外伝:サーリャの追憶
私が目を覚まし最初に耳にしたのは、男女二人の泣き声だった。
簡素な家屋の中、身体はベッドの上に横たわり、恐らくは看取られたのだろうという事が直感的に理解出来た。
体勢はそのままに顔を横に向けると、そこに居た中年の男女…恐らくは夫婦と思われる二人は驚いた表情を見せ、ピタリと泣き声を止めた。
驚きと共に歓喜に震える二人に抱き締められるが、未だ自分が何者なのか、何故此処に居るのかが解らず尋ねると、二人は困惑の表情を浮かべたのを良く覚えている。
独特の虹彩を持つ私の金色の瞳を見て、その二人は私が噂で聞いた事のあるヴァンパイアという存在に成ったのだと理解したようだ。
この身体の元の主の名はサーリャ。その集落で突如として流行り出した病によって命を落とした最初の犠牲者らしい。この二人の娘で、25歳という若さで両親を置いて先に逝ってしまったという。
話を聞くと、この集落は新たな町候補地として実験的に開拓が始まった土地であり、有志達のほんの5軒程の家が在るだけ。
そしてこの土地に居る全員が既に流行り病に感染してしまっているという事、近くの町までも結構な距離があり助けを呼ぶ事も既に困難だという事であった。
私は助けを呼びに行こうとした。私の羽根ならばそんな距離は然程の困難も無いと考えたからだ。だが皆が止めた。
『病気を外に出しては駄目だ。』と言うのだ。
それから然程の期間も置かず、集落の皆は元の私と同じように床に伏せ、次々と亡くなってしまう。
皆を看取り私は一人になった。なってしまった。途方に暮れた私は皆を集落の隅へ埋葬すると、季節が一回りする程の間その地で一人、ただ何をするでも無く過ごした。
後で知った事だったが、どうやら私…ヴァンパイア…というものは『場』に居着く性質があるらしく、その為だろうか全くその場を動く気が起きなかった。
だがある時、切っ掛けがやって来た。
集落の開拓状況を確認に来た外部の者が、集落の惨状を目にし、家屋の中で膝を抱えていた私を見つけたのだ。
私はその状況を説明した。するとその者は私に、集落を出て町に行こうと声を掛けてくれた。
最初は渋った私だったものの、必死に説得するその者の声が何処か心地良く感じ始め、重い腰を上げた。
その者はホーンスと言う獣を使い荷車を牽きながら町を渡り歩く商人だと言う。私はその者と共に誰も居なくなった集落を後にし、近くの町まで運んで貰う事となった。
だがその道中、4日程の間にだっただろうか。優しく扱われ、血を恵んでも貰ったからなのだろうか、私の心に変化が起きていた。
私はその人から離れたくなくなっていた。何時の間にか私の居着く場所はその人の傍となっていたようだった。
『共に居たい。』と言う私の我が儘を、その人は笑顔で受け入れてくれた。
それから私達は様々な土地へと足を運んだ。様々な景色を目にし、その土地毎の空気を感じ、時には海を渡る事もあった。その道中、様々な書物を読む機会も得た。
書物…書き物を複数枚紐で綴じた物。大きな町のギルドにはそのような物が世界中から書き写され保管されている。私は町に立ち寄った時にはそういった物を読む為にギルドへ足を運んだ。
そうして様々な過去の記録や言い伝えを調べて行く内に、ヴァンパイアというモノについて知るようになった。
大昔の人類の神によって魂を、それと同時に肉体を作り変えられた5人の姉妹。それを成した神の目的等、それらの記録を目にした時の衝撃は計り知れなかったものだった。
長く旅を続け、季節は50程も巡った。幸せな時間と言うのは本当に瞬く間に過ぎ去るものだ。
私の隣に居たあの人は、私を置いて居なくなってしまった。私は出会った時と変わらぬ姿であったというのに、あの人は痩せこけ、それでも最後まで幸せそうに微笑んで私の手を握り、逝ってしまった。どれだけ泣いても神に祈っても、もうあの人は帰って来ない。
また私は一人になってしまった。居着く場所の無くなった私は、あの人との思い出を辿るように各地を巡った。
思い出のままの場所も、変わってしまった場所も在った。だけれどどちらも等しく涙が浮かんだ。
ぽっかりと心に穴の空いた私には、最早何処にも居場所は無いのではないかと思えた。そうして行く当ても無いままにフラフラと辿り着いたのは、風の主精霊が棲む山の麓に広がる町、『ウィンディア・ダウ』だった。
何をとも無く祈りを捧げたくなり精霊殿へと足を運び、祭壇の前で跪き祈って居ると、私に声を掛ける者が居た。
その者はその当時の精霊殿の巫女達を束ねる長であった。『貴女の、心が何処かへ行ってしまったような顔を見て、声を掛けずには居られなかった。』とは、後になってから聞いた話だ。
優しく語り掛ける長に、私は今までの経緯を嘘偽りなく話した。すると長は『行く当てが無いのであれば、此処に居なさい。』と、多くは語らずに私に居場所を用意してくれた。
こうして私の精霊殿での巫女としての生活が始まった。最初は言われたからという感覚でお勤めを続けていたが、徐々に人々の信仰というモノに自身も向き合うようになっていた。
そして再び50年程経った頃、私は風の主精霊への篤い信仰心と勤めの長さを認められ、精霊殿の長という役目を仰せ付かる。
それからただ只管に精霊と主神への信仰を胸に勤めを続け、200年程の時間が経った頃、突然に主神からの神託が下った。
曰く、『新たに誕生した人類の神がこの町に来ているので手助けをして欲しい。』と言うではないか。
人類の神…自らの都合でヴァンパイアという存在を生み出し、私に多くの別れの苦しみを齎した存在。長らくその席は不在であり、忘れようとしていたソレが今まさにこの町に来ていると知った時、私の鼓動は高鳴り呼吸が乱れた。
その翌日、神託通りに現れた人類の神は、三人もの使徒を引き連れた、少女とも言えない程の幼い女の子の姿をしていた。
その姿を見た時、私は無意識の内に彼女の前で跪き頭を垂れていた。その事に気付いた私は自身の行動に愕然とした。
そう言えば私は何故サクラ様を見た時に彼女が人類の神であると解ったのだろう?名前こそ聞いて居たものの容姿は知らなかった筈なのに…。それも含め、きっと魂に刻まれた神への忠誠のせいなのかもしれない。
この魂は…ヴァンパイアとは呪われた存在なのではないか…そう思わずには居られなかった。
そしてもう一つ別の驚きもあった。サクラ様の背後に控える三人の内の一人の瞳を見た時、直ぐに自分と同じ、ヴァンパイアであると直感したのだ。
長く世界を巡ったが、その旅の中で同胞に出会う事は無かった。言い伝えによればヴァンパイアは自身を含めて5人だけ。しかも場に居着く事から直接会いに行く事でも無い限り出会う機会等無いに等しい。そう思っていた相手が向こうから訪ねてくれたのだ。
彼女は私のサクラ様への失礼な物言いに怒りを顕わにした。その時私は、彼女もまた魂に刻まれた忠誠心に縛られ付き従っているのではないかと危惧していた。
しかしそれは杞憂だった。その後に目の当たりにした出来事が全てを物語っていた。
新たな人類の神は大昔のソレとはまるで違う、まるで普通の人のように他者と触れ合い仲睦まじい姿を見せていた。
そして使徒のヴァンパイア…アスティア。彼女は私のような無意識の信仰では無い、愛を持ってサクラ様に付き従い尽くしていたのだ。
私の中に今まで在った人類の神という虚像は簡単に壊れ、それと同時に心に痞えていた何かから解放されたような気持ちになれた。
その後のアスティアの出産の手伝い、そしてアスティアとサクラ様との絆を見て、私の中に優しい風が吹いた気がした。別れの苦しみだけを見るのではなく、長い生の中でもっと前向きな姿勢を持っても良いのだと思えたのだ。
町を救い旅立つサクラ様達を見送った私は、また再びこの町の精霊殿で長い時間を過ごすのだろう。
そして私は希望を持って待つ。アスティアの元へ愛するサクラ様が戻って来たように、私の元へ生まれ変わったあの人が訪ねて来て、また私を見つけてくれる事を。
それが例えどれ程長い時間であろうとも…。
前部の後書きでも書きました通り、この外伝を持って一旦更新は停止致します。
ここまで目を通して下さる方がいらっしゃいましたら、本当に感謝の極みです。有り難うございました。
ここからはちょっと読み手の方には関係のない話なのですが、実はこの作品を投稿するに当たって部分的に表現が大丈夫なのかな?と不安になる要素が結構ありまして、例えば櫻の身体を食べるカタリナ(カニバリズム?)であったり、この外伝の伝染病(時事的に不適切?)の扱い等。
特に今は丁度感染症で世間が混乱している時期ですから、このタイミングに投稿となってしまったこの外伝に関しては本当にそのまま投稿してしまって良かったのかと悩んでしまいました。
このサーリャの設定に関しては感染症が話題になり始める前から出来上がっていたものなのでそのまま通してしまいましたが、これで不快に感じる方がいらっしゃいましたら申し訳ないです。
幸いなのが自分の作品を読んで下さる方が殆ど居ない事だというのが悲しいですが。
そんな訳で色々悩みながらもここまで完走出来た事は自分としても褒めたい処です。
もしまた投稿を再開する事がありましたら、その時には再び目に止めて下さると有り難いです。
ここまでお読みになられた方々がいらっしゃいましたら、重ねて御礼申し上げます。本当に有り難うございました。
因みにまた言い訳がましい事を言ってしまいますと、恐らく次の投稿があるとしても今回と同じくある程度の区切りまで書き上げてからの連日投稿という形にすると思います。その為、投稿が再開されるとしても数か月単位で結構な間が開いてしまうだろうという事はご容赦下さい。




