人々の営み
ダンジョンの調査を終え、ギルドは特殊魔獣と命名した件の魔物について各ギルドと相談をする必要があるとし、討伐報酬の査定は更に一日延びる事となってしまった。
まる一日を持て余す事となってしまった櫻達一行であったが、取り敢えず出立の目途が立ったという事で、旅の再開の下準備として買い物を済ませる事にし、町の市場に足を運んだ。
「取り敢えず着替えだね!」
カタリナが勇んで衣料品店に足を向ける。
「おいおい、余り無駄遣いはしないでくれよ?」
呆れる櫻であったが、今回のように服がボロボロになる事も想定してある程度買っておく事自体には異論は無い。
「水筒もそろそろ中に血がこびり付いて駄目になって来たかねぇ…新しいのを買わないとね。」
こうして入り用な物を買い揃えながら町の中を見て歩く。
「考えてみると、グラントの事があって町に来てすぐにダンジョン通いになっちまったから、こうして町をゆっくり歩くのは初めてだねぇ。」
町の雰囲気は主産業の為か農村のような牧歌的な空気が漂うものの、中心部に来るとそれなりに商業も盛んで欲しい物はある程度揃えられる事に驚いた。
(まぁこの世界は町と町の距離が極端に離れてるうえに、生ものなんかは鮮度を保つ技術も低いらしいしな。物流も容易い物では無いんだろうし、一つの町の中である程度の事が賄えないと生活に不都合なんだろうねぇ。)
改めて元の世界との違いを見せつけられる。そして一つ気付く事も。
「…こうやって改めて町の人達を見てみると、精霊術を使ってる人が時々居るね?」
水と風の二人で洗濯のような事をしている人達や、土と火で煉瓦を作る人達などを店の建物の奥に見る。
「ん?あぁ、そうだね。精霊術が使える人は、それを仕事に活かしたりする事も多いよ。ただまぁ、それ程数は居ないけどね。」
(成程ねぇ。ゲームなんかと違って、精霊の便利な力は生活水準を上げる為に使われる事の方が多いんだね。これがファイアリスの言っていた、地球と此方の世界の技術進化の違いって訳だ。)
精霊術…元の世界のビデオゲームで言えば魔法のような力の、現実的な使い方に関心し、櫻は何かに納得したように小さく頷く。
その時ふと地面を走る影に気付き、天を仰いでその過ぎ去った方角に目を向けた。すると大きな翼を羽ばたかせた数体の人影らしき者達が様々な方角へ飛び去る姿が見えた。
「あれは…確か鳥人族…だったか?」
眩しそうに額に手を添えてその姿を見送る櫻。
「ん?あぁ、そうだね。多分ギルドの連絡で各地に飛んだんだろう。」
カタリナも眩し気に目を細めて飛び去る影を見る。
「ほ~、成程なぁ。ああやって連絡を取り合ってたのか。」
「まぁ連絡だけなら音を伝える精霊術ってのもあるみたいだし、鳥人達があれだけ飛ぶのは何かしらの荷物がある時だろうけどね。」
(色々な人達が適材適所で社会を動かしてる訳だ。確かにこれは科学技術が進歩する余地は少ないかもねぇ。)
改めて、様々な要素が絡み合い地球と違う進歩を遂げて来たこの世界に関心する櫻だった。
一旦宿に戻り、買って来た荷物を荷物袋に整理する。しかし、
「流石にちょっと買い過ぎじゃないかい?」
カタリナの買った荷物の量に、今まで使って来た荷物袋が悲鳴を上げ始めていた。
「いやぁ、お嬢達に似合いそうな可愛い服がいっぱい在ってさぁ…。ほらコレなんか良いだろ?」
嬉しそうに広げて見せるのは前後二枚の生地を紐で繋ぎ合わせたような、脇が丸見えのデザインだ。
「…お前さんはこれをあたしに人前で着ろと?」
「いやいや、流石にそこまで常識外れな事は言わないけどさ。気が向いたらたまにで良いから、アタイの目の保養に着ておくれよ。」
ニヤケた顔をしながらも懇願するような猫なで声を出すカタリナに、櫻は少々呆れながら小さな溜め息を漏らす。
「まぁ、そういう事なら納得しようか。…とは言え、これだけ荷物が増えたんじゃいい加減荷車くらい欲しくなるね。」
「そうだねぇ。流石にこれだけの荷物を背負ってると、イザと言う時咄嗟の動きが出来ないからね。」
そう言ってカタリナは懐から財布を取り出し中身を覗き込んだ。
「…う~ん、ちょっと無理をすれば買えない事も無いかな?」
少々考え込んだカタリナは、何がしかの決断をしたように膝をパンと叩いた。
そうして一行がやって来たのは、中古品を扱う店舗だ。店の裏には広い敷地が広がり、その中は大小様々な品で溢れている。欠けた煉瓦の山や色々な大きさの壺、解体した家屋から出たらしい木材やら更には何に使うのかよく判らない物まで多種多様だ。そんな中に荷車も在った。
「お、あったあった。」
カタリナが小走りに駆け寄る。そのエリアには大小様々な大きさの荷車が並んでおり、値段もピンからキリまでだ。
「う~ん…荷物を運ぶ程度ならコレでいいけど、たまにお嬢やアスティアを乗せる事を考えると少し大きめの方がいいか…?」
ぶつぶつと呟きながら値札と財布の中身を相談するカタリナ。そんなカタリナの様子を横目に、並ぶ品々を物珍し気に見回していたアスティアが近付く影に気付いた。
「あれ?バルドーさん。」
そこに居たのはバルドーだ。たまたまこの店に来たのだろう、櫻達の姿に少々驚きの表情を見せている。
「お…おぉ、これは使徒の方々。こんな処でお会いするとは奇遇ですな。」
「今更そんな敬語を使われたって気持ち悪いだけだから今まで通りでいいよ。」
畏まるバルドーに呆れ顔の櫻が声をかけた。
「むぅ…人が折角敬意を払おうと…。」
口をへの字にして少し顔を赤らめる。
「まぁいい。どうした?こんな処で…何を探してるんだ?」
「あぁ、最近荷物が多くなって来たんで、荷車を買おうかと思ったらしくてね。」
櫻が荷車を物色しているカタリナに目を向けると、バルドーも釣られて其方に顔を向けた。
「成程ね…お、そうだ。」
バルドーは何かを思いついたように手をポンと叩く。
「アンタら、ホーンスは扱えるかい?」
(ホーンス…?確かこの世界での馬みたいなモンだったか?)
櫻は以前聞いた記憶を掘り起こすように顎に手を添える。
「いや、あたしは無理だが…カタリナ、お前さんはどうだい?」
「ん?アタイ?まぁ得意じゃないが出来ない事は無いかな?それがどうかしたのかい?」
カタリナが物色を中断し櫻の元へやってくると、バルドーが一つ頷いて見せた。
「なに、グラントが迷惑をかけた事と、儂の無礼の詫びって処でさ、ホーンスを一頭くれてやろうかと思ってね。」
「なんと。それは有り難い事だが…いいのかい?」
「あぁ。それに荷車に幌も付けてやろう。」
「それは益々有り難い申し出だが、あたしらが神の使徒だからって媚を売ろうなんて考えは起こさないでおくれよ?」
ジトっと櫻が目を細めると、バルドーは少々たじろぎ視線を逸らした。
「ば、馬鹿な事を言っちゃいけねぇよ?儂らは今までだって人の力だけで生きて来たんだ。何百年かぶりに人類の神様が誕生したからって、それに頼って生きようとは思わねぇさ。ただちょっと、この町の事を気にかけて欲しいと言伝をな…?」
蟀谷の辺りから一筋の汗をたらりと垂らしながら空々しい笑いを上げるバルドー。
「だってさ。お嬢。」
そんなバルドーの様子を見てニヤニヤとしたカタリナが櫻に耳打ちする。
ハァと呆れた溜め息を漏らし、
「分かったよ、神様には伝えておく。けれど神様だって世界中を周らなきゃならないから、求める時に近くに居る保証は出来ないって事は心がけておくれよ?」
と諭すように言った。
「あ、あぁ。勿論頼り切りになんてせずに儂らだってしっかり生きる努力をするさ。」
一転してバルドーの声が明るくなった。
「まぁそういう事なら折角だ、荷車に乗って移動出来るように少し大きめの選ぶか!」
カタリナが物色に戻ると、バルドーも周囲を見渡し始める。
「それで?お前さんはこの店に何を探しに来たんだい?」
「ん?あぁ…グラントのヤツが自分の畑を持つ事になるからな。しっかりと境界を分ける為に使う煉瓦や木材なんかを安く手に入れようと思って見に来たんだ。」
「へぇ…口では厳しい事言っておきながら、世話焼きなんだね。」
「ばっ…!馬鹿な事言うんじゃねぇよ!儂の土地に無断で入られちゃ適わねぇから、テメェの土地をしっかり判らせる為に区切るんだよ!」
慌てて顔を赤くし、早口になるバルドー。
「でも一緒の家に住まわせるんだろう?」
「そ…それは…近くに置いておかなきゃ、素が見えねぇからな…ロクでも無いヤツだったら速攻で追い出してやるよ!」
動揺の色が見えるバルドーを、櫻は面白いものを見るように微笑み眺めた。
「ま、そんな訳で儂は儂の用事を済ませる!荷車を買ったら儂の家に来な、それに合う幌とホーンスを見繕ってやる。」
そう言ってバルドーはその場から逃げるように奥へと小走りに駆けて行った。
「不器用なヤツだねぇ…。」
ヤレヤレというように見送る櫻。
「おーい、お嬢、アスティアとミコトもちょっとコッチ来てくれないか。」
荷車を物色していたカタリナから声が掛かり、三人がその場へ向かう。
「何だい?」
「ちょっと三人とも、これに乗ってみてくれないか?」
言われるままに指差された荷車に乗り込む。それは三人が並んで横たわったとしても余裕があるような大きさの荷車で、元々人が乗る用途として作られているのか両脇には椅子状の段差が設けられ、御者席までしっかりと設えられている物であった。
「うん、結構いい感じの大きさだね。これにしようと思うんだけど、お嬢はどうだい?」
「あたしは特に問題無いと思う。お前さんの判断を信じるよ。」
「ボクも~。」
「よし、それじゃこれを買うとするか。少し傷んでる処があるけど、この程度なら自分で修繕出来るからね。」
こうして櫻達一行は荷車を手に入れ、思いがけず移動の足も手に入れる目途が付いたのだった。




