ひとまずのエピローグ
櫻が昏睡から目覚めて更に2日、魔物の群れの襲撃から数えると4日が過ぎ、ようやく櫻の身体は元の大きさまで成長を遂げた。
「ふぅ、やっと戻った…アスティア、ありがとう。」
捲り上げた服を戻すアスティアに向け礼を言う。
「どういたしまして。また欲しくなったら言ってね?」
そう言うアスティアは何処か名残惜しそうだ。
「あ~ぁ、もう見納めかぁ。アタイの新しい楽しみだったのに…。」
カタリナまでが名残惜しそうに肩を落としていた。
「何を言ってるんだか…さて、それじゃいよいよこの町ともお別れだね。次に近いのは光の主精霊だったか?」
「あぁ。ここから更に北へ向かうと東大陸の北端に港町が有る。そこから船で中央大陸に渡れば、光の主精霊はその大陸の北端辺りに居る筈だね。」
カタリナは地図を床に広げ、大まかな位置を指差して見せた。
「ふぅん、地図で見ると次の町まではそんなに掛からなそうだね。」
「あぁ。ホーンスの足なら4日程度で到着するさ。」
「それじゃぁ早速宿を引き払ったら必要な物を補充して出発だね。」
そうして町へ繰り出した一行は様々な店を見て回った。
食料品店で旅の道中の食糧を買い込み、雑貨店で旅に役立ちそうな物を物色し、衣料品店ではカタリナがホクホク顔で櫻達に着せる衣服を選ぶ。
こうして日が真上に差し掛かるまで町の中を見て回り買い物を済ませた一行は、いよいよウィンディア・ダウを出発する時を迎えた。
サーリャと精霊殿の巫女達数名が見送りに顔を見せる。
「サクラ様、皆様。これからの旅の無事をお祈り致しております。」
「あぁ、ありがとう。世話になったね。其方も壮健でな。」
サーリャは櫻への挨拶を済ませるとアスティアの元へと歩み寄った。そしてその耳元へ口を近付ける。
「アスティア、貴女はいつまでも、サクラ様と幸せで居て下さいね。」
その言葉に互いの目を合わせると、アスティアは微笑み頷いて見せたのだった。
荷車の中から、見送るサーリャ達が小さくなるまで手を振り、町の北門を出るとそこは数日前に激戦を繰り広げ、櫻の起こした竜巻によって地面が抉られた土地が広がる。
「結局あの魔物の群れは何だったんだろうね…?」
手綱を握るカタリナがポツリと口にした。
「…解らん…だが一つ確かな事は、アレには何者かの意思が介在しているという事だね。」
(そういえば命を生み出した魔法使い…アイツは死体に瘴気を入れて操っていた…。同じような魔法を使えば生物も操る事が?だがあの魔法使いは既に居ない。同じ研究をしているヤツが他にも存在するんだろうか?もしくはあの魔法の技術を受け継いだヤツが…。)
可能性を巡らせるものの、何一つ証拠も根拠も無い。
「ま、何が目的だったにせよ、あれだけ大規模な事をやらかしたんだ。恐らく準備には時間もかけただろうし、そうなれば失敗した以上二の矢は無いだろう。」
「そうである事を祈りたいね。」
ピシッと音を立て手綱が鳴ると荷車が動き出す。
「カタリナ、肩の調子はどうだい?」
「あぁ、お嬢の特効薬のお陰ですっかり良くなったよ。」
正面を向いたまま肩をはだけて見せる。するとそこには、目を凝らすと気付く程度に薄っすらと傷跡の残る肌が露わになった。
「あたしが目覚めるのが遅かったからか…完治出来なかったのは済まないね…。」
「な~に言ってんだい。ハンターなんてやってたら傷付くのは当たり前だし、お嬢のお陰でこの程度で済んでるんだっての。こんなのは逆にハンターとして箔が付くってもんさ、気にするんじゃないよ。」
カラカラと軽快な笑い声を上げるカタリナ。その声に申し訳無く沈んでいた櫻の表情も明るくなった。
「そう言ってくれるとありがたいよ。あたしも精霊の力を使えるようになった事だし、これからは戦いの手助けも出来る。少しは楽をさせてやれるように努力してみるよ。」
「ははっ、期待してるよ。でもまた倒れるような事は勘弁してくれよ?」
「善処するよ。」
軽口を言い合いながら戦いの跡地を抜け、荷車は街道を進む。長閑な風が幌の中を通り抜けた。
その風に吹かれながら、櫻を抱き抱えるアスティアが笑顔を浮かべていた。
「アスティア、どうしたんだい?そんなにニコニコと。」
不思議に思い櫻が声をかけると、
「うん、こうやってサクラ様を抱いてると、前よりもっと嬉しい気持ちになるんだ。きっと、サクラ様がボクの初めてになったからだね。」
上機嫌にそう答えた。カタリナはその言葉に耳をピクピクとさせる。
「アスティア、そういう言い方はどうかと思うよ?」
櫻は複雑な面持ちだ。
(ボク、あの時サクラ様が応援してくれてる声が聞こえた気がしたんだよ…?だから頑張れたんだ。これからもボクがサクラ様の力になれるように頑張るよ。)
アスティアは瞳を閉じると、全身で櫻を感じるように抱き締めた腕にキュっと力を込める。
「だがまぁ…そうか。アスティアが嬉しいと思えるなら、それは喜ばしい事だね。」
抱えられたまま肩越しにアスティアの髪を撫でた。そして改めて周囲の景色に目を向ける。
「主精霊巡りは、やっと一つ目を終えたばかりでまだ先は長いねぇ。アスティア、カタリナ、命、まだまだこの先色々世話をかける事になると思うけど、改めてよろしく頼むよ。」
「サクラ様、どうしたの?突然。ボクの事なら何も気にしないで何でも言ってよ。」
「そうだよ、お嬢。アタイはもうこの命が尽きるまで付き合うって覚悟を決めてんだから、今更言う事じゃないさ。」
「私はご主人様の為に存在します。例えどんな扱いをされようとも迷惑と思う事はありません。」
三人の言葉に櫻の表情も和らぐ。
「あぁ。有り難う。」
次に向かう先には何が待ち受けるのか。どんな出会いがあるのか。まだ見ぬ地への期待を胸に、櫻達一行はその旅の歩を進めるのだった。
ここまで読んでくださった方がいらっしゃいましたら、誠に有り難うございます。
この投稿は次話に1部の外伝を加えて一旦ここで終了を迎えます。
とは言っても物語が終了した訳では無く、まだ続きは書きたいと思っている事もあり、連載終了ではなく連続投稿休止という形にしておきたいと思っています。
なので扱いとしては『第一部 完』という感じでしょうか…。
ちょっと言い訳がましい事を述べさせて頂きますと、実は約二か月少々かけて連日投稿して来たこの作品は、半年程掛けて書き上げた物を部毎にチェックしながら加筆修正を加えつつ投稿していた物でして、旅の終わり(と言うか目的達成)までの大まかな展開は頭の中にあるのですが、その間を埋めるエピソードの案がまだ少なく、また、やりたかった話はここまでで結構詰め込んでしまった事もあって続きを書くのにまた時間が掛かりそうという理由があります。
自分としてももっと続けたいという気持ちが今有って、面白くして行けるか不安な処ではあるのですが、宜しければ続きを待って頂けると有り難いです。




