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ダンジョン、探査

 ダンジョンへ向かう道すがら、櫻はふと気になっていた事を口にした。

「今まで通って来た町でも思ったんだが、各町(かくまち)に統治者ってのは居ないのかい?」

「トーチシャ…?何だいそりゃ?」

 櫻の言葉にカタリナは首を(かし)げる。

「何だい…って、その町を管理する責任者だよ。知らないかい?」

「いや?聞いた事も無いよ。町ってのはそこに住んでる人達が助け合うもんだ、一人に(ゆだ)ねて良いもんじゃないだろ?」

「…それじゃ、土地の管理とか権利ってのは、全部ギルドが仕切ってるのか?」

「そうだよ?」

 さも当たり前のように語るカタリナに櫻は(おどろ)きを隠せなかった。

(ギルドってのが何時(いつ)出来たのか知らんが、実質この世界全体の統治者って事なのか…道理(どうり)何処(どこ)の町でもバカみたいにデカい建物が建ってる訳だ。って事は、国ってものも存在しないのか…?カタリナの話じゃ種族(しゅぞく)(ごと)の集落みたいなのは()るらしいが…大らかな世界とでも言うべきかね。)

「…ま、そのギルド員が居るのも手間が(はぶ)けるって(ところ)か。」

 何となく合点(がてん)が行った櫻は、そう(つぶや)くとそれ以上は何も言わずダンジョンへの道を歩いた。


 (かよ)い慣れた道筋を辿(たど)りダンジョンへ到着すると、カタリナを先頭に櫻達一行が先に入りギルド員を間に配置する形でギルドに雇われた護衛(ごえい)ハンターとバルドーが後ろに続く。

 道中、ベッツィやヂューンの魔獣が数体現れたものの、さして脅威度は高くなくカタリナとバルドーだけでほぼ(かた)()けた。

「へぇ、やるもんだね。流石(さすが)元ハンター。」

「馬鹿にするなよ、引退したってあの程度の魔物にやられる(ほど)(にぶ)っちゃいねぇよ。」

 最初こそバルドーに良い印象を(いだ)いていなかったカタリナだが、その戦いぶりに何か感じたのだろう、徐々に気を良くしていた。

「何だか昨日より少し気持ち悪い感じが減ったね。」

 唐突(とうとつ)にアスティアが口にした言葉に櫻が少々の(おどろ)きを覚える。

「アスティアも(わか)るのかい?」

「え?何が?」

「いや、今言った事さ。ダンジョンの空気とでも言うのか、(まと)わりつく感じをさ。」

「あぁ、うん。最初に入った時から何か嫌な感じだったけど、昨日の魔獣を倒したからなのかな?少し良くなったかな~って。」

(なんと…あたしが感じたのは神の身体だから(けが)れに敏感なせいとファイアリスは言っていたが…毎日あたしの血を飲んでいる為?いや、それならカタリナも同じように感じるか…アスティアも昔の神によって生まれ変わった魂だからかね?)

 不思議に思い考えを巡らせてみるものの、誰が答えを教えてくれる訳でも無く、結局その思考はやがて目の前の光景に打ち消された。


「こ…これが例の魔獣ですか…。」

 ダンジョンの最奥(さいおう)に到着した一行(いっこう)は、(よこ)たわる異質(いしつ)な巨体と転がる首を前に息を飲んだ。

 所々小動物に(かじ)られたかのように傷付いている部分もあったが、(おおむ)ね昨日倒した時と同じ状況のままであった。

「そ。どうだい?過去にこんなヤツの例ってのは?」

「いえ、少なくとも私が知る知識の中にはこんな魔獣は無いわ…ギルドの資料の中にあるかしら?」

 カタリナの問い掛けにギルド員はゴクリと(つば)を飲み込み、恐る恐る手を触れながら答えた。

 ギルド員の内一人の女性が一旦魔獣の身体から離れると、手を上向(うわむ)きに前へ突き出し意識を集中させる。すると、その手の平の上に小さな光の玉が現れ、それが(いく)つかに分かれ周囲の空間を明るく照らし始めた。

「何だいコレは?」

 櫻は不思議そうにその現象を見渡す。

「精霊術だね。光の精霊の系統(けいとう)にある何かと契約(けいやく)してるんだろう。」

 カタリナも同じようにその光景に目を向けながら答えた。

「はぁ~、成程(なるほど)ねぇ…これならランタン()らずじゃないか。何で今まで使わなかったんだ。」

「それは、精霊の力を借りると言っても無制限に使える訳じゃないからさ。精霊から借りるのはあくまで力の行使(こうし)だ。人には自然現象を起こす能力なんて無いからね。でもその力の元になるのは術者本人の身体に蓄積(ちくせき)された精気(せいき)だから、余り使い過ぎると精気(せいき)切れを起こして(しばら)く使えなくなっちまうんだよ。だから使い(どころ)をちゃんと考えないといけないんだ。」

成程(なるほど)ねぇ…ゲームで言う(ところ)のマジックポイントみたいなものだと思えば良いのか。ん…?精気(せいき)…?アスティアと初めて会った時にアスティアは食事の代わりに精気(せいき)を吸収しているような事を言っていた気がしたが…それとは違うのか?)

 少々の疑問は(はさ)みながらもカタリナの説明に納得しつつ、照らし出された空間の隅々を手分けして見て回る。小さな動物の巣穴のような穴は幾つか見つかるものの、やはりこの空間がダンジョンの最奥(さいおう)のようだ。

「…どうやら他に同じような魔獣は居ないようですね。」

 ホッと胸を()で下ろすギルド員。その護衛に()いていたハンターも、(ぬえ)の姿を見た後ではビクビクとしていただけに同じように安堵(あんど)の息を()いていた。

 その時、アスティアが上を指差して声を上げた。

「ねぇ、あそこ。横穴みたいなのがあるよ?」

 その声に皆がアスティアの指差す方向に目を向けると、入り口通路の上、ドーム状になっている天井との中腹辺りに確かに穴が開いている。

「…成程(なるほど)、恐らくあそこがあの魔獣の寝床(ねどこ)なんだろうね。獲物(えもの)がこの広間(ひろま)の中に迷い込んで来たらあそこから降りて来て逃げ道を(ふさ)いで、(ゆう)々と狩りを行う訳だ。」

 (ぬえ)が現われた時の状況から(さっ)する。

「アスティア、済まないがあたしをあそこに運んでくれないかい?」

「うん。」

 櫻の言葉に二つ返事で後ろから()(かか)えると、背中に大きな羽根を()やし、バサリと羽ばたく。

「おぉ…!?まさか、ヴァンパイア!?」「初めて見た…。」「この人達は一体何者なんだ…?」

 ギルド員達の中から驚きの声が()れ聞こえた。

(別に隠していた訳でも無いから何ともしなかったが、ヴァンパイアっていうのはそんなに珍しい存在なのか…。『ルール』なんてものが存在するからてっきりメジャーなものかと思っていたが、一体世界にどれくらいのヴァンパイアが居るんだろうね?)

 そんな事を考えながら巣穴へと到達すると、櫻は腰に下げていたランタンを手に持ちその中を()らし出す。すると、櫻とアスティアはその光景に息を飲んだ。

 そこにあったのは金貨を始めとする貴金属の山。まるで冒険物語に出て来る海賊の宝の山のように、貨幣(かへい)を始め(けん)や金属製の(よろい)()てはテントのポール部分のような物までが節操(せっそう)()()み上げられていた。その品々のコンディションは折れたり食い破られた(あと)が有る(など)、人基準で見れば価値の落ちる物であったが、魔物からすればそこは重要では無いのだろう。

「何だいこりゃぁ…光物(ひかりもの)を集める習性でも有ったのか…まるで(からす)だね…。そういえば下には骨は()っても身に着けていた物が見当たらなかったのは、そういう事なのか。」

 櫻は何となしにその持ち主達を(いた)み、手を合わせる。アスティアもそれを真似(まね)て手を合わせると瞳を閉じた。

「おーい、ギルド員の誰か、こっちに来られるかい?」

 巣穴から顔を(のぞ)かせ櫻が叫ぶと、ギルド員達が顔を見合わせた後に

「ロープを持って来ています。これを上から吊るしてくださーい。」

 と腰に下げた荷物の中から取り出して見せた。櫻もそれを見て(うなず)くと、アスティアを受け取らせに向かわせ、持って来たロープをしっかりと壁面に打ち込み固定する。

 ロープを(つた)(のぼ)って来たギルド員達も、その中の光景に今までの犠牲者の数を思ってか、言葉を失うのだった。


 状況を一通り把握(はあく)したギルド員達を含む全員がホールの中央に集まると、顔を突き合わせ、思いがけない脅威(きょうい)の存在に暗い表情を浮かべていた。

「で?何か話があるんじゃなかったのか?」

 そんな空気に(しび)れを切らしたバルドーが口を開くと、櫻はカタリナに(うなず)いて見せる。

「あぁ。今からちょっと皆に聞いて貰いたい事があるんだけどね。少々信じ(がた)い事を言うけど、決して嘘や冗談じゃないって事は最初に言っておくよ。」

 カタリナを先頭に、その後ろに櫻達が横並びに揃うと、バルドー達もその向かいに揃うように集まった。

 そうして始まったカタリナの話。自分達が新たに誕生した人類の神の使徒(しと)である事。ダンジョンとは特殊な空間である事。そして異様(いよう)な魔獣の誕生の仕組み…色々な話を一度に()げられ、バルドー達は呆気(あっけ)にとられた表情を見せた。

「おいおい、お前さん達が神の使徒(しと)だって?」

 (いぶか)しむように櫻達をジロジロと見るバルドー。嘘や冗談では無いと前置きしたにも関わらず、やはり(にわ)かには信じられないようだ。

「お嬢、やっぱり突然こんな事を言い出しても信じて貰えないぞ?正直アタイ自身も使徒(しと)だなんて言われたって自覚無いからな。」

 カタリナは困ったように櫻に耳打ちする。すると、

「なぁグラント。お前さんはあたしらが普通じゃない(ところ)を見てた筈だが、それを皆に説明してくれないかい?」

 と櫻の提案。その言葉にグラントは少し頭を(かし)げた。だがほんの少しの()の後、

「…あ…あぁ…?あああぁぁぁ!?」

 グラントの表情は(おどろ)きから恐怖へと変化し始めた。

「そ、そうだ…!キミ、確か頭が…!?それにそこの…手が…変に…!?」

 周囲の人々はグラントが何を言いたいのかさっぱり(わか)らないという顔。

「何だい、随分(ずいぶん)平然(へいぜん)としてると思ったら、あの時の恐怖で記憶が飛んでたのか…。道理(どうり)であの時の事を何も話さないと思った。」

 (あき)れる櫻。

「だがまぁ思い出したようだし、あたしらの特殊性ってのは見ただろう?あれも神の使徒(しと)としての能力(ちから)なんだ。」

「そ…そうだったんですか…。」

 当然嘘である。櫻の不死も(みこと)の身体変化も神の力とは関係が無い。だがその異質な物も神の力としてしまえば特別に与えられたモノとして納得(なっとく)させる事が出来、尚且(なおか)つ神の存在を信じさせる効果があると()んだのだ。

 その櫻の思惑(おもわく)素直(すなお)なグラントに見事に刺さったらしく、その時の事を身振(みぶ)手振(てぶ)りを(まじ)えてバルドーとギルド員達に説明し始めた。

「…へぇ…(つい)に新たな人類の神が…それで、その神様は今どちらに?」

 やっと信じる気になったのか、バルドーがらしくない丁寧(ていねい)な言葉を使う。

「神様は人目(ひとめ)に付かない場所に居るよ。でもあたしらを通して今もアンタらの事を見てるんじゃないかな?」

 ニヤリとする櫻。

「お…おぅ。」

 思わずバルドーの背筋が伸びた。

「それで、その新たな神の言葉としてダンジョンの事と、その奥で生まれる可能性のある異質な魔獣の事をギルドを通して広めれば良いのですね?」

 ギルド員が(かしこ)まったように(たず)ねる。

「あぁ。ただし神の誕生に関しては、それだけを伝えるに(とど)めて使徒(しと)が旅しているという話はしないで欲しい。あたしらの素性(すじょう)がバレて特別扱いされても困るからね。」

承知(しょうち)(いた)しました。神様の元へ戻られましたら、『ご神託(しんたく)()(がた)(うけたまわ)ります。』とお伝え下さい。」

 両手を(そろ)え、小さく礼をする。


 こうしてダンジョン内の調査を終えた一行(いっこう)は、町へ戻るとそのままギルドへと足を運び、櫻達とグラントは魔獣討伐の査定を、そしてバルドーはギルドとダンジョンの定期的な掃除と管理についての方策を話し合う事となった。

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