迎撃戦
《はぁ…まったく、力を貰うのにこんなに時間が掛かるなんて思わなかったよ。》
山道を全力で駆け降りる櫻がブチブチと文句を言う。
《ゴメンね~。でもそれは貴女の才能故なのは理解して欲しいわ。》
風の主精霊により力の注入を開始された櫻であったが、本来であれば精霊との契約の証のようなものを魂に刻み込むだけで済む筈であった。
だがそこに櫻の特殊能力である『他者の超能力のコピー』が働き、風の主精霊の能力そのものが魂に刻まれる事となったのだ。
《流石私の見込んだサクラ。予想通りだわ。》
《あたしにゃ良く解らんのだが、何が狙いだったんだい?》
《本来、精霊との契約は契約の印を受けた者がその印を媒介して、精霊の振るう力を行使するのだけれど、貴女は印を通して風の主精霊の能力を写し取ってしまったのよ。つまり精霊の許可が要らずに能力を行使出来るようになったの。これは今まで私の世界のどんな神も成し得た事の無い快挙!凄いわぁ!》
声のテンションからファイアリスの浮かれ様がありありと感じられる。
《つまり?》
《サクラ、貴女は風の主精霊と同じ力を持つ存在になったという事よ!》
《ほ~…そいつは凄いね。なら風のようにフワ~っと町まで戻りたい処なんだが、何故あたしゃ魂の姿で全力疾走しなきゃならないんだい?》
《んもぉ~、感動が薄いわねぇ…それはね、精霊の力…人類が言う精霊術を使うには肉体が必要だからよ。貴女も例外では無いから身体が無い今の状態では走るしか無いのよ。幸いにも疲れは無いから全力で走り続けられるでしょう?》
《あぁ、この調子なら半日程度で町には着ける…が、あの魔物の群れをその時間押さえておけるかどうかが心配だ。》
《そこは人類の頑張りを信じるしかないわね、人類の神様。》
《まさしく他人事だと思って気軽に言ってくれるね…ところであたしの身体が精霊殿に在るってのは本当なんだろうね?》
《えぇ、貴女の大事にしてるお嬢ちゃんが護ってくれてるわ。きっと待ちくたびれてるから早く行ってあげないとね。私も早く見たいし…。》
クスクスと笑うファイアリスの態度に何かよからぬ事を企んでいるのではと不安が過る櫻。
《まぁ兎に角、今は走るしかないか!》
気持ちだけでも早くなろうとフォームを整えると、転げ落ちる勢いの全力ダッシュで町を目指すのだった。
その頃、町の外ではハンターを中心とした狩猟ギルドの面々と魔物の群れが激突していた。
なるべく町への被害が出ないよう門から充分な距離を取った場所で戦端が開かれたが、その数は圧倒的に魔物が多く、人類側の不利が容易に想像出来た。
だがその予想は良い意味で裏切られていた。
何故か魔物達は取り憑かれたように一心不乱に町を目指し、人類側が手を出した魔物だけが本能に目覚めたように戦闘に入ったからだ。
しかし、お陰で人類側の被害は軽微で済んでいたものの、多くの魔物が迎撃の間を抜け町を囲う防壁まで辿り着いてしまっていた。最前線が町から離れた事で戦場が広がってしまっていたのだ。
また、数はさほど多く無いものの空を飛ぶ魔物も居り、それらには弓兵や精霊術士達が防壁の上から迎撃をする形で正に壁際で食い止める事に成功していた。
しかし町を囲う防壁は外からよじ登られる事を防ぐ為か、上へ行くにつれ外側へ向け迫り出す構造となっている。その為、根本へ張り付かれた場合には塀上からの迎撃が難しく、外側で戦う者達の頑張りに頼るしかない。
「おぅらぁ!」
勇ましい掛け声と共に魔物が宙を舞う。門の周囲に取り付いた魔物を薙ぎ倒すカタリナの姿がそこにあった。
(ふぅ~…血の力があってもこの数はキツいね…。それにあの血、少し古くなっちまったせいかイマイチ効き目が薄い気がするんだよなぁ。まぁそろそろ禁断症状が出そうだったし、飲む以外に選択肢は無かったけどね…。)
既に4日目に突入した水筒の中の血は、それでもカタリナの力を増幅させるには充分に効果はあり、変態したカタリナに漲る力を与えてくれる。
チラリと門の方へと目を向けると、命がそれを護るように立ち塞がり多数の魔物を相手に踏ん張っている。
前線を抜けて来た魔物は確実に門を目指し、それを破られぬように命が待ち構えていたのだが、その数が思いの外多く捌き切れなくなっていたのだ。
(ったく、何なんだコイツら!?ダンジョンでも無いのにこんな大量に、しかも確実に町が目的みたいに攻めて来やがる!)
まだまだ多くの魔物が突撃してくる様をウンザリするように見据えるカタリナ。命も少しずつではあるが抑えている魔物の数を減らす。
だが魔物の進撃は止まらない。前線ではハンターを先頭に狩猟ギルドの者達も奮闘はしているのだが、魔物相手は本業ではない。その数と狂暴性に押され大型の魔物が多く抜けてしまっていたのだ。
お陰で門付近に居る者達が相手にするのは必然的にバーやボーシー、ホーンスのような身体の大きな魔物になってしまっていた。
いかな血の力を使い変態したカタリナであっても、まとめては相手をする事は困難。一体ずつを確実に仕留めるしかない。
目の前に立ち上がり、自身の倍にまでなろうかという巨大なバーの魔物を相手に爪を振るうカタリナ。振り下ろされる重い腕の攻撃を躱しながら確実に傷を刻みつけてはいるものの、表面の毛皮と厚く硬い皮膚になかなか致命傷を与える事が出来ない。
傷を負わされ怒り狂う魔獣は更に攻撃の激しさを増すと、カタリナもそれに当たる訳には行かないと目の前の敵に集中力を高めた。だがその時、
「カタリナ!危ない!後ろです!」
叫ぶような命の声。
その声にハッとして上体を捻り背後に目を向けると、そこにはカタリナに飛び掛かり今にもその狂暴な爪を突き立てようとしている大型の魔獣の姿があった。
(しまった…!?)
恰も周囲の時間の流れが遅くなったかのような緊張感の中、その魔獣の向こうに血塗れで倒れたハンターらしき人影を目にし、瞬時に状況を把握した。恐らくこの魔物に手を出し返り討ちに遭ったのだろう。そして戦闘状態になった魔物は次の獲物として手近に居たカタリナに目を付けたのだ。
カタリナは倒れたハンターの姿に次の瞬間の自分が脳裏を過る。
しかしその時、カタリナの背筋をゾワリとした感覚が走った。『あの時』の感覚だ。
瞬間、カタリナは一心不乱の内に爪を上向きに振り上げると、魔獣の爪が顔を掠ると同時にカウンターのようにその腹を切り裂き、その傷口から炎が上がった。
『グオオォォ!!』
苦しげな声を上げ地面に転がる魔獣。傷口から立ち昇った炎はその体毛にみるみる延焼し、身体を包む。その燃え広がり方からソレがただの火では無い事が窺えた。
突然の出来事にそれをした張本人のカタリナ自身が呆気に取られるが、振り下ろされるバーの魔獣の強靭な腕の接近に気付くと咄嗟に後ろへ飛び退き態勢を立て直しつつ、自らの手を驚きと共に見る。
そこには小さな炎がユラユラと見え隠れする自慢の爪が在った。
(この感覚…!解るぞ!前からアタイの中で燻ってたのはコレだったんだ…!)
自らの中から湧き上がる力と感覚がしっかりと合致し、その振るい方が本能的に理解出来る。カタリナは晴れ晴れとした表情を浮かべ、目の前の魔獣を見据えると爪を構えた。
「ハァッ!」
気合の掛け声と共に魔獣の懐へ飛び込むと、振り下ろされる腕をヒラリと躱し、両の手を交差させるように魔獣の腹部目掛けて振り下ろす。その爪に引き裂かれた魔獣の傷口から炎が上がり、瞬く間に全身を包み込むと、魔獣は苦悶の声を上げ炎を払うように腕を振り回した。
だがその抵抗は虚しく、暫くの後にその巨体は地面へと崩れ落ち、辺りには焼け焦げた匂いが漂った。
目の前の焼け焦げた魔獣を見下ろし、チラリと先程の魔獣にも目を向けると、やはりそちらも既に息絶えている。
カタリナは視線を上げ、前線を見据えた。遠くからはまだ魔物が進撃を続ける姿が、そして後方には命に群がる魔物の塊が在る。
「くそっ…まだ来るのかよ…!」
うんざりした声を漏らし牙を剥き出しにする。
(それにしてもコイツら、魔物になってから日が浅い連中ばかりだな…何でこんな大量に?)
魔物はソレとなってから日が経つにつれ力の使い方を自覚し、特殊な能力を発揮するようになる。だが今襲来している魔物達は皆、元の生物の性質をそのまま狂暴化しただけに過ぎない。魔物ハンターとしての知識でそれを知るカタリナは疑問を抱いた。
「ミコト!そっちは大丈夫か!?」
「はい、問題ありませんが…防ぎきるので精一杯で攻撃に転じる事が困難です。」
そう応える命は両腕を巨大な盾へと変化させ門の前でどっしりと構え、魔物が門を破らぬよう立ち塞がっていた。ガンガンと硬い音を立て、複数の魔物が命目掛けて爪や牙を突き立てる。既に衣服はボロボロになっており、傍から見れば最早生存は絶望的と思える有様だがその声は冷静だ。
しかし物量で攻められると流石の命も踏ん張りが利かない。ジリジリと両足の位置が後退し、町の入り口を守る門へと距離が近くなって行く。
「ちぃ!何なんだコイツら!?町の中に何かあるってのかい!」
カタリナは命に纏わりつく魔物を蹴散らそうと踵を返した。だがその時、カタリナの身体から力が抜けた。
(!?もう血の効力が無くなったのか!?)
手の爪先からは炎が消え、全身に漲っていた力も衰えてしまった。勢い付いた身体を何とか制御し体制を立て直しながら命の元へ駆け寄ると、一体ずつ魔物を殴りつけ注意を惹き、確実に仕留めて行く。
だがその時、カタリナの背後に巨大な影が掛かったかと思うと、
『ゾフッ!』
果物に刃物を入れるかのような音を立て、鋭く太い爪がカタリナの左肩を切り裂いた。
「うあぁ!」
堪らず悲鳴を上げるカタリナ。その肩からは大量の血が流れだし、痛みに左腕が動かなくなってしまっていた。地面に膝を着き肩を押さえながらも襲い掛かる魔物に対し紙一重で回避する。
「カタリナッ!?」
魔物の塊の中から命の声が響く。今防御を解けば門を突破されるかもしれない。だが助けに行かなければカタリナの命が危ない。命は僅かの逡巡の後、意を決して盾を腕に戻し魔物の隙間を縫うように転げ出るとカタリナの元へと駆け付けた。
幸いとでも言うのか、防御に徹していた命の存在は魔物にとって壁と同じで敵とは認識されていなかった為か、命を追う魔物は居らず皆が門に向かい攻撃を繰り返す。このままでは門が破られるのは時間の問題だ。だが今命にとってそれよりもカタリナの安否が重要であった。
駆け付けた命はカタリナに再び襲い掛かる魔獣の攻撃を左腕で受ける。カタリナに傷を負わせた魔物の正体は先程とは別個体のバーの魔獣であった。動きを止めた相手目掛けて一閃、剣と化した右腕がその魔獣の腕を切り落とす。
『ゴアァァ!』
魔獣は切り落とされた腕から大量の血を撒き散らしながら転げ回る。命はソレに対し躊躇いなく剣を喉元に向け貫き、その動きを止めた。
「カタリナ!大丈夫ですか!?」
「あぁ、何とかな…助かったよ。」
そう言うカタリナであったが、明らかに出血から大丈夫とは言い難い。だが今、町の門は完全に閉じられており、町中に撤退する事は出来ない。命は考えを巡らせた。
今すべき事は第一にカタリナの出血を止める事だ。そして神の血の力を失ったカタリナに、せめて身を護る術を与える事。
素早く頭の中でそれらを導き出した命は、左腕を肩ごとゴトリと外すと、ソレに右手を添えて意識を向け肩部を肩当状に変化させカタリナの傷を隠すように被せた。
「お、おいミコト?」
「少々痛いですが我慢して下さい。」
そう言い肩当に手を添えると、更に変形をさせ、肉のような柔軟さを持たせた部位を作り出すとソレをカタリナの傷口に這わせ埋めるように伸ばしたではないか。
「いっっっってえぇぇぇぇ!」
カタリナの悲鳴が響くが、周囲は戦闘状態が続きそんな声を気に掛ける者など居ない。
肩当はカタリナの傷口を塞ぎ出血を止めると同時に、ギプスのような働きを齎し肩を固定したのだった。
そして残った腕部を剣に変化させると、
「カタリナ、これを。」
そう言って空いた右手に握らせた。
「…へっ、武器は得意じゃないって前にも言ったんだけどなぁ…。」
そう言いつつもカタリナの口元には笑みが浮かび、立ち上がる。
門を攻撃し続ける魔物の群れに視線を向けた。既に門は半壊状態で、内側からは隙間から槍で突くなどの抵抗も見られるが、間もなく突破される事が傍目に見ても判る程となっていた。
「先ずは門の前のアイツらだ。」
「はい。」
カタリナは剣を、命は盾を其々構え、門に群がる魔物達へと歩みを早めるのだった。




