ可愛い服なんて無縁で良いんだよ。必要なのは動きやすい服装さ。そうでなきゃ、イザという時に皆を護れないからね。」
服の下から腕を出し、しなやかな筋肉にググッと力を込め力こぶを作って見せる。
「ははっ、頼りにしてるよ。でもまたああいう恰好のカタリナも見たいから、戦いとは無縁の町の中…せめて宿の中でくらいは、たまにで良いからまた着てみておくれよ。」
櫻が荷袋の中から適当な服を取り出し、モゾモゾと頭から被りながら言う。
「…考えておくよ。でも、その時には皆にもアタイの趣味全開の服を着て貰うから覚悟しておきなよ?」
「いいよ~、どんな服でも着てあげる!」
「私も、カタリナの可愛らしい姿を見る為なら如何様な辱めも甘んじて受けましょう。」
脅しのつもりが笑顔で快諾されてしまいたじろぐカタリナ。
「あっはっはっ、これからはカタリナの服も沢山買わなきゃね。さて、話もまとまった処でそろそろ町に戻るとしようか。」
こうして漸く着替えを済ませた櫻達は、林を抜け町へと戻るのだった。




